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長旅の始まり

 朝。東の空が白んでいく中を俺たちは進んでいた。

 街道を走る馬車が心地良く揺れた。


「あー……で、どこに行くんだ?」


 町を振り返りながら俺は言う。

 出発からしばらく経ち、既に小さくしか見えなくなった町。

 こんな時間ではまだシュリ達は寝ているだろう。


 と、いつの間にかシュリ達のことを考えている自分に気づいて雑念を振り払うように首を振った。

 やはり黙っているとくだらないことを考えてしまう。

 トヘナは答えた。


「一応あちこちの町に寄りながら、五年以内に向こうに着ければいいかなとは思うけど……」

「五年?!」


 思わず驚きが声に出る。そりゃそうだ。長くても三か月程度で着くような道のりだと思っていたのだ。


「そ、そんなに遠いのか……?」

「あぁ、違う違う。寄り道するって言ったでしょ?どの町にも二カ月ぐらいいようかなって思ってるのよ」

「そ、そんなにのんびりしてていいものなのか……?」

「大丈夫なのよ。むしろ二カ月でも短いくらいなんだけどねぇ」


 いや、二カ月は長いだろ。と心の中でツッコミを入れておく。


「もちろんエテルノ君は途中の町で私と別れても良いからね。一生連れ添う仲間とかも見つかるかもしれないし?」

「お、おう……。だけど知り合いに会いに行くんじゃなかったのか?そんな五年とか待たせて良いもんなのかよ……?」

「んー、そうね。大丈夫よ。実際五年なんて大した時間じゃないしね。あの子達も気にしないと思うわ」


 どういう知り合いなんだそれは。トヘナ以上に個性的な奴とか勘弁してほしいんだが。


 外にはもう町は見えない。一面に広がる草原の中を馬車は進んでいた。

 トヘナが窓を開け、爽やかな風が吹き込んでくる。彼女の長い髪が陽光を反射して風でたなびいた。


「なんて言えばいいのかしら……元々パーティーを組んでた子達なんだけどね、ちょっと色々あって解散することになったのよ」

「……」


 この話題に触れてしまったことを俺は早速後悔する。パーティーの話題は正直、今の俺には結構きつい。

 それを感じ取ったのか、トヘナが誤魔化すように言った。


「ま、大した問題じゃないわよ。結構長い時間一緒にいたから、今度は別々で活動してみようって話になっただけなんだから」

「結構って……何年ぐらい一緒に居たんだよ?」

「そうね……多分百年はいかないくらいなんじゃないかしら?」

「ひゃ、百……?!」


 何を言ってるんだこいつは。百年なんてそんな年数……


 ふと、気づいた。


「あれ、お前もしかして人間じゃ無かったのか……?」

「そうそう。言ったこと無かったっけ?」


 ……なるほど。見た目はほぼほぼ人間だから気づかなかったが、亜人の中には寿命が長い奴もいるという。道理で五年がほんの少しの年月みたいな言い方をしているわけだ。


「となるとパーティーメンバーも全員人間じゃ無いのか……」

「あぁ、うん。一人寿命を克服した人間がいるけどね」

「寿命を克服した人間が?!」


 なんだそれ。寿命を克服ってなんだそれ。いや、というか克服してて良いものなのかそれ。


「私含めてパーティーメンバーは三人なんだけどね。エルフの子と、その人間の子。全員が全員長生きだからそうそう会わなくても大丈夫なのよ」

「えぇ……」


 今更ながらトヘナのことを何も知らなかったことに気づかされるな。

 まさか彼女が亜人だとは。


「まぁ……そうだな。若干人とは感性がずれてるような気がしてたからな。何となく納得したわ」

「失礼ね。あ、エテルノ君には私何の種族に見える?」

「間違いなくサキュバスだな」


 冗談交じりに言ってみる。男漁りばっかりしてるんだし、ピッタリじゃないか。


「あら、正解。もしかして何となく察してた?」

「え」

「え?」


 ……正解なのかよ。


 なんとなく気まずい空気の中、馬車は進むのだった。


***


「さて、エテルノ君も馬車にずっと座らせられてるのも暇だろうし、何か教えましょうか?」

「……そうだな。黙ってると気が気じゃないしな」

「え、なんで?」

「サキュバスと同じ馬車に乗せられてるからだろうが……」


 まぁトヘナが俺に危害を加えてくるとは思っていないが、それは置いといても気まずい。サキュバスがどうとか、場合によってはギルドの討伐対象にされかねないのだから。

 知らなくていいことを知ってしまった気がする。


 だが、俺の心配に反してトヘナは呑気なものだ。


「あぁ、まぁ密室だしねぇ。あ、でも私から男の子を襲うことは無いから安心して良いわよ」

「今のでもっと警戒したわ」

「エテルノ君からどうしてもってことであればまぁあれだけど……」

「聞け馬鹿」


 何をどう間違ったらそんな話になるんだ。

 さっさとこんな話題は終わらせてしまうに限る。心臓に悪いからな。


「えぇと、何か教えてくれるのであれば教えて欲しいんだが……」

「あら、エテルノ君もしかして経験無いの?まぁそこまで言うのならお姉さんが手取り足取り……」

「違うそうじゃない」


 何が何でも下の話に持っていきたいらしいトヘナを手元にあった新聞紙で軽く小突いてやるとトヘナは手をひらひらと振って応えた。


「もう、ただの冗談じゃない。そこまでマジにならないでよねぇ」

「お前の目がマジだったからな。で、馬車の中で何を教えてもらえるんだよ?こんな場所で教えられることなんてあるのか?」

「そうね……魔法の早打ちとか?無詠唱の実力とかであればここでも鍛えられるわよ」

「……頼めるか?」

「もちろん!」




 そうこうして、練習が始まった。


 異変に気付いたのはそれから数分後のことだ。


「……ねぇエテルノ君、ちょっとおかしくないかしら?」

「……おかしいな」

「教えたことをこんなすぐに使いこなせるのって異常だと思うんだけど……」


 先ほどトヘナに教えてもらった魔法をこの数分で既に実践できるようになっていた。


 だが、明らかに以前と比べても成長速度が違いすぎる。

 後に俺のスキルがこの時には既に目覚めていたのだと分かるのだが、それはまた別の話。




「エテルノ君……私これ習得するまでに五年かかったんだけど……」

「……それは流石にかかりすぎじゃないか?」

「人間の寿命に直したら数日だから良いんですー!!」

「いや、五年間練習して出来るようになって言い訳がそれって……」


 そんなやり取りがあったのも、俺にとっては忘れがたい思い出だ。

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