エテルノ・バルヘント(荷物持ち)
ま、その後は言うまでも無い簡単な話。
バルドが入って以降、パーティーはどんどん変わっていった。
***
「エテルノ、何やってるんだ!今の出遅れが皆を危険に晒すんだぞ!」
「っつ……すまん!」
俺が剣を振るう度バルドからの叱責が飛んでくる。
こうなったのはバルドと俺達が初めて魔獣討伐に行ってすぐからだ。
その時は俺の魔法の詠唱の遅さに痺れを切らしたバルドが敵を片付け、そのうえで俺に文句を言って来たんだったか。
それ以降俺が何をしてもバルドは文句をつけるようになっていた。
今だってそうだ。俺がワンテンポ遅れたせいで一体ゴブリンを仕留めるのが遅れた。
もちろん、俺に非があるのなら叱責も仕方ないことではあるのだが。
「バ、バルド。さすがにこの荷物じゃ動けない。少し持ってくれないか」
「は?いやいや、俺はもちろん、最前線で戦うんだからそういうの持ってたら邪魔になっちゃうのは分かるよね?」
「だとしてもこの量は流石にきつい。こんなんじゃ動けるものも動けなく……」
「じゃあ何?シュリとかネーベルに持たせようって?」
数日ほど前から、僕はパーティー四人分の荷物を一人で持たされるようになっていた。
バルドの言い分はいちいちもっともらしい言い方をしているが、本来なら荷物は各自自分で持てば良い話だ。
荷物を持たされると俺の動きも遅くなる。それにバルドが目を止めて、俺を怒鳴りつけてくる。そんな悪循環が生まれていた。
俺のことを見かねたのか、ネーベルがそっと歩み寄ってくる。
「エテルノ君、そんなにきついんだったら私も持つから大丈夫だよ?ね、バルド、良いよね?」
「ネーベル。君は魔法使いなんだから荷物なんて持たないで良いんだよ。それよりも僕の援護に集中してくれると凄く嬉しいな」
「でもエテルノが辛そうだし……」
「弱いんだからしょうがないだろ?むしろ荷物持ち以外に何ができるって言うんだよ。実際あの程度の荷物でへばってるようじゃ冒険者なんて……」
一瞬ネーベルの好意を嬉しく思ったものの瞬時に失望へと変わる。
パーティーの中心は既にバルドになっていた。
ネーベルは何をするにもバルドの意見を確認するし、シュリだってそうだ。
と、シュリが魔獣の血で汚れた剣を誇示するように掲げながら走り寄って来た。
もちろん、『バルド』に走り寄って来たのだ。俺じゃ無い。
「バルド!今の見てた?!凄い綺麗に斬れてたでしょ?!」
「あぁ、見てたよ。シュリは凄いね。シュリならきっと、いや、間違いなくSランク冒険者になれるよ」
「でしょ!あ、でもその時はバルドも一緒に上がりましょうよ!私達なら絶対名前を残せるような冒険者になれるわ!」
「そうだね、そのためには僕も頑張らなくちゃだ!」
シュリの頭をわしわしと撫でるバルド。それを受けてシュリは凄く嬉しそうだ。
それこそ、俺が目に入っていないかのように。
ただ立ち尽くしていた俺を咎めるように目を細めて、バルドが言う。
「ほら、エテルノ。次に行くんだからさっさと荷物をまとめてよ。Sランクになるためにはこの程度の依頼量じゃ足りないんだから」
「……分かった」
「ったく、弱い奴が文句言ってんじゃねぇよ……。そう言うのは追いついてから言ってみろって……」
おかしい、と思っていた。
何年も一緒に居たはずのシュリが、ネーベルが、こんなに簡単に俺のことを見捨ててバルドになびくなんて、そんなことあるはずがないのだと。
だけど、実際そうでもないのかもしれない。
俺は今までシュリを褒めることをあまりしてこなかった。
俺は今までネーベルの優しさに甘えるばかりで何か返したことがあっただろうか。
それでバルドが現れて、シュリとネーベルが長年して欲しかったことを簡単にやってのけた。
それなら誰も俺のことなぞ気にも留めなくなって当然なのではないだろうか。
「--気持ち悪ぃ」
肩に食い込むほど重い荷物を無理やり持ち上げ、誰にも聞こえないような声で呟いてみる。
三人は俺を置いて、楽しそうに先へと行ってしまっていた。
何が気持ち悪いのかなんてそんなの分かり切っている。
俺だ。何もしないでいる俺が。何も考えないでのうのうと従っている俺が気持ち悪い。
バルドはもちろん好ましい奴では無い。だが結果を出している。
事実、シュリもネーベルもここ数週間で格段に腕を上げたし、バルド自身もちゃんとした実力がある。
俺は。俺は何も出来ない。
いくら理想ばかり並べてもバルドには届かない。
シュリにもネーベルにも、俺は好かれていなかったのだ。
「……やってやるよ。やってやればいいんだろ」
思い浮かぶのは先ほどのバルドの言葉。弱い奴が文句を言うな、という言葉だ。
それなら、どんな手を使ってでもバルドに勝ってやろう。そうすれば何も文句は出ないはずだ。
どんな手を使ってでも、強くなってやる。
幸い、俺には悪だくみをするだけの嫌な知恵ばかりは備わっていた。
***
「はぁ、模擬戦?」
「そうだ。バルドの実力を見せてもらいたい」
「実力も何も、エテルノ相手だと流石に殺しかねないしさ……。俺もパーティーメンバーは傷つけたくないんだよね」
それから数日後のこと。俺はバルドに模擬戦を申し込んだ。
勝算はある。相当汚い手を使うことにはなるが、それで俺の実力も多少なりとも認めさせられるはずだと思っていた。
シュリやネーベルと木陰で休んでいるバルドはいつも通り、俺と喋っているときはけだるそうだ。
俺は背に背負った荷物を下ろした。
「ま、そんなに負けるのが怖いならやらなくても良いがな。俺は用意を済ませてるのにバルドには用意の時間が無いって言うのも……」
「あぁ?舐めてんの?そんなに死にたいなら相手してやるけどさ、どうなっても知らないからな?」
「--あぁ。助かる」
バルドの性格なら多少煽ってやれば乗ってくると思った。
狙い通り、俺はバルドとの模擬戦を行うことができたのだった。
***
「え、えっと……じゃあどっちかが降参するか、立ち上がれなくなった時点で終わり、ってことだけど……エテルノ君、ほんとに良いの?」
「あぁ。大丈夫だ」
「ほらネーベル!僕も極力エテルノから降参してくれるようにするから大丈夫だって!さ、始めてくれ!」
「う、うん……。じゃあ、か、開始!」
心配そうなネーベルの宣言で模擬戦が始まる。
開けた森の中の広場でのことだった。
木々を揺らす風が吹き抜け、バルドの前髪を揺らした。
どう見てもにやついているバルドに、風と同じくらいの爽やかさが感じられたなら良かったのに。
「エテルノ!勝算があったんだろ?そっちから来いよ!」
「……ま、それならありがたく……!」
バルドがこちらを挑発してきたのでその誘いには乗っておく。バルドは最初、俺の攻撃を受ける気でいるのは分かっていた。
だから初撃は--
「我が友、虚影を封じ止めよ!呪縛蛇舌!」
「えっ……?!」
放ったのは相手の動きを封じ込める魔法。動き回る相手にはそうそう命中しないのだが、バルドが動かないでいてくれたことが助かった。
もちろんバルドとてただただ食らうわけでは無い。すぐに俺のかけた魔法を解除して反撃してくるが、一瞬、反応が遅れた。
「おらぁッ!!」
「がっ……?!」
「あぁ!バルド、頑張れ!」
俺がバルドを蹴り飛ばした瞬間、シュリからバルドを応援する声が飛んだ。
一瞬意識をそちらに囚われるが持ち直し、バルドへと向き直る。
「は!蹴られてみての感想とか聞いてみてもいいかよ?」
「……調子に乗んなよ雑魚が……!」
土ぼこりを払って地面に唾を吐き、バルドが剣を構えながら突っ込んでくる。
だが、その攻撃は単純で直線的だ。
速さは相当と言えど不意打ちでなければ避けられないほどではない。
避けざま、バルドの顔面に膝を叩きこんだ。
「ぅぐっ……?!」
「な、なんだ。Aランクって言っても大したことないじゃ--」
そう言って追撃を叩きこもうとした瞬間、俺の全身が硬直する。
違う。硬直させられているのだ。
先ほど俺が使った魔法と全く同じ系統の、敵の動きを妨害する魔法。
「な……」
視界の端。
先ほどまで審判に徹していたネーベルが、俺に向けて杖を構えていた。
無詠唱。詠唱が無かったために、本当にネーベルが俺の邪魔をしたのかと、一瞬判断が遅れてしまった。
戦いのときにはその一瞬さえもが命取りになる。
「っらぁ!!」
直後、バルドの剣から放たれる一撃が俺を襲った。