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悪い夢のような

「バルドさん、凄く良い人でしたね。魔法もうまいですし、Aランクの人って皆あんな感じなんですかね……?」

「そうね、あいつは案外見どころがあるわ」

「そうか……?」


 バルドと別れた後、シュリとネーベルはバルドの話ばかりしていた。

 Aランク冒険者を初めて見たのだからしょうがないことのような気もするが……


「バルド、か……Aランクだっていうのに名前すら聞いたこと無かったぞ……?」


 冒険者は実力によって細かく区分されている。

 例えば駆け出しの冒険者であれば基本Eランク。そこから徐々に上がって行って基本がBランク。

 稀にいるような強さの冒険者はA、といったような感じだな。


 他にはSランク冒険者なんてものもいるが……実際はそんな冒険者に出会うことなんて一生に一度も無いぐらいだ。考えるようなことでもないだろう。そもそもSランク冒険者は昔話に出てくるような存在で、なろうとすることすらできないレベルなのだが……


 ……シュリの目標はSランク冒険者だと言う。Sランクを目指すならもう少しだけ暴走するのはやめてくれ。それが俺の切実な願いだ。


「Aランクならもう少し話題になることもあるはずなんだがな……」


 もし本当にバルドがAランク冒険者だというなら多少なりとも噂で聞いたことはあったはずなのだが、俺達が今いる町にAランク冒険者がいるだなんて話は聞いたことが無かった。


「少しは調べてみてもいいかもしれないな」


 楽し気にバルドのことを話しているシュリとネーベルを置いて、俺は一人考え込むのだった。


***


「バルド?誰よそいつ」

「あぁ、やっぱ知りませんよね」

「んー、私はそんな人聞いたこと無いわね……。で、そいつにシュリちゃんが取られそうになって焦ってるって話でしょ?」

「取られ……?あ、いや、違いますよ。少なくとも俺はシュリとかネーベルを好きになったこと無いんで……」


 バルドと出会った翌日。

 俺は休みをもらって町へと出てきていた。

 

 ギルドで飲んでいた知り合いに話かけ、バルドについて聞いてみる。

 やはりここでもバルドについて知っている人間はいなかった。


「あら?エテルノ君はてっきりシュリちゃんかネーベルちゃんみたいな子がタイプなのかと……」

「同じパーティーに何年もいると一緒に居てもなんとも思わなくなりますからね」


 これは冒険者あるあるの一つだ。ずっと同じパーティーに居ると恥とかそういうのも無くなるし、冒険者なんて仕事をしているから基本美容に気を遣う暇もない。必然、同じパーティー内で恋愛に発展することは無いというか……。

 恋人、というよりは家族のような関係が近いかもしれないな。いつも一緒にいるから何とも思わなくなる。残念なことだ。


「ま、ネーベルはまだしもシュリはそういう相手が出来るかどうかも分からないですからね。そういう意味では心配かもしれないです」

「シュリちゃんはあんな子だから色々と心配になるわよねぇ……。あ、でも今のって私がエテルノ君狙っても良いってことかしら?」

「あんた三股かけてんだろ知ってんぞ……っと、すいません」


 つい口が滑って素でツッコミを入れてしまった。ま、この人が相手ならそうそう怒られることも無いだろう。


 俺の言葉を聞いて、聞き耳を立てていた周囲から笑い声が起こる。

 それを聞いて女冒険者は焦って言い訳を始めた。


「い、いやそれはもちろん駆け出しの子がかわいいからって話なだけでそんな、本命はまだ誰も居ないというか……!」

「言い訳になってないですね。ま、ここでもバルドのことを知ってる奴がいないんなら町のどこに行っても無駄でしょうし……。ありがとう。助かりました」

「うぅん、気にしないで。何かあったらまたいつでも来なさい?」

「はい。それじゃまた」


 女冒険者はギルドの職員に追加の酒を頼み渋い顔をされている。

 ギルドは酒場ではないのだから、酒も飲めるとはいえもう少し控えればいいものを……。


 ま、こいつはギルドにも有用な存在だろうからな。

 彼女はもう少しでAランクに届くだけの実力を有しているだけはあって面倒見は良いし、実力もある。

 ここで酔いつぶれてもそうそう邪険な扱いは受けないだろう。


 なんなら俺に魔法の使い方やら剣術やらを教えてくれたのもこいつだ。良い奴なんだよな。

 ……男癖が悪いのに目をつぶれば。


 軽く女冒険者に手を振って俺は帰途に就いた。

 さて、バルドはどこかから流れてきたAランク冒険者らしいということは分かったがどうしたものか……。

 まぁシュリとかネーベルに被害が及ばなければそれでいいか。


 そんな風に考えていた俺の考えが甘かったことは、どうやっても否めない。


***


「……なんだ?来客か?」


 俺達が泊っている宿に帰って来た時だった。

 俺達の部屋は大部屋、簡単に仕切られただけの馬小屋のような場所なのだが……荷物が、多い。


 俺の物とシュリの物とネーベルの物と……


「あ、エテルノ帰って来たわね!サプラーイズよ!」

「なんなんだよほんとに……」


 シュリが突進でもしているのではないかという勢いで俺に突っ込んできた。

 と言っても普段からやってくるので慣れ切っている。

 軽く受け流していつも通り額を爪ではじいてやった。


「痛っ!何すんのよ!」

「いや、うるさかったから……」


 額を抑えて大げさに痛がるシュリ。実際はかなり手加減しているんだがな。本当に元気な奴だ。


「ネーベルは?」

「あぁ、多分まだ向こうで話してるんじゃないかしら」

「珍しいな」


 ネーベルは基本、誰が帰って来ても真っ先に出迎えに行く。

 そんな彼女が珍しく俺を出迎えてくれなかったことについて別に不満は無かったが、少しだけ、違和感を覚えた。


「というかサプライズってなんだよ。誰か知り合いでも--」

「--シュリ、大丈夫?なんか痛がってたけど……」

「なっ……?!」


 部屋の奥からネーベルと共にバルドが顔を出した。

 予想外の人間が出てきたことに俺は驚きを隠せずにいると、バルドがやって来てシュリの額の髪を持ち上げて、シュリの額を見つめた。


「……うん、そんなに赤くはなってないね。でもそれにしたって女の子に暴力を振るうって言うのはあり得ないんじゃないかなエテルノ」


 バルドの言っている意味が分からなかった。単なるじゃれあいで、文句を言われたことについてはまぁ良い。だが、だがそれで少し顔を赤らめているシュリの方が分からない。

 なんだ?どういうことなんだ? 


そんな俺に追い打ちをかけるようにネーベルが言う。


「エテルノ君、えっと……今度からバルドが、私達のパーティーに入って色々教えてくれることになったから……」

「……は」


 パーティーに入る。そう聞こえたが……


「うん、そんなわけでよろしく、エテルノ。まぁ迷惑はかけないつもりだから安心してくれ」

「……ちょ、ちょっと待てよ。そう言うことなら先に俺にも確認をしておくのが筋ってもんなんじゃ……」

「いや、パーティーリーダーから許可してもらってるのに君に事前に確認する必要ある?それだったら多分、一刻でも早く俺がこのパーティーに入った方が得だと思ったんだけど……」


 シュリが許可をしたのか?こいつがこのパーティーに入るのを?


 一瞬不安に思ってシュリを見る。シュリは自身の額を撫でて、今までに見たことが無いような顔をしていた。

 

 そんなシュリを見て更に不安になるが、俺は思いなおす。

 バルドはAランク冒険者だ。不安はあれど断る必要はないし、バルドに鍛えてもらえるならSランク冒険者になることも夢ではなくなる。そう考えてシュリが許可を出したのかもしれない。

 

 だから、俺は反対をしなかった。出来なかった、と言っても正しいかもしれない。


 それまで町で聞き込みをしていたせいか、足に疲れが来ていた。

 もう今日は休もう、この状況で休めるかは分からないが……


「……分かった。それじゃあ俺は休むから……」

「あ、ちょっと待ってエテルノ。ほんと悪いんだけど、バルドが入ったから部屋割も変えなきゃいけなくて……。で、えっと……エテルノの部屋も移動になったから……」

「……え、バルドもこの宿に泊まるのか?」

「そりゃそうだろ?同じパーティーなんだし、一緒に居たほうが都合が良い」

「……そうか。分かった」


 バルドの言葉を否定する気はもう起きなかった。

 今更俺が何を言ったところで、もう決まってしまったことだというのが分かっていたからだ。


「あ、この後ご飯食べに行くけど二人も来る?」

「行きたいかな……」

「私も行くわ!……あ、でも先にエテルノの部屋だけ案内しちゃうから待ってて!」

「そうだね。エテルノは疲れてるみたいだし、ゆっくり休みなよ」


 バルドの言葉に返事を返す気もない。


 その後、シュリの案内で、俺は新しい部屋へと荷物を移動した。

 強烈な違和感を感じながらも、これで良いのだと自分に言い聞かせながら。


 俺を案内して早々に部屋を足早に去っていくシュリの後ろ姿を見送り、俺は布団にくるまった。


 その日は、悪い夢を見た。

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