バルド(Aランク魔法剣士)
「ちょ、ちょっとお前何やってんだよぉぉおお!!」
「ごめんって!でもスライムは塩に弱いんじゃなかったわけ?!」
「塩に弱いのはスライムじゃなくてナメクジだよ馬鹿!」
全力疾走。冒険者としての活動を始めて三年ほど経った時だった。
あの日のことは今でも覚えている。
その日受けていたのはスライムが大量発生したという洞窟の掃除。
スライムに塩をかければ溶けるんじゃない?と思いついたシュリが塩をスライムに投げつけ、スライムたちを怒らせてしまった日のことだ。
洞窟を飛び出して追ってくるスライムたち。やはり普通に洞窟の出口を塞いで火を放つべきだったのだろう。
「く、くそ……!さすがにこの量はやばいぞ……!ネーベル、魔法行けるか?!」
「ちょっとだけ詠唱させてくれればいけるよ!」
「分かった!俺が引き付ける!」
「じゃあ私がネーベルを守るから!」
冒険者としての活動を三年も続けてきて、多少なりとも俺達は冒険者稼業に慣れてきていた。
シュリもゴブリン三匹程度なら一人で相手取れるようになったし、ネーベルも簡単な魔法なら扱うようになっていた。
もちろん俺も、ネーベルとシュリに教わっていたおかげか簡単な魔法と剣術を使えるようにはなっている。
スライムを倒しきるのは厳しいが、時間稼ぎぐらいならできる。そう判断しての行動だった。
「おらっ!」
踏み込み、スライムを蹴り飛ばす。
気休めにもならないが吹き飛んだスライムに火球を放っておく。
数匹蹴り飛ばした後で俺はネーベルの名前を呼んだ。
「よし、今だネーベル!」
「我に敵対する者を残らず灰と帰せ!戦愁しゃしゅ……」
「……」
「ごめんエテルノ君!噛んだ!」
「何やってんだよ?!」
肝心な魔法の詠唱を噛むネーベル。だから噛むなら無詠唱も練習していた方が良いと言ったのに……!
「くそ、それなら俺が魔法で何とかしてみる!」
「じゃあ私が今度は前に出るね!」
シュリが剣を携えて前に出る。俺は杖を構え--
「--それには及ばないよ」
「え」
轟、と目の前のスライムの群れが炎に包まれる。
焼けながらもなおシュリに向かっていこうとするスライムとの間に男が立ちはだかっていた。
俺達とそう変わらないような年の青年。
男の構えた剣は禍々しく歪み、炎をまとっている。
「ほらお前。女の子に時間稼ぎを任せるなんて何を考えてるんだ。だらだらしてないで立てよ」
男がそう俺に声を掛けた。
「ぐ、い、言われなくても……!」
「さて、さっさと邪魔者は掃除しないとなぁ」
一振り。剣の一振りでスライムたちの群れは悶えながら死んでいく。洞窟へと逃げようとした個体もいたが、男はそんなスライムを見逃すことなく追いかけて討伐した。
「あ、ありがとうございます。私達の判断ミスでこんなことになっちゃって……」
スライムを倒しきり、息をついた男にネーベルが礼をする。
男は何でもなさそうな顔でネーベルの頭に手を置くと言った。
「あぁ、大丈夫大丈夫。女の子が危なかったらそりゃ、誰だって助けるだろ?今回もそう。ちょっと見かけたから助けに来ただけなんだしさ」
「いえ、本当に助かりました……!名前をお聞きしても……?」
「もちろんいいよ!俺はバルド、ソロでAランク冒険者やってるよ。これからよろしくね?」
にこりと笑ったバルドの顔にふと影が差したような気がした。
***
「あぁ、君たちはDランクなんだ。じゃあこの討伐も少し危なかったんじゃない?パーティーリーダーは誰がやってるの?」
「わ、私だけど……」
バルドはAランク冒険者。基本はソロの魔法剣士として活動しているという話の後で、バルドは俺達の冒険者ランクを聞いてきた。
三年活動してようやくDランクまで上がって来た俺たちは既にバルドの存在に委縮させられており、それはシュリも例外ではなかったようだ。
少し声を震わせながらもシュリは前に進み出た。
「あぁ、君か。良いじゃん。あそこまで沢山のスライムに追われてるのに仲間を見捨てなかったって言うのは凄く良いよね」
「え、あ、ありがとう」
説教でもされるのだと思って身構えていたシュリはバルドの言葉に面食らい、少し照れる様子を見せる。
「で、えっと……ネーベルちゃん。君も中々頭良さそうだね。魔法を使って戦う魔法使い、というよりはもっと、事前に強化とか掛けられるような魔法を勉強してみたら?ほら仲間のサポートをメインにした感じのさ」
「確かに……。それなら噛んでもあんまり被害もありませんしね」
「そうそう。俺の知り合いがそんな感じなんだよね。強化が入るだけでシュリちゃんも動きやすくなると思うし?」
バルドの言っていることに興味深そうな顔を見せるネーベル。
言っていることは確かにその通りだ。だが……
「あぁ、えっと……バルドだったか?助かった。ほんとにありがとな」
「……そうだね、まぁ気にしないでよ。この程度でお礼を言われても居心地悪いしね」
どこか。バルドの言い方にはどこか悪意を感じるのだ。
シュリとネーベルは何も感じていないようだが、バルドが俺に向ける目には何の感情も無い様に思える。
俺は無意識のうちに、バルドに怪訝な目を向けていた。
「さて、どうしようか……俺このままギルドに帰ろうと思うんだけど、二人はどうする?」
「私ももう今日の依頼は終わりだから……帰ろうかしら」
「そうだね、それでいいんじゃないかなぁ。エテルノ君は?」
「……あぁ、帰るか」
始まりはこんな感じ。
俺がこのパーティーを追い出されることになる半年前の話だ。