蛆の湧いた
「--この辺で良いか。……っと、少し足場が悪いか……?」
土魔法を使って周囲の荒れた地面を整える。
あぁ、強化魔法も使っておくか。そうだな、ここなら……脚力と視力だな。逃げ切れるだけの身体能力があればそれでいい。
考え得る限りの対策を講じ、あとは死霊術師の男を待つだけ。そんなときになっても俺は覚悟を決め切れずにいた。
「あぁ、くそ、気持ち悪……」
地下道の奥からは死体の腐臭が漂ってくる。
その臭いがどうしようもなくトラウマを抉る。
吐き出してしまいそうな喉を絞めつけ、俺はただその時を待った。
「--来た」
息をひそめる。地下道の奥からは鼻歌と、無数の足音。
探知魔法を使って確認すると……生命反応は一つ。間違いない。無数の死体を引き連れて死霊術師がやって来ている。
音の外れた鼻歌が近づいてきて--止まった。
「--お、おいおいおい、エテルノじゃん?!まじ?!ここまでしぶとく生き残ってたんだな?!」
「……うるせぇよ。黙ってろ」
俺の姿を認めて死霊術師の男は歓喜の声を上げ、それに呼応するように周囲の死体達からは喝采が起こる。
ぱちぱち、なんて生易しい音ではない。人間なら考えられないほどの強さで。しかも手足が腐っているような死体もいるのだ。必然死体の手足から血が飛び散り、辺りの腐臭が更に強まる。
そんな光景を見て、俺は顔をしかめることしかできなかった。
「黙ってろだなんてつれないなァ?……ほんと、やめてくれよ。殺したくなるだろ?」
にこやかに言う男。だがフードの奥から覗くその目に秘められた殺意は本物だ。
死体達の大喝采の中、男に聞こえないように俺は呟いた。
「元々殺すつもりだったんだろうがよ……」
「え、なんか言った?」
「いや別に。しかし……敵がお前で良かったな。お前相手なら遠慮なく本気が出せる」
「うわ、気持ち悪。自分はまだ本気出してないアピとかマジ気持ち悪いって~」
頭を抑えて大げさなジェスチャーでこちらを挑発する死霊術師。
もちろんそんな挑発に俺が乗るはずも無く--
「ッッ?!」
突如死霊術師が踏み込み、俺に肉薄する。
目の前で振りぬかれた剣にどうにか構えていた剣を当て、なんとか受け流す。
男を蹴り飛ばし、再び距離を取ると男は剣を見つめながら言った。
「あれ、失敗しちゃった。今のは結構いい線行ったと思ったんだけどなぁ?」
「……警戒してたからな。そもそもお前は無駄話を好むような奴じゃなかっただろ」
本当のことだ。
俺とこいつが以前同じパーティーに居た時には無駄話をしているように見えても裏で何か企んでいるような嫌な奴だった。
そのため出会う前から最大限に警戒し、罠なども念入りに潰してきた。それが俺の命を救ってくれたというわけだ。
こんなにすぐに殺そうとしてくるとは流石に思わなかったが。
早めに気づいて対処することができて良かった。事前に使っておいた強化魔法の効果が出ているのかもしれないな。
「なになに?俺の考えはお見通しってわけ?気持ち悪すぎて吐きそ~」
男の言うことは無視して考えを整理する。
こいつの正体についてはもう分かっている。シュリとネーベルという二つの名前が出たおかげで元々予想も出来ていたことだからそれはそれでいい。
さて、もうこいつの無駄話に付き合ってやる必要も無くなったわけだが……
一つ、最後に聞いておくか。
「そういえばお前、どこで死霊術なんて覚えたんだ。確か元は……魔法剣士、だったか?死霊術なんて使えるようには見えなかったんだがな?」
「それ教えてやったら何か俺に利益があるわけ?」
奴はあくびをしながらそんなことを言った。
そこで俺は言う。
「……教えられないなら別に良い。興味ないしそこまで知りたくない」
「はぁ?!教えてやるからそこに座って聞けよ?!」
「座ったらお前切りかかってくるだろ」
「隙見せたほうが悪くね?」
言ってることが支離滅裂だな。
いや、まぁこいつが煽りに弱いっていう情報は間違ってなかったことが確認できただけでも良いか。
男の動きに注意しつつも耳を傾けておく。
「まぁなんつうか、愛ゆえに得た魔法っていう感じな!死後も一緒に居られるぐらい愛し合っていたっていうかさァ」
嬉しそうに語る男。だが、それ故に一層異常さが際立っている。
男の背後にいた死体達の群れが身じろぎでもするかのようにぞわりと揺れた。
「俺はやっぱ、死んでもシュリとネーベルと一緒に居たかったんだよね。いくら殺されちゃったって言ってもあの子たちは俺の大事な仲間だったわけだし?それでどうにかして死体を腐らせずに取っておく方法でもないかなって探してたら--」
死体の群れが二つに割れる。その中には二つ。女の死体。
死体がこちらに向かって手を振り、俺は息を飲んだ。
「--ある人に会ったんだよ」
もう男の声は俺の耳に入っていなかった。
二つの死体に、見覚えがあったからだ。
眼球は腐り落ち、足もねじ曲がっている。が、確かに、確かにそれは、
「シュリ、ネーベル……」
かつての俺の仲間。俺が殺した二人。
死体になってもその面影は残ったままだ。
気づくと既に体が動いていた。
「……!!」
「ぅおわ?!」
魔力切れを気にしていた自分が馬鹿らしい。ここまで普段通り対話出来ていたこと自体おぞましい。
初撃に放った氷槍は避けられてしまったがこれで終わらせるつもりは無い。
出し惜しみせず更に畳みかける。とにかく物量で。あいつが逃げられないように逃げ道を塞ぐように魔法を撃ちこんだ。
「駄目か……!」
手ごたえが無い。魔法が当たっていないことはあり得ないはずなのに、どこかに逃げ--
「--ほんとさ、エテルノって最低だよね。」
土煙が晴れ、奴の姿が見える。
いや、正確には奴をかばうように立ちはだかり、氷槍に貫かれてボロボロになったシュリが。手近なところに刺さった氷槍を引き抜き、こちらへと向けてきているネーベルが。
そして、その二人にかばわれてニヤニヤとこちらを見ているあいつ--バルドが死体達に合図を送り、死体達がその物量で俺を押しつぶそうとなだれ込んでくる。
「なっ……?!ふざけるなよバルド!!」
「え、何が?ちょっとうるさいからやめてくれる?」
「どの面下げてそんなことを……!」
「いやほんとさ、シュリがかばってくれて助かったよ。そろそろエテルノも身分をわきまえてると思ったのにさぁ……シュリも、ほんとありがとね。もう退いて良いよ」
バルドがシュリを突き飛ばし、シュリの体が灰になって崩れ落ちる。
もちろんすぐに再生していく。が、許せることではなかった。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
冷静さを欠いた俺は既に、引き付けて逃げる方法よりもどうにかしてバルドを殺す方法を考え始めていた。