ダンジョン迷宮攻略
「ダ、ダンジョンってこんな風になってるんですね……」
ダンジョンの中を見て、真っ先にリリスが感嘆の声を上げた。
そうか、フィリミルとリリスの二人はまだダンジョンに入ったことがないのだろう。
まだ駆け出しの冒険者だったからな。
「そうだな、それなら簡単にダンジョンってものの概要を説明してやろうか?」
「おぉ、ありがとうございます!是非!」
「よし。まずはそうだな……ダンジョンはどのようにして発生するのか、知ってるか?」
「え、それは普通に、洞穴に魔獣が住み着いて出来るんじゃないんですか?」
まぁ、ちゃんと潜ったことが無ければその程度の認識だろうな。
冒険者として活動をしていてもダンジョンに関わることは少ないため。詳細を学んでいない冒険者は数多くいる。
リリスの認識は間違いだ。と言うのも……
「それならなんでダンジョンには罠があるんだ?魔獣が住み着いただけなら罠なんて置かれないよな?」
「そう言われてみるとたしかに……」
リリスが不思議そうな顔をしていると、先ほどから話を聞いていたらしいフィリミルが言う。
「猟師が元々洞穴に仕掛けた、とかだったりするんじゃないですか?」
「残念。ダンジョンには『ダンジョンマスター』と呼ばれる敵が存在するんだ。ダンジョンマスターが洞穴に住み着き、他の魔獣を使役していくことでこの環境ができ上がるわけだな」
もちろんそれだけでは無いのだが簡単に言うならそんな感じだ。
ダンジョンマスターと呼ばれる敵がダンジョンの主だと思えばいい。
「でも、それならなんで倒す必要があるんです?放っておいても住み着いただけなら困らないんじゃないですか?」
「それがな、ダンジョンの魔獣が増えすぎるとダンジョンを出てくる可能性があるんだ。これが俗に魔獣暴走とも言われるものだ」
「なるほど、それで僕達は調査しに来たと」
「そういうことだ」
魔獣が溢れ出す前に、ダンジョン内の状況を知っておく必要がある。
とはいえ俺もダンジョンの調査をすること自体は初めてだからな。
調査済みのダンジョンに潜ったことはあれど地図も何もない状態で潜った経験はない。
俺も慢心せずに気を付けなければいけないだろう。
「エテルノさんは博識ですねー。凄いです!」
「お前はSランクなんだから知っておけよ」
ミニモが何やら呑気なことを言っていて怖い。が治癒術を使えるなら多少の無茶も通るんだろうな。
例えば怪我を治しながら移動することで罠を踏み抜いて進むとか。
怪我しないってよく考えてみたら無敵だな。罠じゃミニモを止められないんじゃないか?
「この先は行き止まりだったよ」
フリオが壁に直面して戻ってくる。先ほどから周囲は迷路のようになってきており、前に進んでは戻っての繰り返しが続いている。
「困ったな。戦闘は無かったとはいえ皆疲労が溜まってきてる。今魔獣に襲われれば危険だぞ」
周囲の様子をフリオに伝えると、フリオは少し難しい顔をした。
一時間ほど前から俺の周りの冒険者も疲れた様子を見せるようになっていた。
何よりも疲労が激しいのは、ここが迷路だということに原因がある。
あちこちに行っては戻って、行き先があまり決まらない。
精神的にも疲弊してしまうだろう。
「そうだね、なんとかしないと。……あ、グリス、協力してもらっていいかい?」
「えぇ、良いわよ。何をすればいいの?」
「ちょっと身体強化をお願いしたいんだ」
ふむ、身体強化?
身体強化によって疲れを取り去って前へ進むつもりだろうか?
グリスの魔法によってフリオからオーラのようなものが立ち上り始める。フリオはその状態で剣を構えると……
「よし、じゃあちょっと離れててね!」
「おい、ちょっと待て何をするつもり――」
「せやっ!!」
振り下ろされた剣が凄まじい轟音とともに岩壁を叩き割る。フリオはそのまま剣を振り続け――
「よし!道ができたね!」
「できたねじゃねぇよ」
「さ、先に進むよ!」
「聞けよ」
どうやら迷路を破壊しながら進むことで披露する要素を減らす作戦らしい。
フリオ、案外脳筋である。脳筋聖人はなかなか新しいな。
凄まじい音を立てながら道を開拓していくフリオの後ろ姿を見ながら俺はそんな感慨に耽るのだった。
***
「右方向、接敵!」
「了解!」
フリオが迷路を破壊しながら進むことを決めてから数十分、あれから魔獣遭遇率が格段に上がっていた。
一体一体はDランク冒険者でも問題なく狩れるレベルではあるのだが、いかんせん数が多い。
厄介だな。
と、フィリミルが言う。
「すいません、そこ罠あります!」
「分かった。俺が処理しておく!」
連携は順調、このまま行けば順調に行ける……!
罠を処理し終えて、俺が目の前の魔獣と向き合った時、魔法の詠唱が俺の後ろから聞こえた。
「--飢えを和らげ渇きを癒す飢えた巨獣よ!我が宿敵を葬り去れ!『煉獄餓獣』!!」
「なっ……!」
俺が目の前の魔獣に剣を突き立てようとしたところに、魔法によって召喚されたであろう巨獣が突っ込んでくる。
詠唱が聞こえて俺が飛び退いたから良いものの、間違いなく味方も巻き込みかねない一撃。
一体誰が?
「……お前かシェピア」
俺の視線の先には、杖を構えて一息つくシェピアの姿があった。
***
「なにか言い訳はあるか?」
「なんで私は正座させられてるのかしら」
「もちろん、お前が全員を危険に晒したからだ」
「あれぐらい避けられるでしょ?」
「だとしてもだ」
敵の処理を終え、俺達はシェピアに話を聞いていた。
いや、話をするというよりはお説教に近いニュアンスなのだが、シェピアには反省の色が見えない。
初対面からなんとなく思ってはいたがこいつはやはりろくでもないな。
一応、子供に諭すように出来るだけ優しく言ってやる。
「パーティーで進むときに広範囲魔法を使わないのは当たり前だろう。仮にもお前はSランク、そんなことは分かっていると思うんだが?」
「……パーティーなんて組んだことないわよ」
「ぼっちか」
「ぼっちじゃないんですけど?!」
だがそれが本当なら中々厄介だな。
一人でSランクまで上がる実力はあるのに連携が取れないのは足手まといでしかない。
むしろ実力があるだけフィリミルやリリスよりも面倒だ。
「よく聞けよ。広範囲の魔法は味方も巻き込むし、周囲の魔獣に気づかれる可能性がある。だからダンジョンのような狭い場所では、狙いを絞って規模の小さい魔法を連発するんだ」
「音が駄目なの?」
「あぁ。音も衝撃も駄目だ」
シェピアはやけに不満そうな顔をしているが、こういう攻略の際のセオリーはしっかり守っていかないと味方の魔法で死人が出た、なんてことになりかねない。
迷宮探索ではよくある事故だからな。
そう俺が言ってやると、シェピアが不満げに口をとがらせてこう返す。
「じゃあパーティーリーダーが道を切り開いてるのはどうなの?」
……確かに。いや、よく考えたらやたら魔獣に遭遇するのもあいつのせいか?
迷宮の壁を破壊しながら進んでるせいで相当音が出てるもんな。
俺が返答に困っているとシェピアが言う。
「ほら、何も言えないんでしょ?私ばっかり責めるんじゃないわよ」
「そうだな、不公平だな」
フリオだけ許される、っていうのは間違いなく不公平だ。
「でしょ?分かったらほら、謝って……」
「よし、フリオ、そこで正座……いや、土下座だ」
「あんた容赦ないわね?!仮にもリーダー相手でしょ?!」
「悪いことをしたら謝る。ガキでもできることだろう」
その後、フリオが笑顔でスタイリッシュ土下座をかましてシェピアが怯えたような目を向けてきたのが酷く印象的であった。
俺は何も間違ったことを言っていないと思うのだが……何故そんな顔を?