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亀裂

「くっそ、邪魔だ死人ども!」


 宙に掲げた手から射出された氷槍が地下通路をうろうろする死体を穿つ。

 その威力に死体たちはよろめき、倒れはするのだが…


「エテルノ!そっち危ないわよ!」

「分かってる!援護頼む!」

「任せて!」


 先ほど倒したばかりの死体がしばらくすると起き上がってくる。

 再生能力がやはり、厄介だ。


 対処策は得ているのだがそうそう簡単に実行できない。


「フィリミル!隔離はどうなってる?!」

「すいません!さすがにもう容器がいっぱいです!」

「クッソ……!」


 死霊術で操られている死体を無効化する方法は一つ。『死体を操っている魔力を遮断する』ことだ。


 死霊術は操り人形のようなものだと思えばいい。死体を操っている糸、つまりは魔力さえ遮断してしまえば死体は灰に戻るのだが--


「魔力を遮断する容器が足りない……!」


 そう。足りないのだ。

 森に不死の魔獣が出現し、その対処方法として魔力を遮断できる容器を大量に用意しておくようにギルドに言ったところまでは良かったのだが。


 俺は、失敗していた。


 俺が容器を用意するように伝えたのはディアンだったのだ。

 ディアンが『ギルドに伝えておきますね』と言っていたのを信じて、俺は何もしないでいた。

 副ギルドマスター。そんな立場にいるディアンならしっかり伝えていてくれると考えていた。


 だが。ディアンは俺達を裏切った。


 もちろんギルドにこの話が伝わっていたわけも無く、俺達が用意できた容器はごくわずか。

 これでこの地下通路に溢れ返った死体どもを何とかするなんて不可能だ。


「グリスティア!ここからはやはり作戦を変える!攻撃より拘束を優先しろ!」

「分かったわ!じゃあ……ちょっと離れててね……!」


 グリスティアの杖から迸った水流が地下通路を通って死体達を濁流の中に吞み込んだ。凄まじい魔法だ。

 呆気に取られているとグリスティアが杖を地面に突き立てて言った。


「皆、この地下通路は元々何のために使われてたか知ってる?」

「い、いや、知らないです……」


 答えたのはリリス。彼女は先ほどまで、彼女の操る魔獣たちの力を借りて死体達を容器に詰め込む仕事をしていた。


「実はね、大雨が降った時に水が溢れないようにって町長さんが作った、非常用の下水道みたいな感じなのよ」

「貯水池的なことですかね?」

「多分そう!」


 よく分かってないくせにドヤ顔をしてんじゃねぇよ。というか……


「……あの水流、フリオとかも呑み込まないよな?」

「え」


 ピタリ、とグリスティアが動きを止める。

 そんなグリスティアを怪訝な目で見るフィリミルとリリス。

 そして……


「ごめんエテルノ!追いかけるわよ!」

「こんな大事な時にドジしてんじゃねぇよォォォォォ!!!」


 こうして何を言う暇もなく、全力疾走で死体を吞み込んだ濁流を追いかける羽目になったのだった。


***


「っはぁ、はぁ……」

「……で、ここまで来たんですか」

「そうだよ何か文句あっか……」

「いえ、別に何も……」


 肩で息をする俺達を生暖かい目で見ているのはディアン。

 先ほど濁流を追いかけて走っていると濁流が突如消失し、追いついてみるとそこにはディアンがいたのだ。


 いつか遭遇するとは思っていたけど、こんな状態で遭遇したくなかった。

 体力的な意味でも恥的な意味でも。


「デ、ディアンさん、なんでこんなことを、し、したんで……っすか……」

「息を整えてからでいいですよフィリミル……」


 しばし気まずい沈黙が満ち、フィリミルが仕切りなおすように口にする。


「……ディアンさん!なんでこんなことしたんですか!信じてたのに!!」

「え、えぇと……復讐ですかね……」


 答えるディアンは若干気まずそうだ。

 うん、俺も普通に気まずいからな。こういうやり取りをするんだったらもっとかっこよくやりたかった。

 とはいえそうもいかないのが現実なわけで……。グリスティアとリリスは疲れて座り込んでしまっている。


 いやいやながらも気持ちを切り替えて俺は質問をした。


「ディアン。お前が復讐をしたいなら一人で勝手にやればいいだろう。なんで町を巻き込んだ」

「……」


 そう。俺が聞きたいのはこれだけだ。


 俺は復讐を否定する気は無い。というよりも俺も復讐を成してきた人間だから、否定する資格が無いというのが正しいだろうか。

 俺とて何人も手にかけたし、何度も復讐を成してのし上がってきた。だからそれについてはディアンを責めるつもりはないのだ。


 言うとしたら、復讐のために何の罪もない町の人々を巻き込んだこと。そこだけは許せなかった。

 

「そうですね、必要だったから、とでも言えばいいですかね」

「……何に必要だったんだよ」

「町の人を助けるために、ですかね」


 ディアンがきっぱりと言い切る。が、俺たちはその言葉の意味が理解できずにいた。


「ディアンさん、何言ってるんですか……?だってあなたは町の皆を殺そうと……」

「えぇ。殺しました。でもそのおかげで彼らは『フリオのスキルの犠牲』にならずに済みましたよ」

「犠牲?な、何のことだよ……?」


 聞きなれない単語。いや、そもそもフリオのスキルが何だって?


「あぁ、ご存じないんですか?まぁそれもそうですね。知ってたらフリオのパーティーになんていられないでしょうし」

「だから、何のことだって……!」


 フリオのスキルは『黒い人影達を召喚して操る。ただし、発動中はフリオは動けない』とかそんなものだったはずだ。


 ついディアンに聞いてしまったが、聞いてはいけないものを聞こうとしているような、そんな嫌な予感がした。

 ディアンはニヤニヤと笑いながら言う。


「ま、話を聞いて皆がフリオへの認識を改めてくれれば嬉しいと思いますけどね」

「……」


 油断はしない。が、その場にいる全員にはもうディアンを攻撃する意思が無くなっていた。

 ディアンの話を聞こうとしてしまっている。


 聞いた瞬間フリオへの信頼を損なってしまうかもしれないのに。


 そんな俺達の心情を知ってか知らずか、ディアンは飄々と話を続ける。

 ディアンの声が暗い地下通路に反響し、松明の明かりの元で彼の青い長髪が静かに揺れた。


「例えば、皆さんは死霊術についてどう思います?他人の死体を使って操る冒涜的な魔法。あれを見て良い印象を抱くような人はいませんよね?」

「……」


 肯定の意味での沈黙。ディアンはそんな俺達の反応に満足したようにうなずいた。


「でも、死霊術はあくまで死体を操るもの。死人の魂までは冒涜しない。その点に関してはまだ良心的とも言える」

「だから、何が言いた--」

「--だけど、フリオのスキルは死人の魂を召喚して操るものなんですよ。忌むべき死者への冒涜行為。それを隠して平然と英雄として祭り上げられている。それが彼、フリオなんです」


 ディアンの口にした言葉は確かに、フリオの善良性を覆すようなものだった。

エテルノの登場は十話ぶりくらいです。

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