数多の死体を積み上げて
「……」
重い瞼を開く。
今にも崩れ落ちてきそうな木の天井。
天井に張られた蜘蛛の巣で、大きな蜘蛛が蠢いている。
蜘蛛の巣に掛かった大きな蛾がもがいているが、逃げ出せはしないだろう。蜘蛛はじりじりと蛾の元へと向かっていた。
「あぁー……」
声を上げてみる。少ししゃがれてはいるが大事にはなっていないようだ。
首をさすりながら思い出す。
目を大きく開き、普段と同じ人物だとは思えないほどの凶相で俺の首を締め付けたディアンの顔。
そりゃそうだ。村でも、ディアンは暇さえあれば村長のことを自慢していたのだから。
ディアンが勉強ばかりしているのも村長のようになりたいから。多くの人と関わるようにしているのも子供のうちから人脈を作るのが大切だと知っているから。
そんな村長が死んで。
そんな村長を、俺が、影として使役している。
当然の報いだと、寝起きのぼんやりした頭で思った。
「痛たたた……」
ベッドから体を起こそうとしたところ、手足が強く痛む。
そういえば散々殴られていたな。
どうにかゆっくりと体を起こして、辺りを見回した。
周囲は見覚えのある場所。孤児院の俺の部屋だ。
ディアンも相部屋だったはずなのだが、ディアンの荷物は全て運び出されている。
まぁ、俺と一緒に居られるわけないよな。
考えることもなくなり天井を見上げていると扉がノックされた。
俺が何も答えないでいると、勝手に扉を開いてテミルが入ってきた。
「え、あ、フ、フリオ君起きてたんですね……」
「あぁ、うん。今起きたとこだ」
「……」
「……」
それきり、テミルは何も言おうとしない。
仕方なく、俺が口を開く。
「なぁ、ディアンは?」
「え、あっ……で、出ていきました……」
「……そうか」
当然といえば当然。ディアンが俺と顔を合わせたいとは思えない。
孤児院の中でもきっと俺と顔を合わせようとすらしようとしないだろう。
そんな俺の心が伝わりでもしたのか、テミルは気まずそうに口にした。
「いえ、あの、違くて……こ、孤児院から、出ていきました……」
「……は……?」
孤児院から出て行けるような状態では無かったはずだ。
少なくとも、この孤児院に来てからこんなに直ぐに出ていくような奴だったか?
あの計算高いディアンが?
にわかには信じ難い言葉に俺は耳を疑った。
「何か、冒険者の人に助けてもらうから大丈夫だよって言ってすぐ……」
「……そうか」
テミルはオドオドしながらも言葉を続ける。
「あ、あの、ディアン君は怪我してなかったので、大丈夫ですよ!今からでも謝りに行けば……!」
「そういうわけにもいかないだろ……」
今ディアンのところに行っても更に怒らせるだけだ。そんなことよりももっと他の……
自分の頭に手を当てて、少しだけ考えてみる。
いつにもまして、自分の頭が重たいような気がした。
気分が悪い。気持ちが悪い。
「そうだ、テミル、俺のスキルについては……」
「き、聞きましたけど、それがなんだって言うんですか?そもそもが私孤児ですし。だ、だから、フリオ君を怖いとは思いませんよ。やりたくてやってるんじゃないですもんね?」
もっと、恨まれているかと思っていた。
だから、この言葉に少し救われた気がしたのだ。
テミルにしては珍しく、ハッキリと。キッパリと言い切ったのは事前に言うことを決めておいたりしていたからだろう。
そんなテミルを眺めながら思った。
すぐに、俺のスキルに囚われた人を確認しよう。
それで、それからディアンに謝りにいこう。
その途中で父さんとも合流して、少しでも償いをする。
そうすれば今まで通り、三人で冒険者を目指して頑張っていける。
ディアンだって話せば分かってくれるはずなのだから。
そんなことを思えるぐらいには、この時の俺にはまだ余裕があったのだ。
***
数日後。
俺は既に回復し、様々な場所で情報集めに励んでいた。
例えば死霊術。俺のスキルによく似た効果を引き起こすことができる魔法の一種だが、いろいろと相違点があり、俺のスキルとは根本が違いそうなことが分かったので今は調査は後回し。
ディアンの居場所もなんとなく分かっていた。冒険者の間を転々としながら様々なパーティーで腕を磨いている。
あんなことがあったのに、なんてことも無い様に以前と同じく、明るく楽し気に振る舞っているという。
今はそれが不気味に思えた。
「……」
やって来ているのはとある町はずれの酒場。
ここが最後に父さんが目撃された場所だと聞いていた。
「父さん、なら」
何かいい方法を教えてくれるかもしれない。
母さん曰く、父さんは家族を何よりも大事にする人間だ。
それについては俺も同意できる。
なにせ、俺が父さんの顔を覚えられないレベルの頻度で出稼ぎに出て、その稼ぎを送って来てくれていたのだから。
母さんが死に、ディアンがいなくなり、今頼れるのは本当に、父さんだけだった。
酒場のドアを開き、中に入る。目つきの悪い冒険者達が睨みつけてくるが、そんなことにも気づかずに俺は酒場の店主に話しかけた。
「なぁ、ちょっといいか?」
「あぁ?なんだガキ。ここはお前の来るようなところじゃ……」
「悪い、人を探してるだけなんだ」
「あぁ……?」
手に入れておいた父さんの似顔絵を取り出す。
それを見ても店主の表情は変わることは無かった。
店主は似顔絵を高く掲げて周囲に居た冒険者に聞いた。
「……おいお前ら!こいつ知ってるやつはいるか?」
「いや、知らねえよ」
「知らねぇ顔だな」
口々に冒険者たちは言う。
「そんなはずは……だってここで見かけたって噂が……!」
「皆知らねぇって言ってんだから知らねえんだろうよ。ほら出てけガキ。暇じゃねえんだ。てめぇが金持ってそうだったら情報料を分捕ってるとこだぞ」
そこまで言うとすぐに店主に首根っこを掴まれ、外に放り投げられた。
何も、手がかりが掴めなかった。
次はどうすればいいのか。父さんのことは一旦置いておいて、スキルについて調べるか。
そう考えながら帰り道に就こうと裏路地に入ったその時だった。
「おいガキ」
「え」
背後から急に声が掛かったと思うと誰かに背を蹴飛ばされ地面に転がる。
砂が口に入り、額から血が流れる。
転んだ時にぶつけたからか。そんなことを思う間もなく二撃目が飛んでくる。
「ッッ?!」
咄嗟にスキルを使って防御。人影達を召喚して俺は何とか体勢を立て直す。
急に襲ってきたのは--先ほどの酒場に居た冒険者だ。
「なんだよお前ら……!」
声を荒らげると冒険者の一人が言う。
「いやさ、まさかガキにまで嗅ぎまわられるとは思ってなかったんだわ。だから何かあるんだったら殺しておこうと思ってな?」
簡単に『殺す』などと口にした男の手には短剣が握られている。
いや、そんなことよりも。この男の話の続きを聞いてはいけないような気がした。
「嗅ぎまわる、って何のことだよ。俺は--」
「誤魔化すなよ。さっきの男探してたんだろ?この前俺達が殺した、あいつ。誰に頼まれたかは知らねえけど迷惑なんだよな、そういうの」
驚くほど自然に、その言葉は俺の耳に入り込んで来た。
--殺した。死んでいた。俺の父は、もういない。
そう、うっすらと分かっていたのだ。
俺のスキルが『俺のせいで死んだ人間を使役する』ものだとするのならいくつか、疑問が残っていた。
『最初に現れた人影は誰だ?』
山賊の襲撃がある前。母さんも生きていた時。一人だけ現れたあの人影は誰だったのか。
--『何故俺の家に蘇生術を使う方法を記した紙なんてものがあったのか』
元は俺の家にそんな物は無かった。とするならばどこかのタイミングで母が見つけてきたのだと考えるのが普通。
何故そんなものを見つけてきたのか?答えは簡単。誰かを蘇らせるためだ。
父さんが死んだのは町に出ていたからだ。父さんが出たのは俺達を養うためだ。
間接的ではあれど、『俺のために死んだ』。
母さんにその知らせが行かなかったはずがない。が、母さんは俺に伝えるより先に父さんを蘇らせようとしたのだとしたら?
何故禁術ともされるような『蘇生術』を母さんが調達できたのかは分からないが、一応説明はついてしまう。
「おい、どうしたよガキ!今更逃げようったって遅ぇんだよ!妙な召喚魔法使いやがっ--」
その冒険者が最後まで言い終わることは無かった。
前のめりに首を失った胴体が崩れ落ちる。
「え、は……?」
何も事態を把握していない冒険者達。それを見て、俺は何という感情を抱くことも無かった。
ただ、もう俺は戻れないのだと。そう感じていただけだった。