誰かの英雄
「それは災難でしたね……後の処理はギルドで行っておくので、ご安心ください」
「うむ、それは助かるんじゃが……」
冒険者たちを全滅させた後、ギルドからやってきた職員とサミエラが孤児院の入り口で言葉を交わしていた。
職員の横には息を切らしたディアン。どうやらギルドの職員を呼んできたのはディアンだったようだな。
そんなディアンを気遣い、俺は声を掛ける。
「あー、ディアン、水いるか?」
「いや、大丈夫だよ……っと」
ディアンが魔法で水を生み出す。
水を飲み終わって、ディアンは口を拭った。
「魔法、本当に便利だな。やっぱディアンは凄ぇよ」
「いやいや、フリオの方がよっぽど凄いよ。僕は助けを呼びに行かなきゃいけなかったけど、フリオは一人でこんなに倒したんだろう?さすが村を救った英雄だね!」
「お前までそれ言うか?」
英雄、と言っても俺はスキルが無ければ何もできないわけだし、普段から努力を重ねてきたディアンの足元にも及ばないのだ。
それなのにディアンに褒められるのはどこかむず痒く思えた。
そんな俺の様子を見て、ディアンは大きくうなずいた。
「うん、僕はフリオに感謝してるんだよ。村の人を救ったからっていうのももちろんあるけど、父さんや母さんの仇を取ってくれた、って意味でもね」
そうだ。そういえばディアンは家族を山賊たちに殺されてしまっていたのだ。
俺はまだ父親がいるから良い。が、ディアンは平気な顔をしているが内面では相当に気に病んでいたのかもしれない。
「あ、そんな顔しないでよ。周りが死ぬのなんてよくあることじゃないか。仇は取りたかったけど、それもフリオが取ってくれた。後悔なんてあるわけないんだからさ!」
「そうだな……ま、冒険者になったらディアンは魔法も剣も扱えるんだから、きっと強くなるんだろうな、って思っただけだ」
「そうかい?それなら期待に応えられるように頑張らなきゃね」
***
「うーむ、呼び出されたな」
「呼び出されたね」
その日の夜。俺とディアンとテミルの三人はまたもやサミエラの部屋に呼ばれていた。
「テミル、また何かやったのか?」
「うぇえ?!や、やってないで……す……と思いますけど……」
「なんで若干心当たりありそうなんだよ」
まぁ冗談は置いておいて。おそらくだが呼び出されたのはあの冒険者たちの件だ。
今度は臆さず、俺が真っ先にサミエラの部屋のドアを押し開けた。
「む、来おったの」
「呼び出されたからな」
部屋の奥の椅子に座っているサミエラは今回はバッタを食べてはおらず、真剣そうな表情だ。
俺の真横に立つテミルが唾を飲んだ音が聞こえた。
「あー……その、大丈夫そうかの?あんなに血を見て、トラウマになったりとかそう言うのは……」
「無いですね」
気まずそうに言うサミエラに対し即答するディアン。
まっすぐに見つめてくるディアンからサミエラは目を逸らして言う。
「普通はトラウマになってしかるべきなんじゃがなああいうのは……」
「も、もっと気にしたほうが良かった、ですかね……?」
「そういうわけでは無いんじゃが……」
サミエラが言いたいこともなんとなくわかる。が、
「大丈夫だよ。あんたが思ってるほど俺らは弱くない」
「……じゃが子供が簡単に人の命を奪うというのはじゃな……」
「じゃあ大人なら人を殺してもいいのかよ?」
「そ、そういうわけではないんじゃが、あんな血なまぐさいことに子供の時から慣れてしまうのはじゃな……」
言葉に詰まるサミエラ。彼女がこんなことを言うために俺達を呼び出したのは彼女なりの優しさだとは分かっているのだが--
「サミエラさん、今更死ぬ死なないを気にしてるんじゃ僕たちは冒険者なんて目指せませんよ」
「……」
サミエラを説得するのは俺に目くばせをしてきたディアンと交代する。
俺は言葉遣いもいまいちだし語彙力も無いからな。ディアンと交代したほうが説得できる可能性も上がるだろう。
ディアンはやはり期待通り、饒舌にサミエラを追い詰めていく。
「テミルは元々孤児でしたし、村でだって魔獣のせいで死人が出ることはざらでした。町の子なら分からないですけど、村の子供で死体に慣れてない子なんて今どきいませんよ」
「む……でもな……」
「だから、ほんとに大丈夫なんですよ。そもそもトラウマがどうとかの話になるんだったら村が襲われた時点でトラウマですしね」
それはまぁ、確かに。だが俺たち以外にもトラウマになっている子供はいない様子だった。
親が殺されているのに平気そうなのは少しあれなんだが……まぁ正直、気にしていられるほど余力が無いというのもあるんだろうな。
失った人間を惜しむようになるのはいつも、自分に余裕が出来てからだ。
余裕すらも無い現状ではどうやったところで他人を気にすることなぞ出来るはずもない。
「……分かった。大丈夫そうならいいんじゃよ。疑ってすまんかったな」
「いえ、お気になさらず」
ぺしぺし、とサミエラが自身の頬を叩く。気分を入れ替えるためなのか、顔を上げたサミエラはいつもの通りの笑顔になっていた。
「そういえばバッタがあるんじゃが食べていくかの?」
「ほ、本当ですか?!ぜひぜひ!」
「……俺は帰るわ」
「僕も帰りますね」
「何故にっ?!」
話が終わった空気感を理解し、ゲテモノを食べさせられる前に俺とディアンはさっさと逃げ出したのであった。
***
「っふざけるな!全部分かってたのか?!」
ギシリ、と俺の胸ぐらを掴む小さな腕。食いしばられる歯が震える唇の隙間にちらりと見えた。
ボロボロになった孤児院の壁に押し付けられた頬が、飛び出していた釘の先端に引っかかれて少し痛い。
手を出すこともできず遠くであわあわしているテミルの姿が目に留まり、やけに安心できた。
「答えろよフリオォ!」
思い切り、頭を壁に打ち付けられた。
痛い。けれどそんなことより。
「……知らなかった」
「何を……何をしてたのか分かってるのか?!」
「当たり前だろ。ただ、こいつらがどうすれば消えてくれるのかなんて俺にも分からないんだ」
俺の傍らに立つ真っ黒な人影に視線をやる。
そんな俺を見てディアンは、もう一度強く俺の首元を締め付けた。
「っぐ……」
やばい、そろそろ本当に意識が飛びそうだ。
「殺す……殺す殺す殺すっ……!」
徐々に闇に呑まれていく視界に最後に映ったのは、目に涙を溜めて俺に殺意を向けてくるディアンと遠くから走ってくるサミエラの姿だった。