ダンジョン攻略の開始
「どうしたんだい?そんなにイラついて……」
「そうよ。何かあったの?」
「……いや、やはり肝心なことは自分でやらなければいけないなと思っただけだ。心配はありがたいが、気にしないでくれ」
あの後俺は、行方の分からなくなったゴロツキ達の行方を追った。が、かなり巧妙に逃げられてしまっていたため追いきれなかったのだ。金も持ち逃げされたわけで、相当に腹立たしい。
そんなイライラが少し外に出てしまっていたのか、心配してきたフリオとグリスティアに謝意を伝える。
それを聞いてフリオは気を取り直したように言った。
「んー、エテルノがそう言うならまぁいいか。……あ、それと新しく依頼が来てるよ」
「どこだ?また蜂の駆除とかは言わないだろうな?」
「そんな依頼、私がもう二度と受けさせないわよ」
力強くそう語るグリスティア。そういえばこいつは虫が嫌いだったか。
断言した言葉には、フリオだろうとちょっとやそっとじゃ覆せない決意が込められていた。
「大丈夫、今来てる依頼は近場に新しくできたダンジョンの探索の仕事だよ。長丁場になるかもしれないから断ろうかとも思ってるんだけど、どうする?」
ダンジョンか。ようやくSランクパーティーにふさわしいような仕事が来たんじゃないか?
それにダンジョンのような特殊な環境なら特殊な作戦を実行できる可能性もある。行ってみる価値はあるだろう。
「俺は行っても良いぞ」
「私も構わないわよ。行くのなら用意があるからちょっと時間は貰うけど」
「私もいいですよ。治癒術師も貴重でしょうし、働き時ですね」
「よし、じゃあ出発は明後日、それまでに各自用意をしておいてね!」
ミニモもグリスティアも異論はないようだ。
ダンジョン。地下に造られた迷宮。魔獣の巣窟とも揶揄される場所へ向かうのは久々だが、このパーティーなら問題は無いだろう。
少しだけだが楽しみだ。
***
「えー、今回のダンジョンは発見から一週間経っていないのですが、未だ誰も探索に入っていないため多くの魔獣が徘徊しているものとみられます。えー、で、あるからして――」
「やっぱりギルド長さんは話長いですねー」
「だな。にしてもここまで大規模な調査をするのか……」
現在、俺たちはダンジョンの入り口に集合させられて説明を受けていた。周囲にいるのはざっと百人。出来たばかりのダンジョンの調査にしてはなかなかの大人数だな。
長々と探索内容の説明をするギルド長の話に飽きてしまったのか、俺の隣でミニモが欠伸をしていた。
「--では、班を三つ組みます。資料の通りに分かれていただき、A班から順に突入してください」
そんな言葉でギルド長は説明を締めくくった。
なるほど。百人を三班に分けるとなると、一班三十人程度で探索していくわけか。
資料によると、俺達のパーティーはA班、班のリーダーはフリオが務めるらしい。班のリーダーまで任されるのか。あいつも大変だな。
ふむ、それと俺たちのパーティーの他にも数名Sランクの冒険者がいるようだ。
その数名は見たことがない名前なので、大方今回の探索のために他の町から呼び寄せたのだろう。
と、資料を読み込んでいる俺の横で暇そうにしていたミニモに、声を掛ける二人が居た。
「あれ、ミニモさんだ。ミニモさんも参加するんですか?」
「ん?あ、リリスちゃん達も参加してたんだね?」
「はい!最近Cランクまで上がったんですよ!」
「それは良かったが、探索でも一番大変になるのがこの班なのについてこられるのか?」
声をかけてきたのは以前会った二人、リリスとフィリミルだ。以前見た時より少しだけ装備が良くなっている。
……が、こいつらもA班なのか?
先ほどギルド長が言っていたように、A班はもっとも先頭で道を切り開いていく班だ。
当然魔獣との遭遇率も高いはずであり、そこにこの二人が付いてこられるかというと……難しい気もする。
「そこは不安なんですけど、どうも僕のスキルが役に立つ可能性があるらしくて……」
そう語るのはフィリミルだ。
少しだけ苦笑いをしているのは、自分でもこの班に居るのは実力不足だと思っているからだろうか。
それはそうと先ほどの会話で少し気になったところを質問してみることにした。
「スキルを持ってたのか?」
「はい。『先見』って言って、自分に害があるものを先読みで知ることができるスキルなんです」
「なるほど、それは便利だな」
何でもないように言っているがこのスキルはかなり強力だ。
Aパーティーは実力者揃いだから戦闘面で後れを取ることは無いだろう。であれば、損害が出るのはどういうときかというと『罠にかかったとき』なのだ。
その可能性を少しでも減らすことができるフィリミルのスキルは非常に有用だろう。
すると、こちらへ向かってくる人影が見えた。
「……あら?貴方もしかしてグリスティア?」
「え?」
なんだ?グリスティアの知り合いか?
声の方向を向くと、グリスティアと同じような恰好をした女が居た。
声を掛けられたグリスティアの顔はやけに強張っている。
「やっぱりグリスティアじゃない!久しぶりね?貴方こんなところにいたのね?」
「な、なんでこんなところにいるのよシェピア……!」
「そんな顔しなくてもいいじゃない?同じ学園の仲間だったでしょ?」
「……」
「ま、いいわ。これからしばらくよろしくねー」
女……シェピアは、グリスティアに一方的に言って去っていく。彼女の持つ杖もやけにグリスティアの物と似通っており、彼女の後ろ姿を見送るグリスティアは複雑そうな表情を浮かばせていた。
あのグリスティアがここまでの顔をするとは思わなかった。相当な因縁があるのだろうが……
「……フリオを呼んでくる。ミニモ、行くぞ」
「え?でも……」
「グリスティアに何かあるのであれば俺やお前よりもフリオに任せた方がいい。それともお前はさっきの女が誰なのか知ってるのか?」
「……そうですね。行きましょう」
今回の探索は少々厄介なことになりそうだ。俺ももう少し気を付けて動いた方が良さそうだな。
少なくとも、俺の作戦に支障が出たりしないことを祈ろう。
***
「それではフリオ、任せましたよ」
「はい。必ず道を切り開いて見せます」
「気負わずにお願いします」
「任せてください。完璧にこなしてきます」
「いや、そう言うことではなく……んー……まぁ良いです。頑張ってください」
A班はフリオ、グリスティア、俺、ミニモを中心として罠探知にフィリミル・リリスを起用している。そして後衛にはグリスティアと因縁があるらしきシェピア、他に冒険者数十人、といったところか。案外まとまったパーティーになっている。
「さて、行くよみんな!準備は良いね?」
そう言うとダンジョンの入り口にフリオが足を踏み入れた。続く俺達も、洞窟内特有のひんやりとした空気を感じながら先へ進んでいく。
最初の数十メートルはただの洞窟と何も変わらない岩壁だったのだが、数百メートルも行くと――
「なに、これ……」
呆気にとられるリリスの声。それもそのはずだ。目の前には岩石が荒く削られてできたような巨大な迷宮が広がっていたのだから。辺りにはツタ植物が生い茂り、岩壁にはよく分からない文字が刻まれている。時々聞こえてくる鳴き声は魔獣の物だろうか。
さて、このダンジョンでどのような作戦を実行しようか。
ダンジョン内の思わぬ光景に呆気に取られる皆は、後ろで物思いにふける俺には誰一人として気づかないのだった。