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精霊王物語  作者: 水野 精
8/46

8 揺れる心 1

 俺の訓練は続いた。一週間もすると、俺は精霊を自由に使いこなせるようになり、下級の妖怪や死霊などは、ほとんど威圧するだけで退けられるようになっていた。


 新射矢王の襲名式まであと三日となった日の午後、俺は草原に立って空を見上げていた。夏の積乱雲が青空を半分ほど覆い、遠くから雷鳴が微かに聞こえている。

「それいけ、やれいけ、それいけ、やれいけ┅┅まだまだ足りぬぞ、我らは二人で一つの体、一つにならねば、働かぬ。それいけ、やれいけ┅┅おおっ┅┅おおお┅┅」

 雨が落ち始めた草原に多くのもののけたちが集まり、何かに興奮したようにざわめいている。今、草原に立っていた巨大な体の青い鬼がゆっくりと空中に浮かび始めていた。

 俺は精神を集中して、気の力で青鬼をさらに上空へ持ち上げていく。すると、頭上の雷雲の中から、こちらも巨大な赤鬼がゆっくり下に下りてくるのが見えた。やがて、二匹の鬼は地上二百メートルほどのところでぶつかった。その瞬間、目もくらむような稲妻が走り、すさまじい雷鳴が轟いた。

 それを見たもののけたちは、一斉にどよめいた。俺が、雷鬼たちを使役する主人だと認めたからである。雷鬼は正と負の電気の精霊である。時には神として祭られる彼らを使役できるのは、精霊王である射矢王だけなのだ。


 俺はほっとため息をついて、背後で見守っていたサクヤのもとへ歩み寄った。

「お見事でございました┅┅これで、残すはいよいよ最後、心術の最終試練のみでございます。今日はもうこれにて訓練は終わりましょう。ゆっくりお休みくださりませ」

「ああ、ありがとう、そうします┅┅」

 俺はテントに帰り、濡れた服を脱いで髪をタオルでこすった。時折、稲光がして雷鳴が轟き、テントの屋根に大粒の雨がたたきつけている。


 俺は仰向けに寝転んで、この一週間のめまぐるしい変化の日々を思い浮かべた。普通の人間だと思っていた自分の、生まれてきた意味と隠された力を知った。それは、いきなり別の世界に転生したのと同様の劇的な変化だった。そう、まさに俺は別の自分に生まれ変わったのだ。しかし、正直なところ、まだ変化が急で大きすぎて、戸惑っている自分がいることも確かだった。


「修一様┅┅少しお話したいことが┅┅よろしいでしょうか?」

「あ、ああ、どうぞ┅┅」

 サクヤが、テントの入り口を開いて音も無く近づいてきた。外は土砂降りの雨だが、彼女は全く濡れた様子はなかった。俺が上半身裸で寝転んでいるのを見た彼女から、何かざわざわとした感情の波が押し寄せてきた。それで、起き上がって、着替え用に出していたTシャツ着た。


「お休みのところに、申し訳ございません┅┅」

「いや、別にかまいませんよ┅┅」

 サクヤはいつものごとく寝袋の横に正座し、両手は腿の上にきちんと置かれている。

「心術の最終試練を前に、明日は修一様を我が師のもとへ、お連れいたそうと思うておりまするが、いかがでござりましょうか?」

「我が師┅┅ということは、サクヤさんの先生ということか┅┅別にいいけど、何をしにいくんですか?」

 サクヤはそれに答える前に、怒った顔で俺を睨みつけた。

「また、さん付けを┅┅それに急に敬語など使われて┅┅い、いったい、私が何かまたご無礼なことをしたのでしょうか?」


 それは、言葉以上に激しい感情だった。俺の心の中に、彼女の怒りや悲しみがどっと流れ込んできて、俺は危うく意識が飛びそうになった。

 俺の上体がふらりと揺れるのを見たを見たサクヤは、慌てて俺の側に移動し、体を支えてくれた。

「も、申し訳ございません┅┅閉心術を使うのを忘れておりました┅┅大丈夫ですか?」

「あ、ああ、いや┅┅大丈夫┅┅すみません┅┅」

「!┅┅な、なぜに┅┅なぜに、そのような言い方を┅┅」

 サクヤはとうとう泣き出して、俺の膝の上に崩れ落ちた。

「ああ、いや、ご、ごめん┅┅あの、君を困らせるつもりはなかったんだ┅┅」

 俺は必死に謝って、敬語を使った理由を説明した。


「┅┅だから、この訓練の間は君は俺の先生なんだ┅┅そう思ったら、自然に敬語になって┅┅」

 サクヤはようやく泣き止んで、涙を袖で抑えながら体を起こした。

「そのようなお気遣いは無用でございます┅┅」

「う、うん┅┅ごめん┅┅」

「ですから、何ゆえ謝ってばかりおられまするか?」

 俺はサクヤの剣幕に、それ以上何も言えなくなって黙り込んだ。

「ごめん、俺、ちょっと疲れているから眠るよ┅┅」

 俺はそう言うと、サクヤに背を向けて横になった。

 サクヤは何か激情を抑えるように、しばらくそこに座っていたが、やがてすーっとテントの外へ出て行った。


 それからしばらくして、俺は起き上がってテントの外へ出た。もちろん眠れるはずもなかった。既に雨は小降りになっており、西の空は夕焼けに染まり始めていた。俺は石と泥を混ぜて積み上げた手作りの竈に火を入れて、夕食の準備を始めた。薪は毎日少しずつ集めた枯れ枝や倒木にシートをかぶせて保存していた。

 大きな石を数個並べて、その上に木の板を並べたテーブルも、体の鍛練をかねて手作りしたものだ。そのテーブルの上で、飯盒に米を入れ、ペットボトルの水を注ぐ。テントから野菜や、缶詰を持ってきておかずを作り始める。野菜は、婆ちゃんが畑で作ったにんじん、茄子、ピーマン、サヤエンドウなどだ。キャンプ用の小さなフライパンに油をしいて、適当に刻んだ野菜を炒める。そこにサバ缶をぶち込んで、しばらく炒めれば完成だ。残り火で米を炊く。毎日変わり映えのしない食事だったが、本当に腹が減っているときは、こんなものでもご馳走なのだ。


 米が炊けるまでの間、俺は木刀代わりの木の棒を持って草原に出て行った。気持ちを集中させて、数メートル先に巨大な妖魔がいると想像する。妖魔は口から闇の気の毒液を放つ。

「風よ┅┅」

 俺はできるだけ無詠唱で精霊を使えるようになろうと考えていた。

 体がふわりと浮き上がり、風が草原の草花を揺らして流れていく。

「┅┅ダメだ┅┅遅いし、威力も弱い┅┅もう一回┅┅」

「風よ、土よ┅┅」

 今度は、地面を隆起させて毒液を防ぎ、風で毒液を相手の方へ押し返すことを思い描いてやってみた。おおよそ想像通りの結果にはなったが、やはりまだ速度と威力に問題は残った。


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