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精霊王物語  作者: 水野 精
40/46

40 ルシフェルの魂

 その後半日ほど眠り続けた俺は、日が西に傾き始めた頃ようやく目を覚ました。そしてサクヤたちからこの三日間のことを詳しく聞かされた。

「そうか┅┅皆には本当に心配を掛けたな┅┅それにしても、魂っていったい何だろうな┅┅記憶にも関係し、命にも関係している┅┅」

「今回のことで、幾つか分かったことがあります┅┅」


 向かいのベッドに座った沙江が床に目を落としながら語った。

「┅┅魂は恐らく脳を包み込むようにして存在している┅┅そして、記憶をはじめ、脳の機能を統括し、コントロールするネットワークの役割を果たしている┅┅魂が削られると、脳はコントロールを失い、残りの魂が持つ古いデータをもとに何度もそれを実行し続ける┅┅そんなところかしら┅┅」

「なるほどな┅┅魂が抜けると、脳の機能も止まる┅┅つまり、死ぬってことか┅┅」

「俺が現実と古い記憶をごっちゃに認識したのも、コントロールを失って、壊れた機械のように古いデータを何度も再生した結果というわけか┅┅でも、前世の記憶って、どこに保存されていたんだろう┅┅?」

「ええ、それが残された謎です┅┅もしかすると、魂には記録する機能も備わっているのかも知れません┅┅」

「ああ、そう考えるとつじつまが合うな┅┅サクヤが前世の記憶を残しているのも、魂そのものに記憶が刻まれているのかも知れない┅┅」


「まあ、とりあえず話はそこまでにしとこうや。例のサクヤちゃんの妹の魂を、神樹とかに入れ込まんといかんのやろ?」

「ああ、そうだったな┅┅じゃあ、皆で行こうか┅┅」

 竜騎の言葉に俺たちは頷いて、外に出る準備を始めた。竜騎と沙江は使霊たちとシーチェを探しに部屋を出た。俺は、サクヤに手伝ってもらい、着替えを始めた。

「ずいぶん風呂にも入ってないから、汗臭いだろう?」

 俺を裸に剥いたサクヤは楽しげな様子で、リュックから下着を取り出しながら首を振る。

「いいえ、修一様の匂いですから、むしろ好きです┅┅」

 言った後、自分でも少し変だと思ったのか、サクヤは赤くなった顔でTシャツを俺の頭にかぶせた。俺たちは少しぎこちない態度で部屋を出て行った。


「おお、来た、来た┅┅ほら、これはお前が持てよ」

 出入り口の所で待っていた竜騎が、そう言って四角いランプのようなものを差し出した。よく見ると、その容器は建物と同じ半透明の石でできており、中にゆらゆら揺れながら白い光を放つものが浮かんでいた。それこそ、俺の魂と合体したルシフェルの生まれ変わった魂だった。

「黒い光じゃなくなったな┅┅」

「はい┅┅中身も変わっていれば良いのですが┅┅」

 サクヤはなおも不安げな顔で言った。

〝では、参りましょうか。神樹はこの庭の周囲にたくさんあります。どれでもお好きな神樹を選んでその幹に魂を入れて下さい〟

 シーチェはそういうとふわりと空中に浮かんだ。俺たちもそれぞれの使霊に乗って空中に浮かび上がった。


 神樹とは、その名の通り神(光のヌシ)が祝福を与えた木である。峨眉山の社の周囲には八十本の神樹が植えられており、すでに樹齢が千年以上の木もたくさんあった。それぞれの木には、守り神として大きな力を持つ精霊が宿っていて、木と同時に社を守る役目も果たしていた。


〝どの木になさいますか?〟

 シーチェに尋ねられたとき、俺は迷わずこう言った。

「桃の木にしたいのですが、ありますか?」

「はい、あちらにございます」

 俺たちはシーチェの先導で高度を下げていった。何本も大木が並んでいる中で、少し黄色くなった葉を落とし始めている見事な枝振りの大木があった。それが桃の神樹だった。幹の太さは、根元に近い所で約四メートル、馬の胴体ほどの太さの枝が何本も横に広がり、全体を見れば巨大な扇のような形をしていた。


「なぜ桃の木を選ばれたのですか?」

 サクヤの問いかけに、他の者たちも興味深げに俺に注目した。

「うん┅┅俺の中で、女の子というと桃のイメージなんだ┅┅ひな祭りの影響かも知れない┅┅

色もいかにも女の子って感じだし┅┅」

「ああ、なるほどな┅┅俺も女の子のイメージは赤やピンクだもんな」

「じゃあ、桜や梅でも良かったんじゃない?」

「お前はすぐそうやって屁理屈言いやがって┅┅」

「あはは┅┅まあ、確かに色だけならそうだな┅┅でも、桜はきれいだけど、早く散ってしまうイメージがあって嫌だったんだ┅┅梅は、どっちかというとしとやかな大人の女性ってイメージだし┅┅」

「はい┅┅とても良い選択だと思います」

 サクヤはそう言ってにっこりと微笑んだ。


 俺たちは桃の木の下まで歩いていきながら、改めてその大きさに感嘆の声を上げた。

〝では、その容器を開いて下さい〟

 シーチェの言葉に、俺は容器の上の部分をゆっくりと持ち上げていった。すると、それに呼応するかのように、桃の幹の一部が光を放ち始めた。

 容器に入っていた魂はその光に誘われるように動き出し、揺らめきながらすーっと光の中に吸い込まれていった。


〝無事に入りましたね。後は、三年と三月待つだけです。桃の精霊が、魂にふさわしい体を作ってくれるでしょう〟

「ふう┅┅何か、不思議なことばかりで、夢でも見ている気分やな┅┅」

 竜騎の言葉に、全員が頷いた。

「精霊って、皆こんな風にして生まれてくるのかしら?┅┅」

 沙江のつぶやきに、サクヤとイサシ、ゴーサは頷いて言った。

「はい。私は下御嶽神社の桂の木から生まれました┅┅」

「私は、於呂内神社のモミの木から┅┅」

「私は、多良間島のデーゴの神木から生まれました┅┅」

〝シーチェさんは何の木から生まれたんですか?〟

〝私は木ではなく、白玉の中から生まれました┅┅〟

 シーチェの答えに俺たちは驚くと同時に、峨眉山のお社がなぜ木造ではなく白い石でできているのかを理解した。


 その後、社に帰ってみると、ミタケノウチノツカサ翁が祭壇の部屋で俺たちを待っていた。老翁は俺たちを座らせると、慈父のような優しい目で見回しながら言った。

「ヌシ様方はたいそう感謝しておられる┅┅ほとんど被害もなく、将軍級の妖魔を二体も倒してくれたのじゃからな┅┅近々そなたたちには改めて何らかの褒美が与えられるじゃろう、楽しみにしておくがよい┅┅さて、例の魔界の入り口のことじゃが┅┅ヌシ様方にもすぐにどうこうできるものではないらしい。あれを消滅させるには、太陽ほどの星をまるまる一つ消滅させるほどの霊力が必要だというのじゃ┅┅そこでじゃが、いっぺんには無理なら、徐々に消滅させるしかあるまい┅┅」


 老翁はそう言うと、ふところから赤、青、緑の三つの色違いの丸い宝玉を取り出した。

「この石には、陰の気を吸い取る力がある。限界まで吸い取れば、黒い色に変わる。その後、日の光にさらしておけば、三日ほどで陰の気は消滅する┅┅つまり、この石を使って少しずつ入り口の気を吸い取ってゆけば、小さくなっていき、やがては消滅するはずじゃ。これをそなたたち三人に預くるゆえ、子孫に代々伝えていってもらいたい。何百年、あるいは何千年もかかるやもしれぬが、方法は今のところ、それしかないのじゃ┅┅」


「ふえーっ、そいつは気の遠くなる話だな┅┅あそこにお社かなんか作って、もっと大きな石を置いとくとか、できないのですか?」

「うむ┅┅石は大きくなればなるほど、危険も大きくなるのじゃ。その陰の気をたっぷり吸い込んだ石を闇の者に盗まれ、利用されでもしたら大変な事じゃ。それゆえ、置いておくこともできぬし、普通の者に託すこともできぬ」


 確かに老翁の言うことはもっともなことだった。

「つまり、三つの家が定期的に誰かにこの石を持って行かせて、入り口の陰の気を吸い取る作業をするということですね?」

「うむ、そういうことじゃ┅┅頼めるか?」

「分かりました┅┅できることをやっていきましょう。そのうち、科学の力で消滅させることができる時代が来るかも知れません。それまでは、俺たち三人の家で、代々お役目を果たして参ります」

「一子相伝にする必要があるわね。この石の情報はできるだけ外部に出ないようにしないと、無用な争いの元になりかねないわ」

 沙江の言葉に、俺と竜騎も頷く。


 こうして、魔界の入り口の処理については一応の決着がつき、これで今回の俺たちのお役目は終了ということになった。


 日本への帰りは中国の上空を飛んでいけば早いのだが、中国の防空システムに引っ掛かり、面倒なことになる恐れがあった。それで、竜騎と沙江はクウェートに戻って飛行機で、俺とサクヤは俺の体調が万全に戻るまで峨眉山でしばらく休養した後、フランスまで行き、シモーヌに会ってその後のことを話して聞かせてから、日本に戻ることになった。


「これで、いったんお別れだな┅┅今度会うとしたら、三年と三ヶ月後か?」

「そうね┅┅お互い学生の身だからね┅┅」

 俺とサクヤは、一足早く出発する竜騎と沙江と一緒に社の外へ出た。

「そんな寂しいこと言うなよ、二人とも┅┅会おうと思ったら、すぐ会えるじゃないか、イサシやゴーサに乗ってひとっ飛びだろう?」

 俺の言葉に、竜騎と沙江はお互いの顔を見合ってにやりとほくそ笑んだ。

「姉御、お許しが出ましたぜ」

「ふふ┅┅ええ、ちゃんと聞いたわよ」

「な、何だよ、二人して┅┅?」

「へへ┅┅いやあ、修一とサクヤちゃんの愛の巣にお邪魔しちゃあ悪いと思ってな┅┅でも、御殿場の婆ちゃんには会いたいし、来年の夏休みにも行こうって、沙江と話していたんだ」

俺とサクヤは赤くなりながらも、頷いて言った。

「ああ、また裏山でキャンプしよう┅┅待ってるからな┅┅」

「今度はお二人をおもてなしできるくらいには、料理の腕を上げておきますから、ぜひいらして下さい┅┅」

「ええ、必ず┅┅楽しみにしているわ┅┅」

「じゃあ、行くか┅┅またな、修一、サクヤちゃん┅┅」

 竜騎と沙江は、何度も振り返って手を振りながらシーチェの先導で山を下っていった。俺とサクヤは二人が見えなくなるまで見送った後、ほとんど同時に小さなため息をついてお互いの顔を見合った。


「やっと、終わったって気がしてきたよ┅┅」

「そうですね┅┅闇の者たちはいつまた襲ってくるか分かりませんが、しばらくはゆっくり休めそうです┅┅」

「うん┅┅すべてが終わったわけじゃない┅┅たぶん、生きている限り、何度もこんな戦いをすることになるだろうな┅┅」

 サクヤは頷いてからそっと俺の肩に頭を乗せ、腕を抱きしめた。

「何があっても、私が必ず修一様をお守りします┅┅」

「ああ、頼りにしてるよ┅┅俺もサクヤを必ず守ってみせる┅┅」

 時折山の斜面を上ってくる雲にすっぽり包まれながら、俺たちはいつまでもそこに立っていた。



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