39 魂の謎 2
「その魂はどうなさるんですか?」
俺の問いに、老翁は黒い光の魂に目を向けてうなった。
「ううむ┅┅どこぞに封印して消滅するのを待つか、ヌシ様に浄化していただくか、くらいしか方法はないのう┅┅じゃが、どちらにしても一定の危険を伴うのじゃ。もし、悪意のある者が封印を解いて、何か生き物に魂を入れれば、再び妖魔はよみがえる┅┅また、浄化には時間がかかる┅┅ざっと百年ほどかのう┅┅その間ヌシ様のお力は弱まるのじゃ┅┅その隙を闇の者に狙われぬとも限らぬ┅┅」
「いっそのこと、俺たちの力で消滅させればどうです?」
「それは尚更危険じゃ┅┅他の妖魔の魂は肉体が滅ぶとともに消滅するが、この魂は妖魔の肉体を離れて残った┅┅この時点でこれは魂と言うより精霊に近い存在なのじゃ。精霊に精霊の力を与えれば、より力を増すかもしれぬ┅┅」
皆がどうすればいいか考え込んだとき、俺はずっと心の片隅に封印していた考えを思い切ってミタケノウチノツカサ翁にぶつけてみた。
「ええっと┅┅その┅┅サクヤのようにはできないのですか?」
老翁は一瞬驚いた顔で俺を見たが、心のどこかで予想はしていたのだろう。
「ううむ┅┅確かにそれができれば、一番危険は少ないのじゃがな┅┅もう一度奇跡は起こるじゃろうか┅┅」
老翁よりさらに心配そうなのは、サクヤだった。
「修一様┅┅私と妹では、魂に刻み込まれた記憶が違いすぎます。私の場合は、死ぬ前にヤマトタケル様に魂を救って頂けましたが、妹は、恨み、憎しみを抱いたまま死にました┅┅たとえ成功しても、我らの言うことなど聞かぬ者になりやせぬかと┅┅」
「ああ、そうかもな┅┅あはは┅┅」
「笑い事ではすみませぬ」
「うん┅┅でも、生まれてくる妹は、もう闇の者じゃないんだ┅┅光の子として生まれてくるんだよ┅┅俺たちが愛情を持って育てればきっといい子になるよ。だって、君の妹なんだから┅┅」
俺の言葉に、サクヤもそれ以上何も言えなくなった。
「よし、決まりだな。サクヤちゃん、心配するなって┅┅きっと、サクヤちゃんみたいな可愛い精霊に生まれ変わるさ」
「竜騎ったら、まさかその子を自分の使霊に、なんて考えていないでしょうね?」
「い、いやあ、まさかそんなこと考えるわけ┅┅少しは、あった┅┅使霊がだめなら、彼女としてお付き合いを┅┅なんてね┅┅」
竜騎の精一杯の慰めに、サクヤの心もようやくほぐれたようだった。
「分かりました┅┅ヌシ様にお願いしてみましょう┅┅じゃが、そのためには、射矢王様、あなたの魂をまた分けてもらわねばなりませぬ┅┅二度も魂を削れば、どのような影響が出るかも分かりませぬが、それでもかまいませぬか?」
俺はしっかりと頷いた。
「はい、かまいません。どうかよろしくお願いします」
そのまま俺は石のベッドに寝かされて、老翁の手で魂を半分に分けられた。
魂を戻された後、意識は戻ったものの、俺は夢遊病のように現実の認識ができず、全く経験したことがない記憶の世界をさまよい続けた。ミタケノウチノツカサ翁は恐れていた事態の発生に、急いで光のヌシのもとへ帰って行った。
それから三日、俺はサクヤたちの懸命の看護のおかげで、どうにか食事やトイレは支えてもらいながらできるようになった。しかし、依然として見知らぬ記憶が意識を支配する時間が長く、目覚めたままうわごとや奇声を発し続けた。
「┅┅やはり修一様の記憶は、前世に刻み込まれたもののようです。ミワヤマとかアズミノなど、古事記や日本書紀に出てくる地名、人名を口走っておられます┅┅」
「はい┅┅私の記憶にも残っている言葉が多く出てきます┅┅間違いないと┅┅」
「すると、新しい記憶は分かれたもう一方の魂に持って行かれたってことか?」
「いいえ┅┅記憶と魂がどんな関係なのか、私にも分からないけれど、記憶は脳の中に刻まれているはず┅┅それを呼び覚ますことはできるはずだわ┅┅」
竜騎と沙江が朝食を摂っている側で、サクヤは憔悴した様子でうつむいていた。三人が藁にもすがる思いでそう話し合っているところへ、シーチェが待望の知らせを持って食堂に現れた。
「ミタケノウチノツカサ様がおいでになられました」
三人はそれを聞くと、脱兎のごとく祭壇の部屋へ向かった。
「すまぬ、待たせたな┅┅射矢王様はご無事か?」
「はい、すぐにお連れします」
サクヤは半分泣き顔で答えると、俺が寝かせられている部屋へ飛んでいった。
「修一様は元に戻られるのでしょうか?」
沙江の問いに、老翁は厳しい表情で小さく首を振った。
「分からぬ┅┅なにせ初めての事じゃ┅┅ヌシ様もご心配になられて来ておられる┅┅ともかく射矢王様の魂にヌシ様の御霊を与えて様子をみることになった┅┅」
「確かに┅┅それしかないな、今できることは┅┅」
竜騎も沙江もイサシ、ゴーサも、祈るような気持ちで頷いた。
そこへ、サクヤに支えられながら、俺がやつれた姿で現れた。
「┅┅おいたわしや┅┅さあ、ここへ、お寝かせいたせ┅┅」
俺は三人の手で石のベッドに横たえられた。
「すまぬが、皆で射矢王様が動かれぬよう押さえていてくれぬか?」
俺はおびえた目できょろきょろと辺りを見回していた。俺の脳裏には煙がくすぶる焼けた野原に横たわった状態で、俺を見下ろす入れ墨をした男たちを見ている場面が浮かんでいた。それと現実に見下ろしている竜騎や沙江、イサシたちの顔が重なっていたのだ。
「ひいい┅┅や、やめろ┅┅うあああ┅┅あ、あぐううう┅┅」
「修一様っ、修一様┅┅うう┅┅う┅┅」
サクヤはもがく俺の体に覆い被さって泣いた。
だが、ミタケノウチノツカサ翁が杖の先で俺の魂を抜き出すと、俺の体はがっくりと力を失って動かなくなった。
老翁はその魂を両手で捧げ持ち、祭壇に向かって祈りを捧げ始めた。すると祭壇の上から光が下りてきた。光は俺の魂を包み込み、しばらくすると再び祭壇の上へと消えていった。老翁は大事に魂を運んでくると、杖の先に魂をつり下げ、ゆっくりと俺の額に下ろしていく。やがて魂は眉間の辺りからスーッと俺の中へ戻っていった。
長い長い夢を見終わった後のけだるさが、全身を覆っていた。まだぼんやりとした意識の中で、心配そうに見下ろしているいくつもの顔が見えた。
「ああ┅┅皆┅┅おはよう┅┅」
俺の言葉に、なぜかサクヤと沙江が泣き出し、竜騎も鼻をグスグス鳴らしながら、くしゃくしゃの顔で俺に何か言っている。イサシとゴーサも嬉しそうに何度も頷いていた。
「あ┅┅ミタケノウチノ┅┅ツカサ┅┅さま┅┅ルシフェル┅┅の┅┅魂は┅┅」
「うむ┅┅持って参りましたぞ┅┅後で、神樹に入れてやりなされ┅┅」
それを聞いて俺は安心し、再び眠りの中に落ちていった。ただし、今度は夢を見ることもない心地よい眠りだった。




