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精霊王物語  作者: 水野 精
37/46

37 姉妹の血闘

 ベルゼブルとの激しい戦いの中で羽の攻撃を受けたサクヤは倒れ、ゴーサの背に横たわっていたが、朦朧とした意識の中で俺がルシフェルの奇襲を受ける瞬間を見ていた。

 次の瞬間、彼女は重傷の身にもかかわらず、矢のような早さで飛び出し、落ちてゆく俺の体を地上三十メートルの所で捕まえ、何とか地面に激突する前に止めることに成功した。しかし、俺の傷は深く出血もおびただしくて、もはや助かる見込みはゼロに近かった。そのうえ、自分も妖魔の毒に犯され瀕死の状態だった。


 サクヤは俺の体をそっと地面に横たえると、自分も俺の体に寄り添うように横たわった。

(ヌシ様┅┅私たちはなぜ、結ばれるたびにこのような悲しい運命をたどらねばならないのでしょうか┅┅何度も、何度も┅┅なぜに┅┅もしこれが私が背負った忌まわしい業のせいならば、どうか私だけを滅ぼして、修一様をお救い下さい┅┅このお方に何の罪がありましょうか┅┅どうか┅┅どうか、私の最後のお願いでございます┅┅)

 サクヤは遠ざかる意識の中で、必死に光のヌシに祈りを捧げると、最後に力を振り絞って俺の唇に自分の唇をそっと重ね、そのまま意識を失って倒れ込んだ。


「あははは┅┅いいざまだな、姉様┅┅お望み通り、惚れた男と一緒にトドメを刺してやるよ」

 竜騎たちの攻撃から逃れたルシフェルは、地上に倒れた俺とサクヤの姿を見つけて急降下していった。


「っ!な、何だ、この光は┅┅」

 突然、一本の光の帯が天から地上に降り注いだ。焼けるような痛みを感じたルシフェルは、光を避けて横に移動した。そして、彼女は見たのだった、光が地上に倒れた俺とサクヤを包み込むと、二人の血の気が失せた頬に赤みが差し、サクヤの体から傷や毒が消え、ぽっかり開いた俺の腹の傷がみるみるうちにふさがっていくのを。

〝愛し子よ┅┅我は常にそなたのそばにおるぞ┅┅さあ、立ち上がれ、光の英雄よ〟


「┅┅サクヤ┅┅サクヤ、しっかりしろ┅┅」

「んん┅┅あ┅┅しゅ、修一さま┅┅」

 サクヤは目を覚ますと、すぐに俺の腹部に目を向け、手でなで回した。そして、傷がすっかり治っているのを確かめると、ぽろぽろと涙を落とし始めた。

「ああ┅┅ヌシ様┅┅ありがとうございます┅┅ありがとう┅┅ござ┅┅います┅┅」

「サクヤ┅┅また君に命を救われたな┅┅ありがとう┅┅」

 サクヤは泣きながら首を振って俺の胸にしがみついてきた。


「はあ?何か割に合わないねぇ┅┅ちゃんと死んでくれなくちゃ┅┅」

 頭上から聞こえてきた声に、俺とサクヤは立ち上がって醜悪な姿に変身したルシフェルを見上げた。と、その時、恐ろしい叫び声と共にルシフェルの頭上から巨大な黒い塊が落ちて来たのだった。すさまじい地響きと土煙を上げて、ベルゼブルは地面に激突し、黒い光となって消えていった。


「修一いっ、無事かああ┅┅」

「修一さまああ┅┅」

 ベルゼブルを倒した竜騎と沙江が、上空から叫んで手を振った。

 俺はその頼もしい仲間たちに大きく手を振って答えると、ルシフェルに目を向けた。

「ルシフェル┅┅闇のヌシがどんなに悪あがきしても、この光の世界を闇で閉ざすことはできない┅┅もう、こんな無駄な争いはやめにしないか┅┅」

「ふふ┅┅何だ、もう勝ったつもりか?┅┅お前たちさえ消し去れば、この世界もヌシ様の思うがままになるのだ┅┅この私が、その道を切り開くのだああっ┅┅」

 ルシフェルの体から膨大な陰の気が流れ出し、その体は強力な武装アーマーに覆われていった。


「修一様、あの者は私に討たせて下さいませ」

「ああ、サクヤ┅┅闇の世界にいた頃の君のこと、ルシフェルから聞いたよ┅┅そして、彼女が君に嫉妬していたことも┅┅」

「えっ?┅┅あの妹が私に嫉妬を┅┅まさか、そんな┅┅」

「いや、たぶん、それは本当のことさ┅┅だから、俺はあの子の魂を救ってやろうと思う┅┅

ここは俺に任せてくれないか?」

 サクヤは俺を見つめ、しっかりと頷いた。


「いつまでごちゃごちゃしゃべってる、胸くそ悪いんだよおおっ!」

 ルシフェルは叫ぶやいなや、両腕を開き、羽の攻撃と同じように無数のトゲを放ってきた。

「金剛葉壁っ」

 バチバチとすさまじい音が響き、火花が飛び散った。竜騎たちとサクヤはいつでも援護ができる体勢で俺とルシフェルの戦いを見守っていた。

 地上に落ちたトゲは、シュウ、シュウと音を立てて地面を溶かし、猛毒の煙を発生させながら消えていく。

「サクヤ、俺の後ろに隠れろ。上に上がるぞ」

「はい」

 俺はバリアーを保ったまま、ゆっくりと上空へ上がっていった。


 さすがにトゲを放ち続けて気を消耗したのか、ルシフェルはなおもトゲを放ちながら、両腕を巨大な蟹のハサミのように変形させ、近接戦闘の準備を始めた。

「もう、無駄なあがきはやめろ、ルシフェル┅┅お前には俺は倒せない」

「っ!ほざくなあああっ┅┅」

 ルシフェルはトゲの放射をやめると、一気に俺との距離を縮めてきた。

「鉄鎖緊縛っ!」

「うぐっ┅┅」

 金気の精が一瞬にしてルシフェルの体を鉄の鎖で縛り上げる。

「ぬうう┅┅こんな┅┅ものおおおっ!」

 ルシフェルは気を膨れ上がらせて、その鎖を粉々に引き千切る。だが、俺は彼女を休ませなかった。

「風刃波っ!」

風の刃を放ちながら、炎の剣を作ってルシフェルに襲いかかっていった。剣とハサミがぶつかり合い、辺りに熱風と振動が広がっていく。

俺はルシフェルがここぞというときに猛毒のトゲを放つと読んで、常に気の流れに注意しながら戦いを進めた。


 ルシフェルは明らかに消耗していた。ただでさえ体を維持するのが困難な光の世界で戦っている上に、ほとんど無限に気を使える精霊王が相手なのだ。どう考えても、何か起死回生の策でもなければ、このまま気が尽き果てて負けるのは目に見えていた。

 ルシフェルは俺の剣の一撃をかわすと、そのまま上空に飛んで距離をとった。

「ふっ、さすがは使霊の王、ヤマトタケルね┅┅いいわ、負けを認めてあげるわ┅┅」

 俺もサクヤも、そして竜騎と沙江もそれが高い確率でワナだと感じていた。

「┅┅私を殺したいでしょう?でもねぇ、私が死んだら魔界の入り口は一気に開くように仕掛けがしてあるのよ┅┅そうなったら、魔界のすべての戦闘員がこの世界に攻め寄せてくるわよ┅┅当然ヌシ様も出てこられるはず┅┅つまり、光と闇の最終戦争が起こるってわけ┅┅ふふふ┅┅どお?試してみる?」

「修一┅┅騙されるな┅┅ウソに決まってる」

 竜騎は炎の剣を構えて、いつでも襲いかかれる体勢を取りながら言った。

「ええ、仮にそれが真実だとしても、あなたを逃がす道理はないわ┅┅魔界の入り口はあなたを殺してからどうにかするしかない┅┅」

 沙江も銀青色に輝く槍をルシフェルに向けたまま、冷たく言い放った。


 ルシフェルは背後の二人をにらみつけてから、もう一度俺に目を向けた。

「いいわ┅┅それほど最終戦争をお望みなら私を殺しなさい┅┅でも、どうせなら、お姉様の手に掛かって死にたいわ┅┅ねえ、懐かしいお姉様┅┅お久しぶりね。もう、二千五百年近く前になるのかしら、最後にお別れして┅┅」

 俺の後ろにいたサクヤは、前に出てきてかつての双子の妹と向き合った。

「そうね┅┅でも、あいにく懐かしくも何ともないわ。できれば、二度と顔も見たくなかった┅┅」

「あははは┅┅言ってくれるわねえ┅┅ふっ┅┅まあ、そう言わず、妹の最後のお願いくらい聞いてくれてもいいでしょう?」

 ルシフェルはそう言うと、外部武装を解いて元の姿に戻り、ゆっくりと地上に降りていった。俺も竜騎たちに合図を送って、サクヤと一緒に地上に降りていく。

「さあ、逃げも隠れもしないわ┅┅お姉様、ひと思いにやってちょうだい」

〝サクヤ、何か企んでいるのは間違いない、気をつけろ〟

〝はい┅┅恐らく私を人質に取るとか、卑怯なことを考えていると思います┅┅ですから、近づかないで殺そうと思います〟


 サクヤは俺にそう伝えてから、ルシフェルに向かって言った。

「分かったわ、お望み通りにしてあげる┅┅鳳岩落土っ┅┅」

 サクヤの叫びと同時に、多量の岩と土砂がルシフェルの上に落ちてきた。だが、それが地面を埋め尽くす寸前、黒い影が光のような速さでサクヤのもとへ飛んできたのである。

「うぐっ!」

「サ、サクヤ┅┅」

 俺は悪夢を見ている錯覚にとらわれ、動くこともできなかった。

 腕を鋭いトゲに変えたルシフェルがサクヤに襲いかかり、そのトゲをサクヤの体に突き刺していた。


「ふひひひ┅┅やっぱり甘いわね、お姉様┅┅今からあなたの体を乗っ取ってあげるわ」

「┅┅これを待っていたのよ┅┅」

「っ!な、なに┅┅を┅┅」

「あなたは昔からそう┅┅正々堂々と戦えば、誰にも負けない力を持っているのに┅┅どうしても┅┅策略やワナを使おうとする┅┅だから┅┅勝てない┅┅」


〝修一様┅┅魂交術によって、この者の魂を拘束しました┅┅今、この者は動けません┅┅とどめを┅┅〟

〝サクヤ┅┅大丈夫か?〟

〝ええ┅┅でも、長くは持ちません┅┅早く┅┅〟


 俺は動揺して手を震わせながら、首に提げている曲玉に封印した七支刀を取り出した。そして、サクヤに覆い被さったまま苦悶の表情を浮かべてもがいているルシフェルの心臓の辺りをめがけ、思い切り突き刺した。

「がふっ!あぐ┅┅あ┅┅」

 ルシフェルは口から血を吐き、俺の顔を涙の溢れた目で見ながら、ゆっくりと黒い光となって消えていった。


「サクヤ┅┅しっかりしろっ、サクヤっ!」

 俺は腹部から血を流してぐったりと横たわった精霊の少女を抱き上げ、急いでその傷口に手を当ててありったけの霊力を注いだ。

 竜騎と沙江も走り寄ってきて、一緒に傷口に霊力を注ぎ込んでくれた。

「あ、サクヤ┅┅気がついたか┅┅」

「サクヤちゃん┅┅しっかりするんだ」

「サクヤさん┅┅」


 目を開いたサクヤは、少し恥ずかしそうに皆の顔を見回して言った。

「今日は少し血を流しすぎたようです┅┅貧血って言うんですよね┅┅」

「あ、あはは┅┅本当に無茶しすぎだ┅┅」

「それは、こっちのセリフです┅┅さっきは本当に┅┅もうだめかと┅┅」

「うん┅┅心配させたな、すまなかった…」

 サクヤは涙を溢れさせながら小さく首を振った。

「さあ、行こうか┅┅とりあえずサクヤの傷が治るまで、この近くでキャンプしよう」

 俺の言葉に竜騎と沙江も頷く。

「サクヤさんをイサシの上に寝かせて下さい。修一様はゴーサに┅┅」

「ああ、そうさせてもらうよ┅┅ちょっと霊力を使いすぎたみたいだ┅┅」

 サクヤを抱き上げてそのまま飛んでいくつもりだったが、足がふらつくのを感じて、沙江の言葉に従うことにした。

「なんとか山は越えたな┅┅後は、魔界の入り口を見つけてぶっ壊せば終わりだ」

「ああ┅┅皆のおかげでどうにかな┅┅ありがとう、竜騎┅┅」

「へへ┅┅よしてくれ。礼を言うのはこっちのほうだ┅┅」

 竜騎はそう言うと、俺に顔を向けて続けた。

「本物の英雄の戦いぶり、しっかり見せてもらったぜ┅┅その英雄と一緒に戦える俺は幸せ者だ┅┅これからもよろしくな、射矢王様┅┅」

「ああ、こちらこそ、よろしく頼むよ」

 俺たちはがっちりと握手をして頷き合う。


「盛り上がっているところにすみませんが、右手前方に大きな洞窟があるわ┅┅そこでキャンプしようと思いますが┅┅いいですか?」

 やや不満げな沙江の声に、俺と竜騎は顔を見合わせて思わずこみ上げてくる笑いをこらえながら答えた。

「了解しました、イミアピカナクル様っ!」

「よろしくお願いします」

 沙江はけげんな顔で首を傾げつつ、イサシに指示して高度を下げていく。ゴーサもその後に続いて大きな翼をわずかにたたみながら、風のように降下していった。


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