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精霊王物語  作者: 水野 精
36/46

36 命がけの説得

 一方、その頃俺は目の前に天山山脈を望む岩山の洞穴で、シーチェと寄り添うようにして座り、お互いの心の中にあるものを隠しながら他愛のない話をしていた。

「┅┅まあ、今の世界はそんなに進歩しているのですね┅┅ずっとあの御廟をお守りしていましたので、世の中の変化はまったく知らなくて┅┅」

 そう言って寂しそうに笑う少女が、本当に悪逆非道の妖魔であることが信じられなかった。演技であることは分かっていても、思わずその細い肩を抱きしめたくなる。何も知らない男なら、たやすく彼女のワナに墜ちてしまうに違いない。


「ところで、シーチェさん┅┅転生って知っていますか?」

 俺はいよいよ覚悟を決めて、そう切り出した。

「てんせい┅┅ですか?┅┅いいえ、分かりません。どんなものですか?」

「物ではありません┅┅命あるものが死んだ後、もう一度生まれ変わることを、転生といいます」

 シーチェは驚いたように、その大きな目を見開いて俺を見つめた。

「そんなことが┅┅本当にあると┅┅」

「ええ┅┅実はヤマトタケルについて、あなたにウソをついていました、すみません。ヤマトタケルは二千年以上前に死んでいます。でも、彼の魂は光のヌシ様のもとで次に生まれ変わる時を待っていました。そして、この時代に生まれ変わった┅┅つまり転生したのです。その転生したヤマトタケルが、小谷修一┅┅つまり俺なんです」


 シーチェは衝撃を受けたようにしばらく声もなく俺を見つめていた。そして、はっと我に返ると、とっさに俺から離れて後ずさった。

「そ、そんなことが┅┅すみません、あまりに驚いてしまって┅┅」

「驚かせてすみません┅┅でも、もっとあなたを驚かせることをお話しなければいけません┅┅それは、あなたも転生者だということです┅┅」

「な、何をおっしゃっているのです┅┅私は┅┅」

「どうか、最後まで話を聞いて下さい┅┅あなたは、私の使霊を見ましたか?古代の衣装を着た少女です┅┅」

「┅┅ええ┅┅私をしきりに見ていたあの娘ですね┅┅」

「ええ┅┅実は彼女も転生者です。しかも、彼女はもともと闇の世界にいた者です┅┅」


 シーチェの表情が明らかに変わり、彼女は鋭い目で俺を見つめながら口を開いた。

「もう、いいわ、そんなでたらめをいつまでも聞く気はない┅┅」

「┅┅でたらめじゃないんだよ、事実なんだ、シーチェ┅┅いや、ルシフェル┅┅」

 シーチェ=ルシフェルは、陰の気を高めながらにやりと笑った。

「ふふふ┅┅なあんだ、ばれてたのか┅┅私の名前まで知っているということは、最初から気づいていたの?」


 俺はまだ戦闘態勢には入らず、じっと彼女を見つめていた。

「もう少し、話をしないか?俺の話を聞いて欲しいんだ┅┅」

「あははは┅┅あなた、馬鹿なの?今から殺し合うのに、話をして何の意味があるって言うの?┅┅それとも、時間稼ぎ?ふふふ┅┅無駄よ、お仲間は今頃ベルゼブルに皆殺しにされているはずよ┅┅」

「┅┅俺は仲間を信じている┅┅あいつらは絶対に負けはしない┅┅」

「ふふふ┅┅まあ、そんなことはどうでもいいわ┅┅ここで、あなたを殺して、残りの奴らもすぐに後を追わせてやる┅┅それでおしまい┅┅ね?」

「俺はお前と戦いたくない┅┅」

「あははは┅┅なんだ、怖じ気づいて、命乞いでもする気か?だったら、すぐに楽にしてやるよ┅┅そのままじっとしていな」

「違うっ、戦いたくないのは、お前がサクヤの、俺の使霊の双子の妹だからだっ!」


「なっ┅┅何を馬鹿な┅┅ことを┅┅」

「思い出すんだ、ルシフェル┅┅お前には、魂を分けた双子の姉がいたはずだ┅┅」

 ルシフェルは愕然とした顔で、ゆっくりと頭を左右に振った。

「┅┅ウソ┅┅ウソだ┅┅姉様は、ヤマトタケルに敗れて死んだ┅┅死んだんだ┅┅」

「ああ、死んだのは本当だ┅┅ただし、殺したのはヤマトタケルじゃない┅┅なぜなら、ヤマトタケルとお前の姉、妲己は、敵同士という壁を乗り越えて愛し合っていたからだ┅┅妲己を殺したのは、彼女の裏切りを知った闇のヌシが彼女を殺すために送り込んだ妖魔だ┅┅」

 

 ルシフェルは頭を両手で押さえながら苦悶の表情で地面に崩れ落ちた。

「┅┅妲己は死んだ後、ヤマトタケルの願いを聞いた光のヌシによってコノハナサクヤという娘として転生した。そして、そのコノハナサクヤが死んで転生したのが、今、俺の使霊カシワギノサクヤタニなんだ┅┅」

 

 ルシフェルはしばらくの間、地面に座り込んでうつむいていた。だが、やがて体を震わせて笑い始めた。

「くく┅┅ふははは┅┅あははは┅┅そうか、そうか┅┅あの愚か者の姉は光の者に成り下がったのか┅┅ふふ┅┅姉にふさわしい末路だ┅┅私はな、姉が大嫌いだった┅┅姉は慈悲とか優しさとか、闇の世界には不必要な性質を持って生まれた┅┅だから、他の使霊たちから馬鹿にされ、いつも住処に閉じこもって暮らしていた┅┅そのくせ、住民たちには慕われて、困り事があると姉に相談に来る者が後を絶たなかった┅┅しかも、私より優れた能力を持っていた┅┅私はどうしても姉には勝てなかった┅┅何もかも┅┅ふふふ┅┅その姉が、ヌシ様の命で光の世界へ行き、死んだと聞いたときは、悲しいよりむしろ嬉しかったよ┅┅背中の重石が消えたような気がした┅┅」


 ルシフェルがそこまで話終えたとき、俺は遠くから近づいてくるおぞましい陰の気を感じて立ち上がった。

〝サクヤ、聞こえるか?〟

 俺の呼びかけに、サクヤの返事はなかった。考えたくないシナリオが俺の頭の中で映像となって浮かび上がってくる。近づいてくるのがベルゼブルという妖魔なら、サクヤたちは負けてしまったのか┅┅。

 俺は洞穴から飛び出して、近づいてくる妖魔を待ち受けた。やがて、巨大なその姿が視界の先に現れ、次第に大きくなっていく。

(ん?何かふらふらしているな┅┅)

 近づいてくる妖魔は明らかにスピードが遅く、しかも上下左右にふらつきながら、しきりに後ろを気にして振り返っている。その理由はすぐに明らかになった。妖魔の背後から金色の鷲とドラゴンが迫っていたのだ。


 妖魔は俺の姿に気づくと、空中で止まった。そして、口をゆがめて不気味な笑みを浮かべたのだった。


 その時俺はもちろん油断しているつもりはなかった。

 ただ、応答がないサクヤのことが気になっていたことと、やはりルシフェルに対して、心の中のどこかで信じている部分があったのは確かだ。


 一瞬、背中に雷に打たれたような衝撃が走り、腹が割けて血が空中に飛び散った。

「┅┅甘いのよ、あなた┅┅姉と同じ┅┅さよなら┅┅」

 自分の腕を鋭いトゲに変化させたルシフェルが耳元でささやき、ゆっくりと腕を引き抜いた。

〝修一様っ!修一さまああああ┅┅〟

〝サクヤ┅┅無事だったのか┅┅良かった┅┅よかっ┅┅た┅┅〟

 俺はサクヤの泣き叫ぶ声を聞きながら、ゆっくりと気を失い落下していった。



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