35 修一の作戦
「お、おい、修一、どういうつもりや?」
「修一様、本気ですか?いったい┅┅」
「皆、使い魔たちが見ている┅┅普段通りの態度で、俺の話を聞いてくれ┅┅」
俺はそう言うと、笑顔を作ってブドウ酒のグラスを手に持った。
「いいか┅┅俺はシーチェをここから引き離す┅┅俺たちが出て行ったら、料理を食べるふりをして、使い魔たちが油断した隙に襲撃┅┅皆殺しにするんだ┅┅タイミングは竜騎、お前に任せる┅┅サクヤは状況を俺に連絡┅┅それに合わせて俺がシーチェを倒す┅┅」
俺の話を聞きながら、皆は必死に笑顔を作って、しきりに菓子や飲み物を勧める使い魔の侍女たちに適当に応対していた。
「分かった┅┅こっちは任せとけ。ちゃちゃっと済ませて、すぐに応援に行くからな┅┅」
「修一様┅┅くれぐれも無茶はなさいませんように┅┅」
〝主様┅┅私も一緒に参ります┅┅〟
サクヤが向かい側の席から、真剣な眼差しを俺に向けていた。
〝いや、ダメだ┅┅今はまだ、シーチェは俺たちを騙したと思っているはずだ┅┅君が一緒に行ったら、余計な警戒をさせるし、君の事を思い出すかも知れない┅┅それに┅┅〟
俺がその先を伝えようとしたとき、奧のドアが開いてリュックサックを背負ったシーチェが出てきた。一同は笑顔で適当におしゃべりをしながら、お菓子や果物に手を伸ばして自分の皿に載せていく。
「お待たせしました┅┅では、参りましょうか」
「はい、お願いします┅┅じゃあ、ちょっと行ってくる。皆、ゆっくり休んでおいてくれ」
「おお、ご苦労さん┅┅せっかくのご馳走だけど、俺たちでいただいておくよ」
「あはは┅┅ああ、あまり食べ過ぎないようにな┅┅」
俺は立ち上がってシーチェとともに廊下へ出て行く。サクヤの視線がいつまでも追いかけてくるように感じた。
「あの┅┅何とお呼びすればよろしいですか?」
廊下を歩き始めたとき、シーチェが尋ねた。
「ああ、自己紹介がまだだったね┅┅俺は小谷修一┅┅小谷でも修一でもどちらで呼んでくれてもかまわないよ」
「はい。では、小谷様とお呼びします┅┅あの、それではヤマトタケル様はどこか他の所におられるのでしょうか?」
(そうか┅┅こいつは転生ということを知らないんだな┅┅だから、サクヤのことにも気づかなかったんだ┅┅闇のヌシはこいつに教えていないんだ┅┅どんな理由かは分からないが┅┅)
「ああ┅┅ええっと、そうなんだ┅┅彼は日本にいる。今回は、彼の弟子である俺たちがお役目に選ばれて来たんだよ」
「まあ、そうだったのですね。ふふ┅┅私、もう一人の男の方がヤマトタケル様かと勘違いして┅┅でも、お弟子様でもこれほどお強いのですから、ヤマトタケル様はどれほどお強いのでしょうか┅┅一度お会いしてみたいですわ」
俺たちは話をしながら建物の外に出て、草原の方へ歩いて行った。
「それ、俺が持つよ」
俺はシーチェが背負っているリュックサックを指さして言った。
「あ、いいえ、それほど重くはありませんし、お客様に持たせるわけには┅┅」
「いいから、ほら┅┅女の子に背負わせるわけにはいかないよ」
俺はそう言って、無理矢理少女の細い肩からリュックを外し、自分が背負った。
「すみません┅┅ではお願いします。小谷様はお優しいんですね」
「いや、これは普通のことだよ┅┅さて、じゃあ、出発しようか」
「はい。では、私の後に付いてきて下さい」
シーチェはそう言うと、地面を蹴って一気に上昇を始めた。俺もその後を付いていく。彼女は東に向かってどんどん速度を上げていきながら、時々後ろを振り返った。恐らく、俺の飛行能力を測っているのだろう。
〝サクヤ┅┅聞こえるか?〟
〝はい、修一様、何かございましたか?〟
〝いや、こっちは出発して一分というところだ。そろそろ始めてもいいぞ┅┅そう竜騎に伝えてくれ〟
〝分かりました┅┅修一様、どうかお気をつけて┅┅〟
〝ああ、君もな┅┅じゃあ、後で報告を頼む〟
〝はい、承知しました〟
俺がサクヤとの交信を終えて、少し遅れているのを見たシーチェは速度を落として俺の横に並んだ。
「すみません、少し速すぎましたか?」
「ああ、はい┅┅こんなに速く飛んだのは初めてで┅┅ちょっと疲れました」
「少し休みましょう┅┅あそこにちょうど良い岩穴があります」
シーチェはそう言うと、高度を下げていく。もしかすると、この辺りで手早く俺を始末しようと考えたのかも知れない。俺はそんなことを思いながら彼女の後に付いて高度を下げていった。
「よし、じゃあとりあえず一番近くにいる奴から始末するぞ。皆、準備はいいか?」
にこにこしながら竜騎がつぶやき、他の四人も食べたり飲んだりするふりをしながら頷いた。
「ああ、姉ちゃん、姉ちゃん、面白いもの見せてやるよ┅┅へへ┅┅いいか、この手をよおく見ていろよ┅┅」
竜騎は一人の侍女を呼び止めて、手のひらを彼女に向けた。侍女は何事かと驚きながらもじっと手のひらを見つめた。すると、突然その手のひらから炎が吹き出し、一瞬にして侍女の女を火だるまにしたのである。
「ぎゃああああ┅┅」
女は床に倒れてもがき苦しみながら、みるみるうちに羽の生えた使い魔の姿に変わっていった。
「へへ┅┅中身がこれじゃあ、せっかくのきれいな服も台無しだな」
あっけにとられて茫然としていた他の侍女たちは慌てて変身を解き、黒く醜い悪魔の姿に戻り始めた。しかし、すでに詠唱を始めていた四人が次々に近くの使い魔たちに攻撃を開始した。あっという間に仲間を半分に減らされた使い魔たちは、慌てて奥のドアから逃げ出していった。
「使霊の三人はそのまま追えっ!沙江、外に回るぞっ!」
竜騎の指示で五人は二手に分かれ、使い魔たちを追撃していった。
「おおっと┅┅大将のお出ましかよ┅┅」
建物の裏に回り込んだ竜騎と沙江は、そこに崖を背にして立ちはだかる巨大な妖魔の姿を見た。その足下には妖魔に取り憑かれていたルクレールが倒れていた。
「ルシフェルの奴め、やはりへまをしおったな┅┅ふははは┅┅」
妖魔は地の底から聞こえてくるような不気味な声でつぶやき、笑った。
そのとき、建物の屋根と壁が激しい音を立てて吹き飛び、断末魔の声を上げて二匹の使い魔が地面に落ちてきた。そして、さらに二匹がその開いた穴から必死に逃げ出してきた。
「お前ら、ストップや┅┅もう使い魔どもなんかどうでもええ┅┅建物の陰に隠れながらゆっくりこっちへ来るんだ」
使い魔たちを追いかけて飛び出してきた三人の使霊たちは、竜騎の言葉に動くのをやめて目の前にそびえ立つ黒い妖魔の姿を見上げた。
「雑魚どもめ┅┅まとめて消し去ってやる」
妖魔は大きな羽をゆっくりと広げていく。それを見たサクヤは、慌てて叫んだ。
「鳳岩落土っ!」
「ぬっ!」
背後の崖が音を立てて崩れ始め、羽を飛ばそうとしていた妖魔は急いで空中に逃れて難を避けた。
「皆さん、こちらへ早く!」
サクヤはその隙に、崖の一ヶ所に穴を開け、他の四人をその中に避難させた。
「あの羽の攻撃は、隠れて防ぐしかありません。少しでも触れれば恐らく猛毒で命が危険にさらされます┅┅」
「くそう┅┅唯一バリヤーが張れる修一はおらんし┅┅へたに出ていけんとなると、どうやって戦うか┅┅」
「┅┅とにかく、奴の羽が尽きるまで動き回ってみるしかないわ。サクヤさん、この崖の上まで穴を掘ってくれる?」
「は、はい」
妖魔は五人が隠れていそうな場所を破壊しながら、すぐそこまで近づいていた。
「愚かなネズミども┅┅隠れても無駄だ┅┅」
妖魔はそう叫ぶと、全身に陰の気を膨れ上がらせ始めた。
「アウラ・イピ・ルサーダス・リアゥ・マーラ┅┅」
呪文の声とともに、妖魔の周囲の空間がみるみるうちに変化していく。それは妖魔の体から流れ出す毒素と陰のエネルギーによって、あらゆる物が溶け出し、毒の沼を作り始めたからだった。
「な、何じゃあれは┅┅」
サクヤが作った穴を通って崖の上に出た五人は、見つからないようにそっと下をのぞき込んで、一様に言葉を失っていた。
「空中で戦うしかありませんね。羽の攻撃を避けながら、死角から攻撃┅┅できれば地上に落として動けないようにしてから、竜騎の火で焼き殺す┅┅できなければ、命が尽きるまで戦うだけよ。これでどう?」
「へへ┅┅いい覚悟してんじゃねえか、沙江┅┅いいぜ、付き合ってやるよ」
「やりましょう」
五人は頷き合うと、一斉に空中に飛び出した。




