33 心理戦
森の中で一夜を明かした俺たちは、簡単な朝食を済ませると、いよいよ遠くに見える天山山脈を目指して飛び立った。全員覚悟を決め、すっきりした表情だった。
「ん?┅┅射矢王様、前方右手から何物かが飛んできます」
飛び始めて四十分近くが過ぎたとき、先頭を飛んでいたイサシが速度を落として俺たちが騎乗したサクヤの横に来て報告した。
「誰かが使い魔に追われているぞ┅┅」
ゴーサに乗り移って前方を偵察していた竜騎が、こちらに向かって叫んだ。
「ワナかも知れないな。使い魔は何匹だ?」
「ええっと┅┅一、二┅┅四匹だな┅┅どうする?」
俺は少し考えてから皆に叫んだ。
「竜騎、そのまま追われている奴を救出してくれ。イサシと俺たちで使い魔を倒す。救出したらいったん地上に降りよう」
「「「了解っ!」」」
全員が一斉に叫んで行動を開始する。
「あれは┅┅女ですね」
サクヤが上昇して右に旋回しながらささやいた。使い魔たちは、俺たちに気づいて一匹が女を追い、残りの三匹が俺たちを迎え撃つ体勢で方向を変えた。
竜騎は逃げる女の前方に回り込んで、女に合図を送った。女はそれに気づいてゴーサの
方へ飛んで来ると、何のためらいもなく背中に着地した。追っていた使い魔はそれを見届けると追うのをやめ、仲間たちの方へ飛び去っていった。
「助けて下さってありがとうございます」
「おっ、日本語話せるのか?」
竜騎は、使い魔を追うために方向を変えながら助けた女の方を見た。そして、それが恐ろしいほどに美しくまだ幼い少女であることに驚いた。
「はい┅┅光帝様のお使いで何度か日本へ参りましたので┅┅」
「┅┅あっちは大丈夫そうだな┅┅よし、ゴーサ、地上に降りるぞ」
「あの┅┅あなた様がヤマトタケル様でございますか?」
竜騎は、少女が先代の射矢王の名前を出したことに違和感を覚えながら答えた。
「ああ、いや、違うよ┅┅」
「そうですか┅┅失礼いたしました」
少女はあからさまに落胆したような横顔を見せて謝った。
一方、俺と沙江、イサシは、三匹の使い魔たちを相手に一方的な戦いをしていた。
「青氷乱矢っ!」
イサシの背に立った沙江が詠唱して両手を前に突き出すと、無数の青い光を放つ尖った金属片が現れ、それらが一斉に光のような速さで一匹の使い魔に襲いかかった。
「ぐぎゃあああ┅┅」
使い魔は全身を串刺しにされて落下しながら黒い光になって消えていく。
「鳳岩落土っ!」
俺とサクヤは分かれて、それぞれ一匹ずつの使い魔を相手にしていた。サクヤは逃げる使い魔に追いつくと、前足の鋭い爪でそいつの羽を掴み引き裂いた。そしてくるくると回りながら落ちていく使い魔に大量の岩と土を落とし、地面に埋めてしまった。俺は竜騎に教わった炎の剣を実戦で使ってみることにした。
使霊相手とは違い、使い魔は小さな人間相手と思って躊躇なく襲いかかってきた。しかし、体が大きい分、動きは遅かった。襲いかかってきた奴の鋭い爪の攻撃をすり抜け、無防備の腹部に一撃を入れた。
「ぐわああっ」
驚いた使い魔は慌てて体を反転し俺の姿を探したが、どこにもいない。きょろきょろと辺りを見回していた奴の頭上で風を切る音が聞こえた。はっとして奴が上を見上げたときにはもう遅かった。俺の炎の剣は使い魔を上から下まで真っ二つに切り裂いていた。
黒い光となって消えていく使い魔を見ながら浮かんでいると、サクヤが側に近づいてきた。
「この者たちは、妖魔の体から分かたれて生まれた、言わば人形のごときもの┅┅哀れむ必要はありませぬ┅┅」
「うん┅┅そうだな┅┅でも、殺すって、やっぱり┅┅嫌なことだな┅┅」
サクヤはそっと体をすり寄せて、俺の体がすっぽり入りそうな大きな目で見つめた。
「修一様は優しすぎます┅┅」
「┅┅これから戦う上では弱点になる、俺の甘さだな┅┅」
〝でも┅┅そんな修一様だから、私は┅┅〟
サクヤが心の声でさらに何か言おうとしたとき、イサシと沙江が側に飛んできた。
「救出は成功しました。ただ、使い魔を一匹取り逃がしました」
「ああ、ご苦労さん┅┅いいさ、むしろ警戒してくれた方が場所を特定できる」
「なるほど┅┅さすがは修一様┅┅では、竜騎と合流しましょう」
俺たちは一緒に竜騎が待つ地上へ降りていった。
「┅┅へえ、シーチェさんて言うんか┅┅精霊┅┅だよな?」
「はい┅┅光帝様に仕える使霊でございます」
竜騎は少女の目が放つ妖しい色香に思わず引き込まれそうになりながらも、心のどこかでこの少女に対する疑念が消えず、それが一種の心の防壁になっていた。
「お、おお、来たようだな┅┅」
竜騎の体にそっと触れようとしていた少女は、心の中で舌打ちして竜騎から離れた。
「待たせたな┅┅三匹は倒したが、一匹逃がしてしまった」
「そうか┅┅まあいいんじゃねえか、俺たちの強さにびびって守りを固めてくれたら、大事な物がそこにあるって分かるからな」
「へえ┅┅竜騎、あんたって意外に頭がキレるのね」
「何いィ┅┅へっ、今頃気づいたのかよ。ケンカとロックにかけちゃ、天才と呼ばれた竜騎様だぜ」
「はいはい、どうせ自称でしょ?」
「こいつぅ、いつか泣かせてやる」
いつもの二人の掛け合いに、俺とサクヤ、二人の使霊たちは屈託のない笑い声を上げた。
厳しい戦いの中でもお互いに対する深い信頼と絆は、俺たちの心に余裕のようなものをもたらしていた。
ふと視線を感じてそちらを見ると、竜騎の後ろから美しい少女がじっと俺を見つめていた。
「こんにちは┅┅ケガはなかったかい?」
少女は少しうつむきかげんで小さく頷き、その場にひざまづいた。
「初めてお目にかかります。光帝の使霊でシーチェと申します。この度は危ないところをお助け頂き、誠にありがとうございました」
「へえ、流ちょうな日本語だな┅┅シーチェさんか、どうぞよろしく」
〝修一様┅┅この者は┅┅〟
〝ああ┅┅気は隠しているようだが、恐らく闇の者だな┅┅〟
〝はい┅┅私は、この者を知っております┅┅〟
サクヤの言葉に驚いたが、表情で悟られないようにしながらサクヤに言った。
〝わかった┅┅だが、今は騙されたふりをして様子を見よう┅┅〟
〝はい、承知しました〟
「助けて頂いた御礼に、心ばかりですがおもてなしをさせていただけませんか?」
承諾すれば、相手のワナに自分から飛び込むようなものだが、俺はあえてそれを受けることにした。
「ああ、そうだな┅┅ちょうどお腹もすいてきたし、天山山脈を調査するための拠点も欲しかったところだ┅┅皆、お言葉に甘えることにしよう」
俺の言葉に、サクヤはもちろんのこと、少女に微かな疑念を持っていた竜騎も、慎重派で頭がキレる沙江も、俺の言外の思いをくみ取っていた。
「そうやな┅┅本格的な中華料理も食べられそうだしな」
「わかりました┅┅ところで、シーチェさん、なぜ、使い魔に追われていたのですか?」
唯一まだ少女を疑っていなかった沙江が、俺の少女に対する敵意を知って触発されたように質問を発した。
「はい┅┅実は、光帝様の命で、三日ほど前からこの辺りから広がっている陰の力の原因を探っていたのでございます。今日も朝から仲間と一緒に天山の周囲を調べていたところ、使い魔に見つかってしまい┅┅戦ったのですが、私以外は皆殺されて┅┅」
「そうですか┅┅わかりました」
沙江は少女の完璧な供述に一応納得したように、にっこり微笑んで頷いた。
「では、私の住処である光帝様の御廟へ御案内いたします。どうぞついてきて下さい」
少女はそう言うと、すーっと空中に浮かび上がって、天山の方向へ飛び始めた。
俺たちは無言で頷き合うと、彼女の後を追って地上を飛び立った。




