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精霊王物語  作者: 水野 精
31/46

31 天山山脈

 その日は朝から世界中の新聞やニュース番組が、世界各地で同時多発的に起こった自然災害や大事故のことを報じていた。北海油田施設での原因不明の爆発に始まり、中国大連の大地震、ロシア南部の竜巻、イランとサウジアラビアの軍事衝突、アメリカフロリダの石油コンビナート施設への爆弾テロなど┅┅一見何の関連もないようだが、不思議なことにそれぞれの災害や事件は石油関連施設がある場所で起きており、甚大な被害が出ている点で共通していた。バックに何か黒幕がいるのではないかと盛んに噂されたが、さすがに自然災害は人為的にどうにかできるものではなかったので、最終的には偶然ということで片付けられた。

 だが、この一連の災害や事件が引き起こしたものは、石油価格の狂乱的上昇とそれによる世界経済の混乱、石油産油国への厳しい非難と経済封鎖だった。産油国はこの事態に慌てて、さっそく会議を開き解決策を話し合ったが、宗教や利害の対立などによってお互いを非難し合うばかりでいっこうに解決策は見いだせなかった。


「ゴーサからの連絡だ。ルクレールが今朝、使い魔たちと東に向かって飛び立ったということだ」

「東┅┅ということは、行き先は┅┅」

「天山山脈ね┅┅例の魔界とつながる穴に向かったんだわ」

「うん┅┅でも、目的は何だろう?まさか、魔界へ帰るつもりじゃないだろうし┅┅」

 俺と竜騎、沙江はクウェートで合流し、郊外の砂漠から地下にもぐってルクレールの別荘を目指していた。サクヤの能力のおかげで、地下二十メートルほどの場所をまるでハイウェイを車で走るように飛んで行くことができた。

「┅┅恐らく、より強力な妖魔を呼び出そうとしているんじゃないかしら┅┅」

「ああ、たぶんそうだな┅┅今世界は石油危機のせいで、混乱のまっただ中だ┅┅ここでいっきにアルマゲドンを起こそうとしているんじゃないか?」

「┅┅急ごう┅┅何としても止めないと┅┅」

 俺の言葉に竜騎と沙江はしっかりと頷く。

「んん┅┅それにしても、サクヤちゃんのもふもふした毛並みは最高だぜ┅┅」

 ゴーサを偵察に出した竜騎は、俺と一緒に変身したサクヤの背中に乗っていた。サクヤは俺に初めて変身した姿を見せたが、それは予想通り九本の尻尾を持つ白い狐の姿だった。

彼女は最初その姿を見られるのを恥ずかしそうにしていた。自分がかつて九尾の狐として恐れられた妖魔だったことを思い出して欲しくなかったのだろう。しかし、俺や竜騎、沙江たちから、その優美な姿を盛んに賞賛されてようやく平常心を取り戻したのだった。

「もうすぐ目標地点よ。ゴーサの話だと誰もいない可能性が高いけど、もしかすると見張りが残っているかも知れない。油断しないで┅┅」

「よし、じゃあ地上へ出るぞ」

 サクヤは頷いて上向きに方向を変え、一気に砂煙を巻き上げて地上へと飛び出した。


 まぶしい太陽の光と青空が目に飛び込んでくる。

「ゴーサ、ご苦労さん┅┅この辺りに妖魔はいないか?」

「はい、奴らが去った後、二三匹西の方から使い魔が飛んできましたが、まとめて丸焼きにしてやりました」

 ドラゴンの姿のゴーサは低い声でそう言うと、首を右にひねって地上にある黒い二つの塊を指し示した。


「よし、じゃあ、俺とサクヤは先に奴らの後を追いかける。竜騎と沙江はルクレールの別荘を調査してくれ。三時間後┅┅この辺りかな、よし、ボラーン峠で合流しよう」

 俺は地図を開いて、イランとアフガニスタンの国境付近の山岳地帯を指さした。

「了解┅┅何かうまい物でも残っていりゃいいがな┅┅」

「爆弾の置き土産には注意しろよ」

「それは大丈夫ですわ┅┅私の能力で金属や火薬類は探知できますので┅┅」

「オーケー、じゃあ、また後で。サクヤ、行くぞ」

「はい」

 サクヤは頷くと、竜騎たちに一瞥して挨拶した後、地面を蹴って一気に上空へ飛翔した。


「おお┅┅やっぱきれいだなあ┅┅優雅っていうか┅┅」

「あれがかつて古代中国や日本中を震え上がらせた大妖魔の姿なのね┅┅」

 竜騎と沙江は、青い空に今白い光の点になって消えようとしているサクヤの姿を見上げながら感慨深げにつぶやくのだった。


「修一様、寒くはありませんか?」

 四千メートルの上空まで上昇した後、時速百キロ近くで飛行し始めたサクヤが、顔を後ろに向けて尋ねた。

「ああ、大丈夫だ┅┅防寒ジャケットを用意しておいてよかったよ┅┅それに、君の体はとても温かくて柔らかで気持ちいいよ┅┅」

 白く巨大な狐の姿になっても、サクヤの中身は変わらない。俺の方に向けた狐の顔がはにかむような表情を見せ、切れ長の目がじっと俺を見つめる。

「┅┅私の姿┅┅醜くはありませんか?」

「どんな姿になってもサクヤはきれいだ┅┅」

 サクヤは前を向くと、さらにスピードを上げて飛び始める。


 タクラマカン砂漠の北方に連なる天山山脈。その最高峰であるハンテングリ山の中腹には、かつてチンギスハンが戦勝を祈願したと言われる祭壇がある。魔界へとつながる時空の穴は、その祭壇の上空に浮かんでいた。


 今、その祭壇の側に降り立ったルクレールは、使い魔たちに下で控えておくように命じると、一人祭壇へ登って行った。そして祭壇の前に立つと、取り憑いていたルクレールの体から抜け出して、本来の姿に戻った。

「オオオオォォ┅┅ン┅┅」

 地の底から響いてくるような不気味な声を上げて、巨大な体の妖魔は魔界の入り口に向かって両手を伸ばした。

「アウウラアアアァァ┅┅エリィィ┅┅サパスゥゥ┅┅カヌゥゥアアァァ┅┅」

 妖魔は一語一語にありったけの魔力を込めて唱文を唱え始める。すると雲一つなかった空に突然黒い雲が現れ、それがみるみるうちに空全体を覆い始めた。やがてすさまじい雷光が空から地上に突き刺さると、大地が揺れるような雷鳴が轟き、大粒の雨が降り始めた。

「アウウラアアアァァ┅┅エリィィ┅┅サパスゥゥ┅┅カヌゥゥアアァァ┅┅」

 不気味な振動が空気を震わせ始め、黒い光を放つ魔界の入り口が少しずつ大きくなっていく。妖魔の祈りはさらに熱を帯びて続けられた。


「おい┅┅何かとてつもなく嫌な感じがしてるんだが┅┅」

「ええ┅┅天山山脈の方向ね。急がないと┅┅」

 ルクレールの別荘の捜索を終えた竜騎と沙江は、それぞれの使霊に騎乗して北東の方角へ飛んでいた。前方から押し寄せてくる陰の気に、二人は表情をこわばらせて頷き合う。

 

 その頃、俺とサクヤも山岳地帯の一角にある岩場で休憩しながら、大きな陰のエネルギーの存在を確認し合っていた。

「┅┅修一様、大丈夫ですか?」

「┅┅いよいよだな┅┅正直言うと、怖いよ┅┅自分の力が及ばなくて、君や竜騎や沙江を危険な目に合わせるんじゃないかって┅┅」

 うつむく俺の頬に、ひんやりとしたサクヤの手がそっと重ねられた。

「修一様は一人ではありません┅┅私も竜騎様も沙江様も、それにイサシとゴーサラも一緒に戦うのです┅┅決して負けません」

「ああ、そうだな┅┅俺が弱気になったらおしまいだ┅┅この前妖魔と戦ったとき分かったんだ┅┅奴らも怖いんだって┅┅」

 サクヤは微笑みながら頷いた。その美しい顔に思わず胸がときめいてしまう。サクヤはそれを知ってか知らずか、さらに顔を近づけてくる。そのまま彼女の桜色の唇がゆっくりと俺の唇に重ねられようとした瞬間、頭上から大きな羽ばたきの音と共に風が吹き付けてきた。


「おお、いたいた┅┅」

 ゴーサに続いてイカシも到着し、平らな岩の上に降り立った。

「奴ら何か始めやがったようだな┅┅」

「ああ┅┅そうらしい┅┅少し休んだら出発するぞ」

「私たちは休まなくても大丈夫です、急ぎましょう」

 沙江の表情にいつにない緊張を見た俺は、小さく首を振って言った。

「焦ったら思わぬ失敗をするぞ┅┅」

 俺は防寒ジャケットの前を開き、まだ包帯が巻かれた胸を指さした。

「┅┅少し作戦も話し合っておこう。奴らについてのどんな情報も共有しておいた方がいい」

「┅┅そうですね。わかりました」


 俺たちは円座になって座り、これまでに妖魔について分かったことを一人ずつ出し合っていった。竜騎はルクレールの別荘で、使用人たちを半ば脅すようなやり方でちゃっかり食料を調達していた。その戦利品の一部を皆に配りながら言った。

「俺はまだ実際に戦っちゃいないが、使い魔については数だけが問題だな。一匹一匹は気にするほどのことはないと思うぜ┅┅」

「ええ、その点は竜騎と同意見です。ですから、使い魔はイサシとゴーサに任せても良いのではないかと┅┅どう、イサシ、ゴーサ?」

 沙江の問いに、イサシとゴーサは胸を張って頷いた。

「我々にお任せあれ」

「あっという間にひねり潰してご覧にいれましょうぞ」

「┅┅となると、竜騎と沙江は俺と一緒にサクヤの背中に乗るってことか?」

「はい┅┅イサシとゴーサは使い魔たちを倒した後、背後から妖魔を攻撃して牽制してもらいます。我々は、正面から一気に一斉攻撃を仕掛ける┅┅如何でしょうか?」


 俺は少し考えてから、皆を見回して言った。

「基本的には沙江の作戦で良いと思う。ただ、妖魔と戦った経験から言うと、恐らく奴は最初、羽を飛ばす攻撃をしてくると思う。こいつがけっこう厄介なんだ。何千、何万という羽一枚一枚が、ナイフのようになってものすごいスピードで飛んでくる┅┅そこでだが┅┅俺は一人で空を飛べる┅┅だから、まず俺が奴の正面でバリヤーを張って羽の攻撃を防ぐ。約五分くらいその攻撃は続くから、それまで俺の後ろで待機してくれ。イサシとゴーサはできるだけ早く使い魔たちを倒して、背後から奴を攻撃してくれると助かる┅┅後はその場の判断ということで、どうかな?」

「おう、異議なしだ」

「ええ、それでいきましょう」

「よし、じゃあ五分後に出発だ」


 俺たちがそんな話をしている頃、ハンテングリ山では事態が妖魔の予想と違う方向に進んでいた。


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