3 祖母の家
祖母は小屋の陰に座って、朝収穫したらしいエンドウ豆の皮をむいていた。俺の姿に気づくと、腰を伸ばしながら立ち上がって、にこにこしながら近づいてきた。
「修坊、よう来たなあ。暑かっただら」
「婆ちゃん、お久しぶり。しばらく厄介になります」
「ああ、ええとも。何週間でも、何ヶ月でも、好きなだけいたらいいさ。さあ、さあ、上がれ、上がれ」
祖母は俺を家の中に入れると、せっせと作っておいてくれたのだろう、大きな皿に山盛りの俺の好物のおはぎとサイダーを二本出してくれた。
俺は舌なめずりをしながら、さっそくおはぎに手を出そうとした。
「待ちやれ! まずは神へ、それからご先祖へお供えするのが先であろう」
(ああ、もう、わかったから、耳元でキーキー言わないでよ)
俺は心の中で叫びながら、小皿におはぎを取り分けて立ち上がった。そして、奧の仏壇のある座敷部屋に入って、踏み台を使い、右奥の天井近くにある神棚におはぎを供えた。二礼二拍手一礼をした後、居間に戻り、驚き顔の祖母に言った。
「婆ちゃん、皿もう一枚ちょうだい」
「あ、ああ、ええけど┅┅修坊、どうした?熱でもあるのか?」
「ああ、いや┅┅ほら、お、お盆も近いことだし┅┅時々はお参りしないと┅┅ね」
今まで一度も見たこともない孫の姿に、祖母はなおもけげんそうな様子で台所から小皿を持ってきた。俺はばつの悪い気持ちでそれを受け取り、おはぎを取り分けて座敷部屋に向かった。
「ああ、わかってるよ┅┅別に線香の数なんて、どうでもいいだろう┅┅はいはい┅┅」
仏壇の前で、ぶつくさと独り言を言いながらお参りしている孫に、祖母はいよいよ心配になったらしい。
「修坊┅┅勉強は大変だら?来年は高校受験だったか?」
「ん?いや、俺まだ二年だから、さ来年だよ」
ようやく、おはぎにありついた俺は、頭の上で行儀が悪いだのなんだの言っている〝そいつ〟を無視して、手づかみで頬張り、サイダーをラッパ飲みしていた。
「┅┅そうか┅┅ああ、よくニュースで、学校のいじめとか流行ってると言ってるけど、修坊の学校ではどうだ?」
「うん、まあ、どこの学校でも意地悪な奴はいるからね。俺は、そんなのとは関わらないようにしてるから┅┅」
「うん、うん、それがええ┅┅ああ┅┅ほれ、もう彼女とかできただら?」
「婆ちゃん、さっきから何なんだよ、変なことばっかり言って┅┅」
「これ、おばば様に失礼なことを言うでない」
「お前が口出しするから変な風に見られるんだろ?」
「しゅ、修坊┅┅」
「あっ、いや、今のは婆ちゃんに言ったんじゃないんだ┅┅」
「われは当たり前のことをだな┅┅」
「あああ┅┅うるさああいっ!」
俺はとうとう混乱の極みに達して、両手を突き上げながら叫んだ。
祖母は俺が精神を病んでいると確信した顔で、おろおろと手を動かしながら立ち上がろうとしてる。
ここに至って俺は決意し、上の〝そいつ〟の声は無視して、祖母にすべてのことを打ち明けることにした。
「婆ちゃん┅┅話がある」
「ひっ┅┅な、なんだら?」
「ちょっと信じられない話だけど、嘘じゃないから、どうか聞いて欲しい┅┅」
「ああ、修坊は嘘なんかつかねえよ┅┅なんでも話してみろ」
いったん覚悟を決めたら、祖母は何事も恐れず、どんなことでも受け入れる度量の大きさを持っていた。
そこで、俺は自分の持っている変な能力と、もの心がついた頃からの体験を幾つか話した。そして、最後に自分の頭の上を指さして付け加えた。
「┅┅実は、今もここら辺に、俺だけにしか見えない、変な奴がいるんだ┅┅」
「ぬうう┅┅へ、変な奴とはなんじゃああ┅┅」
「今、俺が変な奴と言ったんで┅┅すっげえ怒ってる┅┅くうう、うるせえ┅┅」
「ほおほお┅┅そうだったのかい┅┅そりゃあ、難儀なことだったなあ┅┅一人で背負い込んで、辛かっただらなあ┅┅」
「う、うん┅┅誰も信じてくれないって分かったときは、きつかったよ┅┅もう、慣れちゃったけどね┅┅」
祖母は何度も頷きながら立ち上がって、俺に手招きした。
「修坊、こっちおいで」
祖母はそう言って奧の座敷へ俺を連れて行った。そして、神棚の前に立ってこう言った。
「婆ちゃんなあ、爺ちゃんと結婚する前から、下御嶽様にずっとお参りしておったよ。お陰様で、この年になるまで病気一つせんで生きて来れた。修坊が生まれる前も、毎日お参りしておったよ。だから、修坊のその力は、きっと神様が授けて下さったものだら。ありがたいことなんだよ┅┅」
「うむ、さすがはお婆様、その通りじゃ」
頭の上の奴は、初めて満足そうに優しい声でつぶやいた。
(その通りって┅┅この能力が神様に授けられたってことか?)
「うむ┅┅詳しいことは、また後ほど話すゆえ┅┅ほれ、お婆様にならって、神に感謝せよ」
祖母は二度深々と頭を下げて、何事かぶつぶつと言っていたが、やがて顔を上げて大きく手を二回叩いた。俺も慌てて同じようにした。そして、最後に一礼して、祖母は晴れやかな顔でこう言った。
「修坊は神様の子だ┅┅だから、自信を持って、でっかい心の男になるんだよ。婆ちゃんはいつでも修坊の味方だからね」
「┅┅うん。ありがとう、婆ちゃん┅┅」
その日の夕方、久しぶりに祖母の手作りのごちそうを食べた後、風呂に入る前に祖母に言った。
「婆ちゃん、俺、今夜から裏山にテントを張って、そこで寝るから。ちゃんと、明日から手伝いはするよ。畑仕事でも買い物でも何でもやるから、遠慮せず言ってね」
「まあ┅┅わざわざそんなことしねえでも、ここで寝ればいいのに┅┅」
「うん┅┅でも、ここに来る前から決めてたんだ。一人で、どれくらいやれるか、試してみようって┅┅食事もできるだけ自分で作ってみようと思ってる」
祖母はなおも心配そうだったが、俺の決心を尊重してくれた。
「雨んときや、何か怖えことがあったら、いつでもここにおいで」
「うん、そうするよ」