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精霊王物語  作者: 水野 精
29/46

29 モネールの正体

 次の日の朝、モネール・レフィクルはいつものようにルクレール家の玄関の側に止めた。

 ルブランの吠える声に迎えが来たことを知ったシモーヌは、母親と一緒に玄関から出てきた。

「ルブラン、吠えるのをやめなさい。ほんとにもう、困った子ね┅┅お早うございます、先生。今日もよろしくお願いします」

「お早うございます、マダム┅┅お早う、シモーヌ┅┅」

「お早うございます┅┅」

 モネールはシモーヌが何か元気がないように感じたが、あまり気に留めず後部座席のドアを開いてシモーヌを乗せた。


「シモーヌ┅┅今日は帰りに僕の部屋に寄っていかないか?美味しいクッキーが手に入ったんだ┅┅シナモンティと一緒にご馳走するよ」

「えっ┅┅せ、先生のお部屋に?┅┅」


 昨日の天使との出会いがなかったら、大喜びで誘いに乗っただろう。男の部屋に行くということがどんな意味を持つか、いくら十二歳でも、フランス人の少女なら誰でも知っていることだ。先生とならそんな関係になってもいいと、シモーヌは思っていた。


「何か都合が悪いことでも?」

「い、いいえ、大丈夫です┅┅」

「よし、じゃあ決まりだ┅┅お母さんには僕の方から連絡しておくからね」


 モネールはバックミラーでちらちらとシモーヌを見ながらそう言った。シモーヌは無理に微笑みを浮かべながら頷いた。その一方で、少女は例の嫌な感じが運転席の背もたれから流れ出てきているのをはっきりと感じ取っていた。

「あ、あの、先生┅┅その先のドラッグストアで止まって頂けませんか?」

「ん?どうかしたのかね?」

「は、はい┅┅ちょっと、トイレに┅┅」

「あはは┅┅そうか┅┅さっきから元気がないと思ったら、そういうわけか┅┅」

 モネールは笑いながらハンドルを切り、ドラッグストアの駐車場に車を止めた。


 シモーヌは車を降りると、小走りに店の中へ走り込んでいった。そして、トイレではなく、裏口のドアを目指して走った。だが、そこはあいにく配達業者がたくさんの荷物を店内の倉庫に運び入れている最中だった。シモーヌはしかたなく、別の出口を探して今来た通路を戻っていった。モネールに気づかれないうちに、できるだけ遠くに逃げて、助けを求めなければならない。しかし、誰が信じてくれるだろうか、悪魔に追われているなどという話を┅┅警察?教会?それとも┅┅。


 トイレの反対側に、非常口という表示があるドアを見つけて、シモーヌはためらわずドアを開いて中に入った。そこは薄暗い倉庫のような場所で、空の段ボール箱やビニールシート、壊れたケースや道具などのがらくた類が山積みになっていた。そして、肝心の非常口は、そのがらくたの山の向こう側にあるらしかった。

 シモーヌは、なりふり構わずそのがらくたの山をよじ登り始めた。そして、ダンボ-ルの山の上にようやくたどり着いたときだった。


「こんな所で、何を遊んでいるのかな?」

 モネールが入り口の所に立って、シモーヌを見つめていた。普段青いその目は、暗闇の中で赤い光を放っていた。シモーヌは一瞬にして青ざめ、へなへなとその場に座り込んだ。恐怖のあまり声も出せなかった。

「┅┅何をそんなにおびえている?ほら、早く下りておいで┅┅」

「い、いやよ┅┅来ないで┅┅神様┅┅助けて┅┅」


 モネールは低い声で笑いながら、ゆっくりと近づいてきた。

「┅┅なぜ、私の正体に気づいた?┅┅そうか┅┅昨日だな?┅┅あの気配はやはり光の者だったのか┅┅どんな奴だった?何を吹き込まれたんだ?」

 モネールは憎々しげにそう言うと、空中に浮かび上がり、シモーヌの目の前まで迫ってきた。

「ふっ┅┅おとなしく私に魂を捧げれば、至上の悦びの中で死ねたものを┅┅今からでも遅くないぞ┅┅私のことが好きなんだろう?ふふふ┅┅」

 もう恐怖のあまり、少女は気を失う寸前だった。心の中で、必死に守護天使に助けを求めて叫び続けていた。


「おいっ、そこまでだっ!」

 絶体絶命の状況になったとき、守護天使の声が響き渡り、シモーヌは奇跡が起こったと思った。が、次の瞬間、モネールの体から黒い煙のようなものが出てきて、少女の体を包み込んだ。

〝ふははは┅┅残念だったな┅┅この娘は頂いていく┅┅手出しをしたら娘の命はないぞ〟

 頭の中に直接不気味な声が聞こえてきた。俺は自分の油断を後悔しながら、妖魔をにらみつけていた。光の精霊の加護がある少女に、妖魔も直接的な手出しはしないだろうと高をくくっていたのだ。シモーヌの心に、まだモネールへの好意が残っており、そのために光の精霊も強い抵抗ができなかったのだ。

モネールはシモーヌを小脇に抱えたまま、高笑いをしながら外へ逃げ出した。


〝くそっ┅┅サクヤ、奴が逃げた┅┅シモーヌを人質に取っている。悟られないよう後を付けていってくれ〟

〝分かりました┅┅あ、見えました、これより追跡します〟

〝どっちの方角へ向かっている?〟

〝ええっと┅┅西北西ですね。山があるほうです〟

〝分かった┅┅俺は先回りしてみるから、方向を変えたら教えてくれ〟

〝了解しました〟

 俺はできるだけ気配を消すようにして店の裏へ回り、誰にも見られないように一気に空中へ浮き上がると、大きく西へ迂回しながらスピードを上げて山々が連なる方へ飛んでいった。


 その山にはほとんど樹木が生えておらず、石材を採るために山肌は無残に削られ、あちこちに穴が開いていた。しかし、こんな場所にも精霊たちはいた。土気の精たちが多かったが、金気の精や数は少なかったが木気の精や水気の精もいた。俺は山頂の平らな場所に座って気配を消したまま神経を集中させ、陰の気の動きを探った。そして、それはすぐに見つかった。妖魔はよほど慌てていたのか、おぞましい気を隠そうともせず、真っ直ぐこちらに向かって来ていた。


〝修一様、妖魔はもうすぐ山に着きます〟

〝ああ、分かった┅┅俺が奴を引きつけるから、隙を見てシモーヌを助け出してくれ┅┅〟

〝了解しました┅┅どうか、お気をつけて┅┅〟

 サクヤの心の声が終わらないうちに、妖魔は俺がいる場所から二十メートルほど下の古い採石場の跡地に降り立った。恐らく、そこに幾つか口を開いている坑道のどれかにシモーヌを連れ込むつもりなのだろう。


〝おい、どこへ行くつもりだ?〟

 俺は奴の頭上へ下りていきながら心の中で声を掛けた。モネールは一瞬驚いたような顔で俺を見上げたが、すぐににやりと笑って余裕のあるところを見せた。

〝ふっ┅┅ご苦労なことだな┅┅いくら追いかけてきても、私に手出しはできないんだ。手出しをしたら、この娘と私が肉体を借りているこの男が死んでしまうからな┅┅〟

〝お前は何か勘違いしているようだな?〟

〝┅┅どういう意味だ?〟

〝大きな事を成し遂げるためには、小さな犠牲はやむを得ないということだ。俺は、今から全力でお前をこの世界から消し去ってやる〟

 俺は心の声でそう宣言すると、空中に浮かんだまま一気に気を膨れあがらせていった。

妖魔はそれを見て、ついにモネールの体から離れ始めた。黒い煙のような塊が次第に形を作り始める。やがてそれは黒い陰のエネルギーで作られた巨大な羽を持つ悪魔の姿そのままになっていった。


〝修一様、シモーヌと男の身柄を確保しました〟

 俺に意識を集中し、急いで本来の姿に戻ることに気を取られていた妖魔は、地面に放り出していたシモーヌと男のことなどすっかり忘れていた。

〝よし、良くやった┅┅後は俺に任せて安全なところに隠れているんだ〟

 俺は、妖魔の背後にいるサクヤに小さく頷くと、妖魔に向かって叫んだ。

「間抜けな奴め。そのまま人間に取り憑いていれば、こっちは攻撃できなかったのに┅┅あはは┅┅」

 妖魔は日本語の叫びを理解できず、憎々しげに俺を赤い目でにらみつけながら、大きな羽をゆっくり広げていった。


 次の瞬間、陰の気が爆発するように膨れあがり、何千、何万という数の黒い羽が矢のように俺に向かって飛んできた。

「金剛葉壁っ!」

 攻撃を防ぐ基本技を使って、全面に大きな円形のバリアーを張る。妖魔の羽はバチバチと激しい音と火花を上げてバリアーにぶつかった。少しでも気を抜くと、バリアーが破られそうなすさまじい攻撃だった。


 長く感じられる数分間が過ぎて、妖魔から感じられるエネルギーがみるみる小さくなるのと同時に、羽の攻撃も弱くなった。しかし、俺もかなり消耗し、それ以上バリアーを維持することが困難になってきた。

 俺はバリアーを張ったまま、奴の足元の岩石を飛ばしてぶつけた。狙い通りに奴の羽の攻撃が途切れ、その隙に俺はバリアーを解いて、一気に奴の頭上まで移動した。


「退魔業炎!」

 俺の放った火炎に包まれて、妖魔は恐ろしい叫び声を上げてもがき苦しんだ。だが、それでも奴はまだ死ななかった。瀕死の妖魔は必死に羽を動かしてその場から飛び去ろうとあがいた。

 俺はすぐに奴を追いかけようとしたが、ほとんど気を使い果たしていたので、なかなか思うようにスピードが上がらない。妖魔はふらふらしながらも俺との距離を次第に引き離していった。


「地雷┅┅矢┅┅」

 残りの気を使って、妖魔に雷を落とした。

「ぐぎゃああ┅┅」

 妖魔は苦痛の声を上げながら崖の下へ落ちていく。俺は見失うまいと、あわてて崖の向こうへ飛びだした。

 そのとき、崖の下から黒い火の玉が飛んできて、俺の胸を貫いた。遠ざかる意識の中で、妖魔の勝ち誇ったような顔が見え、笑い声が聞こえた。俺はそのまま気を失って崖下へ落ちていった。


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