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精霊王物語  作者: 水野 精
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28 修一、天使に間違われる

 翌日の土曜日の朝、シモーヌは九時を過ぎてもまだベッドの中にいた。父は仕事で早くに家を出て行き、母はテニスクラブに出かけ、広い屋敷にはシモーヌと愛犬ルブランの他に、住み込みの二人のメイドと男の使用人が三人、庭師兼守衛の男が二人がいた。

 休日はシモーヌにとって憂鬱で退屈な日でしかなかった。たまに、父や母のどちらかが家にいて、一緒にショッピングやドライブに連れて行ってくれることがあったが、家族で一緒に旅行に行ったり遊んだりすることは、年に一回あればいい方だった。


「ルブラン┅┅お散歩に行くわよ」

 遅い朝食を一人で寂しく食べた後、シモーヌは遊び着に着替えて愛犬を呼んだ。

「シモーヌお嬢様┅┅くれぐれもお屋敷の外にはお出にならないようにお願いします」

「ええ、分かっているわ┅┅」

 シモーヌはメイドの忠告に頷くと、大喜びの愛犬に引っ張られるように外へ出て行った。先祖代々の古い屋敷は、ケヤキの森や野菜畑を含む広大な敷地の中にあった。


「あっ、ルブラン、待って┅┅どこ行くの?ルブランったら┅┅」

 芝生の庭に出たとたん、愛犬のあまりの勢いにリードは少女の手から離れた。大きなラブラドール犬は一目散に芝生の先に広がるケヤキの林に向かって走って行く。今までにこんなことはなかったので、少女は不審に思いながら愛犬の後を追いかけていった。

 愛犬は一本のケヤキの大木の所で止まり、大きく尻尾を振りながら立ち上がった。よく見ると、その大木に寄りかかるようにして誰かが立っていた。


「あはは┅┅わかった、わかった┅┅いい子だから、お座り┅┅」

 大きな犬にのしかかられているのは、初めて見る黒髪のアジア系の少年だった。

「ルブラン、やめなさい┅┅ほら、こっちに来なさい┅┅」

 シモーヌは愛犬のリードを引っ張って、ようやく少年から引き離した。知らない人間には決してこんなことはしない愛犬の意外な行動に、少女は驚きと同時に好奇心を持って少年を眺めた。


「┅┅あなた、誰?どこから入ってきたの?」

 フランス語の問いに、少年は困ったような顔で頭をかきながら微笑んだ。

〝ええっと┅┅聞こえるかな?聞こえたら頷いて〟

「えっ┅┅な、なに、これ┅┅」

 突然頭の中に聞こえてきた声に、シモーヌは気が動転してよろよろと後ずさりした。

〝驚かせてごめんね┅┅でも、君の味方だから安心してくれ┅┅〟

〝わたし夢を見ているのかしら┅┅〟

〝いや、夢じゃないよ〟

〝ええっ┅┅き、聞こえてる┅┅ねえ、わたしの思っていることが分かるの?〟

〝ああ、よく聞こえているよ。その調子で、少し話をしよう、いいかな?〟

 シモーヌはようやく少し落ち着いて、今度は小さく頷いた。

〝ありがとう┅┅俺は小谷修一。君はシモーヌだね?〟

〝ええ、そうよ┅┅あなた、日本人?〟

〝うん、そうだよ┅┅〟

〝これって、マジック?それとも最先端の通信技術なの?〟

〝あはは┅┅いや、違うよ┅┅これは精霊の力を借りて、君と脳の回線をつないでいる状態って言ったらいいかな┅┅昔はテレパシーと言っていた能力だよ〟

〝テレパシー┅┅すごい、ほんとにそんな能力があるんだ┅┅ええっと、それで、どうしてここにいるの?〟

〝うん┅┅詳しく話すと長くなるから、大事なことだけ言うよ。俺は、君を守るためにここへ来たんだ┅┅だからこれから言うことを信じてほしい┅┅君は悪魔に狙われている。でも、心配しなくていい。俺が必ず君を守るから┅┅それと、君を車で送り迎えしている男は悪魔だ┅┅絶対に気を許してはならない┅┅ただ、奴らの目的を探るために、もうしばらくあの男は泳がせておく┅┅もし、危険を感じたら今のように、心の中で俺を呼んでくれ┅┅必ず助けに行くから┅┅それと┅┅〟


「シモーヌお嬢様ぁ┅┅」

 少年が言いかけたとき、屋敷の方から、メイドや使用人の男たちが何か口々に叫びながら、こちらに走ってくるのが見えた。

〝騒ぎになるといけないから、もう行くよ。さっきのこと忘れないで┅┅〟

 少年はそう言い残すと、すーっと空中に浮かび、そのまま林の向こうへ飛日去って行った。

「┅┅天使┅┅さま┅┅」


「シモーヌ様、大丈夫ですか?今、ここにいたのは誰なんです?」

「くそっ、どこへ消えやがった┅┅」

 メイドや使用人たちが息を切らせてその場に着いたときには、すでに少年の姿はなく、シモーヌが茫然と空を見上げ、愛犬ルブランも空を向いて嬉しげに尻尾を振っているだけだった。

「見たでしょう?天使様よ┅┅わたしを守って下さる守護天使様なのよ」

 我に返ったシモーヌは、今度は興奮気味に周囲のメイドたちを見回しながら言った。

「た、確かに何か空に浮かんだように見えましたが┅┅まさか、天使なんて┅┅」

「ジーパンをはいた天使なんて、聞いたこともありませんや。とにかく、怪しい奴には今後絶対に近づかないで下さい」


 周囲の大人たちから一斉にたしなめられたシモーヌは、しゅんとなってルブランとともに屋敷に帰っていった。しかし、彼女の胸には確かな希望の光と喜びが生まれた。ただ、初恋の相手が悪魔だと言われたのは大きなショックであり、まだ信じたくない気持ちがどこかにあった。

(ああ、でも、ルブランがあんなに吠えるのは、レフィクル先生が悪魔だから?┅┅それにこの頃何度も感じるあの嫌な感じ┅┅考えてみると、先生に送り迎えされるようになってからだわ┅┅)

 自分のベッドに横たわってこの一週間のことを振り返りながら、シモーヌの小さな胸は運命の急転ともいうべき事態の連続に大きく揺れ動いていた。


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