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精霊王物語  作者: 水野 精
26/46

26 マルセイユにて

 アンマンでいったん竜騎、沙江たちと別れた俺たちは、それからさらに三時間あまりかかってフランスのマルセイユ空港に着いた。現地時間では夜の十時過ぎで、空港内にはあまり人影はなかった。税関で入国審査を済ませてロビーまで出てきたところで、俺は見知らぬ日本人の男に呼び止められた。


「小谷修一様ですね?」

「はい、そうですが┅┅」

「初めまして。私はフランス日本大使館に勤務している三島礼一と申します。小谷様のお世話をするように言われて参りました」

 いかにも頭がキレそうな三十前後の男はそう言うと、俺たちを案内してVIP通路から空港を出た。そして大使館の車で俺たちをマルセイユ港近くのホテルへ連れて行った。


 その道中、彼は今回妖魔が取り憑いたと思われる人物について、基本的な情報を書いたメモを手渡し、こう言った。

「確かにそのルクレール氏は、いろいろと評判の良くない人物ではありますが、まさか悪魔に取り憑かれているなどという事は、にわかには信じられません。宮内庁の調査員にも何回か会いましたが、胡散臭い連中ばかりで┅┅あ、いや、これは失礼、あなたのことを言ったわけではありませんが┅┅」

「あはは┅┅まあ、普通の人から見れば、確かに胡散臭いと思われるでしょうね┅┅もう子供の頃からそういった目で見られるのは慣れていますよ。ところで、その宮内庁の調査員って、世界中にいるんですか?」

「ああ、そうですね┅┅私も詳しいことは知りませんが、宮内庁の内部にある極秘の組織ということで、私が会ったのは男女二人組でした。女性の方は外国人だったので、恐らく世界中にネットワークがあると考えていいでしょう。いずれあなたにも接触してくると思います┅┅あ、ホテルはその先です。予約は取ってありますので、フロントにお名前をおっしゃって下さい」

「いろいろお世話になり、ありがとうございました」

「お困りのことがありましたら、いつでもご連絡下さい。では、お気をつけて┅┅」

 

 ホテルの前で三島と別れ、俺たちはホテルの中に入っていった。

〝なあ、やっぱりフランス語でしゃべるのかなあ?〟

 俺は横のサクヤに心の中で問いかけた。いくら姿が見えないとはいえ、サクヤも緊張しているらしく、あちこちを眺めながら俺の問いかけに気づかない様子だった。

〝おい、サクヤ、大丈夫か?〟

〝あ、は、はい、何でしょうか?〟

〝緊張するのはしかたないけど┅┅しっかり状況把握はしておくんだぞ〟

〝はい┅┅申し訳ございません┅┅〟


 俺はフロントの前まで行くと、係の男に思い切って日本語で話しかけた。

「予約している小谷ですが┅┅」

「いらっしゃいませ。小谷様ですね、うかがっております┅┅」

 驚いたことに、彼は流ちょうな日本語で答え、にこやかな顔でカギを手渡した。

「どうぞごゆっくりお過ごし下さい。これは日本語の当ホテルの案内です。よろしかったらお使いください」

「どうも、ありがとう」

〝すごいな┅┅あの人、何カ国語しゃべれるんだろう?〟

 俺が心の中でそうつぶやいたとき、サクヤの緊張した感覚が電流のように伝わってきた。

〝修一様┅┅能力者です。左手前方、椅子に座った女と立っている男┅┅〟


 指示された方に目を向けると、ロビーの人々の中にこちらをじっと見つめている男女がいた。一人は茶色の髪に鳶色の瞳のまだ若い女性で、もう一人はその女性の横に立つ背の高い長髪の黒の上下の服を着た中年の男だった。彼らを見たとき、俺は直感でさっき三島から聞いた宮内庁の調査員ではないかと思った。

 果たして彼らは、俺たちがエレベーターのところへ行くのに後を付けてきた。そして、エレベーターに一緒に乗り込んだのである。


「俺に何か用ですか?」

 俺は右手に気を溜めながら、前に立った男に問いかけた。男と横の女はびくっと体を動かしたが、こちらは振り返らず、男は黙って両手を挙げた。

「┅┅どうか、ご無礼をお許しください┅┅射矢王様┅┅」

「あなた方は、宮内庁の調査員ですね?」

「はい┅┅三島一等書記官からこちらのホテルにご滞在だとお聞きし、お待ちしておりました┅┅」


 エレベーターが俺たちの泊まる部屋の階に止まったので、俺は彼らに先に出るように言った。

「とりあえず、部屋に入ってからお話をうかがいましょう」

「恐れ入ります┅┅」

 俺は警戒を解かず、サクヤにも油断をするなと心の声で伝えてから部屋のドアを開いた。

「どうぞ座ってください┅┅」

「はい┅┅その前に改めて自己紹介をいたします。私は、宮内庁調査部ヨーロッパ支部長の服部羅雪と申します。こちらは、同じくヨーロッパ支部隊員のソーニャ・ボルスカヤです」

「先日、新射矢王に就任しました小谷修一です。こっちは、使霊のサクヤです┅┅サクヤ、お茶かコーヒーを淹れてくれないか?」

 サクヤは二人の調査員をじっとにらみつけていたが、俺の言葉に表情を和らげて頷くと部屋の隅にあるキャリアの方へ歩いて行く。


「┅┅なんて、きれい┅┅あんなきれいな精霊、はじめて見る┅┅」

 ソーニャがサクヤを目で追いながら、片言の日本語でつぶやいた。

〝しゅ、修一様┅┅申し訳ございません┅┅使い方が分からないのですが┅┅〟

 部屋の隅で、サクヤが自動湯沸かしのポットを抱えておろおろしながら俺を見ていた。その可愛い様子に思わず微笑みながら、向かいのソーニャに言った。

「ソーニャさん、すみませんがサクヤの手伝いをしてくれませんか?」

「おお┅┅ダー┅┅わかりました」

 ソーニャは嬉しそうに頷いて、サクヤの方へ歩いて行った。


「┅┅この日をずっと待ち望んでおりました┅┅」

 服部は無精髭を生やし、頬はこけ、目だけが鋭い光を放っている、何か修行中の武芸者といった感じだった。

「と、言いますと┅┅何か困っていたことでもあるのですか?」

「ええ┅┅恥ずかしながら、われわれヨーロッパ支部は、隊員こそ百名以上在籍する世界最大の組織なのですが┅┅使い魔程度なら全員何とか戦えますが、幹部クラスの妖魔と戦える者は数えるほどしかいません。ましてや、今回のような大妖魔が相手では、戦えるのは私ともう一人ぐらいで┅┅奴らがやることをただ見張るぐらいしかできませんでした┅┅」

「┅┅そうでしたか┅┅俺も初めての実戦なので、どの程度やれるか分かりませんが┅┅とりあえず、ルクレールという人物について、分かっていることをお話し頂けませんか?」

「はい、われわれがこれまで得た情報をあなたにお伝えします┅┅」

 服部はそう言うと、サクヤとソーニャが紅茶を持って戻ってくるのを待って、話を始めた。


 その話から分かったことは、次のようなことだった。

 まず、ルクレール家はもともと銀行業から身を起こし、今の巨大財閥を築き上げていったこと。しかし、現在の経営の中心はIT産業と石油の取引で、本業の銀行は三男のジルベールが継ぎ、規模も小さくなり財閥の中ではほとんど存在感がなくなっていること。また先月、現当主のジョルジュがグループ内のある記念式典でスピーチを始めた直後、急に容貌が変化し、壇上で苦しみ始めたことがあったこと。彼はすぐに病院に運ばれ治療を受け、現在は退院してクウェートの別荘で休暇をとっていること。不思議なことに、彼が倒れたとき、同時にジルベールの娘で十二歳になるシモーヌも倒れて、しばらく意識を失っていたこと、などだった。


「┅┅なるほど┅┅分かりました。それで、あなた方から見て、ジョルジュさんは妖魔に取り憑かれていると思いますか?」

「はい、間違いなく取り憑かれています┅┅しかも、幹部クラス以上の大妖魔だと思われます┅┅これをご覧下さい┅┅」

 服部はそう言うと、ポケットから数枚の写真を取り出してテーブルに並べた。それは、ジョルジュとルクレール家の何人かの人々を遠くから撮ったものだった。

「っ!┅┅これは┅┅」

 俺とサクヤはそのジョルジュの写真を見て、お互いの顔を見合わせた。写真からでもはっきりと感じられるほど、禍々しい陰の気が放出されていたからである。

「間違いありませんね┅┅でも、他の人たちからは妖気は感じられません┅┅んん┅┅この子がシモーヌですか?」

「そうです┅┅何か感じられますか?」

「んん┅┅何か今までに感じたことがない気ですね┅┅何だろう?サクヤ、君はどう思う?」

 サクヤも眉をひそめてじっとシモーヌの写真を見つめていた。

「┅┅私にも分かりません┅┅ですが、害意は感じられません┅┅妖魔とは違う何かが取り憑いているのでしょうか?」


 サクヤの言葉に、服部とソーニャは小さな感嘆の声を上げた。

「おお┅┅さすがは射矢王様と使霊様┅┅実は、シモーヌを見て、このソーニャがキリストの精霊を感じたと言うのです┅┅」

「キリスト?つまり、光のヌシの御霊がこの子の中に?」

「はい、そーです。シモーヌはとても強い光のご加護を受けています」

 ソーニャが身を乗り出すようにしてそう言った。

「┅┅なるほど┅┅そう考えると、ジョルジュがスピーチ会場で倒れ、同時にシモーヌも倒れたのも納得いきますね┅┅」

「二人の気がぶつかり合った┅┅」

「はい┅┅ジョルジュの中の妖魔とシモーヌの中の守護霊体が戦った結果、お互いに消耗したと考えていいでしょう」

「┅┅家族の中で光と闇の戦いがあるのか┅┅なんともやりきれないな┅┅」

「はい┅┅実は我々が心配しているのはその点でして┅┅」

 服部は改まった表情で俺を見つめた。

「ジョルジュにとって、身内の中に光の者がいることは大変厄介な事態に違いありません。ですから、何とかこれを取り除きたいと考えると推察できます┅┅」

「そうか、シモーヌが狙われる可能性が高い┅┅」

「はい、十中八九間違いないでしょう┅┅それに、もしシモーヌをこちらの陣営に取り込むことができれば、大きな戦力になるかと┅┅」

 俺は、自分がフランスに派遣された理由をはっきりと理解した。

「分かりました┅┅明日からさっそくシモーヌを見張ることにします。彼女の住所を教えて下さい」

 それからいくつかの情報をやりとりした後、服部たちは今後もできる限り協力をすることを約束して去って行った。



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