25 旅立ち
次の日、俺たちも両親もやや緊張した雰囲気の中で朝食を済ませた。いつもなら祖母と冗談を言って笑わせる竜騎も、さすがにその朝は神妙な顔で食事を終えた。
「婆ちゃん┅┅ほんとにお世話になりました。毎日、うまい飯を食べさせてもらって、ありがとう┅┅」
竜騎の突然の感謝に、祖母はすぐに返答ができず、こみ上げてくる涙を手拭いで抑えながら何度も頷いた。
「うん┅┅うん┅┅婆ちゃんも楽しかったよ┅┅ありがとうね、竜ちゃん┅┅」
「┅┅もう、竜騎ったら、急に真面目にならないでよ┅┅」
沙江も思わずもらい泣きしながら、箸を置いて祖母の方に体を向けた。
「お婆様、本当にお世話になりました。お役目が終わったら、お土産を持ってまた来ます。それまで、どうかお体を大切になさって、お元気でいて下さい┅┅」
「沙江ちゃん┅┅うう┅┅年寄りをそんなに泣かすんじゃないよぉ┅┅」
祖母は立ち上がって、竜騎と沙江をかわるがわる抱きしめ、涙を流した。
やがて時計が九時を指す頃、祖母の家の庭に二台の黒塗りのベンツが入ってきた。車から降りてきたのは四人の黒いサングラスをかけた男たちだった。俺と竜騎、沙江は荷物を持って、見送りの祖母や俺の両親に別れを告げた。
「じゃあ、行ってくるよ┅┅」
「ああ、気をつけてな┅┅」
「皆無事に帰ってきてね┅┅┅待ってるからね┅┅」
「修坊┅┅体に気いつけてなぁ┅┅竜ちゃん、沙江ちゃんも┅┅修坊のことよろしくお願いします┅┅」
俺は思わず涙ぐみそうになって、もう振り返らず一方の車に乗り込んだ。サクヤが俺の横に乗り、竜騎と沙江は一緒にもう一方の車に乗った。イサシとゴーサは空港まで飛んでついていくことになった。黒いサングラスの男たちは、二人ずつに分かれて車に乗り、一人が運転席についた。
「小谷修一様ですね?私は警視庁公安部特務警護課の者です。これより皆様を成田空港までお送りします。着いてからのことはまた後ほどお話いたします。とりあえずこれをお渡しいたします」
助手席の男がそう言って、パスポートと航空券、そして黒いケースに入ったカードを手渡した。
「このカードみたいなのは何ですか?」
「はい、それはキャッシュカードです。必要なお金はすべてこれをお使いください。ただ、現金は外国ではなるべく持ち歩かない方がいいので、現金化するのは必要な分だけになさってください」
男がそう言い終えるのと同時に車が動き出した。俺は両親や祖母に手を振りながら、もしかすると、これが最後の別れになるかもしれないと心の中で想っていた。
空港で俺たちを待っていたのは、政府専用の大型ジェット機だった。車はVIP専用の入り口から入り、出国検査は無しで直接飛行機の側まで行って止まった。
「ふへえ┅┅俺たちってやっぱすげえんだな?」
車から降りた竜騎が日の丸の着いたジェット機を見上げながらつぶやいた。
「あちらのターミナルの方に官房長官と宮内庁首席神祇官がお見送りに来ておられます。私たちはここでお別れいたします。ご武運をお祈りいたします」
「ありがとうございました。行ってきます」
俺たちは、黒服の男たちが敬礼をして見送る中、タラップを登っていった。
だだっ広い政府専用機の中は俺たちと使霊たち、そして護衛のSPが四人、客室乗務員二人、そして機長、副機長の計一四人だけだった。
ここからヨルダンのアンマン空港まで十時間かけて飛び、そこで竜騎と沙江は下りて別の飛行機でクウェートへ向かう。俺とサクヤはそのままこの飛行機でフランスのマルセイユ空港へ向かう予定だった。
「さあて、暇だし、トランプでもするか?」
「あなた、そんなものも持ってきたの?」
「ああ、手品や占いもできるぜ┅┅沙江、恋占いしてやろうか?」
「け、結構です┅┅私はあちらに着くまでアラビア語の勉強をしますので┅┅」
沙江はそう言うと、小型のノートパソコンにイヤホンをつなぎインターネットのサイトでアラビア語の学習を始めた。
「おい、修一┅┅俺もアラビア語やった方がいいのかな?」
あきれ顔の竜騎が俺に問いかけた。
「あはは┅┅やってみたらどうだ?俺は自分の頭じゃ、たった数時間でアラビア語が覚えられるとはとうてい思えないからな┅┅言葉はもう諦めているよ」
「そうだよな┅┅良かったぜ、修一も俺と一緒で┅┅じゃあ、俺たちはポーカーでもしようぜ」
俺と竜騎は前方にあるラウンジルームへ向かった。そして、竜騎に教えてもらいながらポーカーやブラックジャックに興じた。
さすがに政府専用機だけあって、内部の設備や食事は豪華だった。サービスも至れり尽くせりで、シャワー室まであるのは驚きだった。
〝修一様、そろそろお休みになられた方がよろしいかと┅┅〟
夕食の後、竜騎や沙江たちと雑談をしていると、サクヤが心の声でそう言った。飛行機に乗ってから、少しほったらかしにしすぎたことを反省しながら、サクヤがいる座席に帰っていった。サクヤは赤い顔ではにかみながら、いかにも嬉しげに俺を迎えた。
「あ、あの、寒くございませんか?毛布を借りてきましょうか?」
「いや、大丈夫だよ┅┅」
「┅┅では、お、お茶か何かを┅┅」
「いや、何もいらないよ┅┅サクヤ、眠るまで側にいてくれ┅┅それだけでいいから┅┅」
「は、はい┅┅ずっと┅┅お側におりまする┅┅」
俺とサクヤは座席を倒して横になり、向き合ってうっとりとお互いを見つめ合う。ただそれだけで幸せだった。
「まるで、ままごと遊びだな┅┅でも、お二人を見ていると、こっちまで何か幸せな気持ちになるよ┅┅」
「ああ、そうだな┅┅」
通路を挟んで、斜め後ろの席に座っていたイサシとゴーサは、俺たちの様子を見ながら、小さな声でささやき合うのだった。




