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精霊王物語  作者: 水野 精
20/46

20 自宅にて

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「じゃあな、ゆっくり別れを惜しんでこいよ」

「修一様がお帰りになるまで、お婆様のお世話はお任せ下さい」

「ああ、よろしくな。金曜日には帰るよ」

 射矢王就任の二日後、俺はいったん東京に帰ることになった。両親に事情を話し、別れを告げるためだ。


御殿場駅で東京行きの列車を待ちながら、見送りに来た竜騎と沙江と話をしていた。

 俺の傍らには、使霊として戻ってきたサクヤが喜びを抑えきれない表情で立っていた。

「サクヤちゃん、こいつすぐ無茶なことするから、よく監視しておいてくれな」

「はい、お任せ下さい」

 ホームに急行列車が入ってきた。俺とサクヤは他の乗客たちが乗ってしまった後、最後に車内に乗り込んだ。アナウンスと音楽が流れ始め、ドアが閉まる。俺とサクヤは竜騎と紗江が見えなくなるまで手を振り続けた。


「……中に入ろうか」

「はい……」

 列車内は予想以上に混んでいた。一人で座る席ならいくつか空いていたが、あいにく二人で座れる席は無さそうだった。仕方なく、俺たちは車両と車両の間のわずかなスペースに立って行くことにした。


「修一様、どうぞ私の膝にお座りください」

 サクヤは空中に正座して、うきうきした声でそう言った。

「い、いや、いいよ……俺が空中に座っていたら、皆驚くだろう?」

「そ、そうですか……ではこうすれば……」

 サクヤは車体の壁を背に、椅子のように膝を曲げてかがんだ。

「いや、だから俺のことは気にしなくていいよ……それに……君を椅子代わりになんかできないよ……」

 サクヤはそれを聞くと、頬を染めていかにも嬉し気に俺に身を寄せてきた。

「……修一様はお優しすぎます┅┅」

「べ、別に優しくないよ┅┅それに君を特別扱いしているわけでもない。誰であろうと、相手を道具のように扱いたくないだけだ」

 多少の照れ隠しもあって、ややぶっきらぼうにそう言うと、サクヤはなおさら感激したように目を輝かせて頷くのだった。


 東京駅に着いた俺たちは、路線バスで自宅がある立川へ向かった。列車やバスが初めてのサクヤは、周囲の景色に目を奪われながら、終始俺を質問攻めにした。

「ここからは歩いて行くよ。もう五分かからないくらいだから┅┅」

「楽しみです、お父様やお母様にお会いして、ご挨拶ができるなんて┅┅」

「┅┅言っておくけど、二人とも能力者じゃない普通の人間だから┅┅君の姿は見えないし、声も聞こえないからね」

「はい、分かっております┅┅でも、物は動かすことができますし、私の言葉は修一様が代わりに言って下さいますから┅┅」

 空中を移動する物体を見て驚く両親の姿を想像して、いささか気が重くなりながら通い慣れた郊外の住宅地を歩いて行った。大通りから右に曲がって、緩やかな坂を登って行くと、坂の頂上の一つ手前、通りを挟んで右側の家が小谷家だ。


「ただいまぁ┅┅」

 インターホンを素通りして、直接玄関のドアの前で声を掛けると、ドアの向こうからバタバタと足音が聞こえてきた。

「まあ、修一、お帰りなさい┅┅歩いてきたの?」

 ドアが勢いよく開き、母がまるで何年ぶりかにやって来た客を迎えるような顔で俺を出迎えた後、辺りをきょろきょろと見回した。

「どうしたんだよ、母さん?」

「ああ、いえね┅┅またあの黒服の人たちがあなたを送ってきたのかと思って┅┅」

「黒服の人?」

「ああ、いいから、いいから、早く入って┅┅疲れたでしょう?」

 母の言葉や態度に不審な思いを抱きながら、半月ぶりに我が家の玄関を上がった。

 サクヤは興味津々の様子であちこちを眺めながら、俺の後から空中に浮かんでついてきた。


「ねえ、母さん、さっきの黒服の人の事だけど┅┅もしかして、政府関係の人じゃない?」

 台所にいた母は、驚いた顔で麦茶とグラスを載せたトレイを抱えて出てきた。

「やっぱり、修一も知っていたのね?┅┅ああ、本当にこんな事って┅┅」

 テーブルにトレイを置いた母は、そのまま崩れるように椅子に座り込んだ。


 射矢王就任の儀の夜、帰り際にミタケノウチノツカサ老人は俺たちに、政府の代表者が近いうちに家族に事情を説明に行くことになっていると告げた。黒服の人たちとは、恐らく政府関係者に違いなかった。

「┅┅昨日の夕方だったわ┅┅父さんも連絡があったからと言って早く帰っていたのよ。そしたら、玄関の前に黒い大きな車が二台止まって、中から黒い服の男の人たちが八人くらいぞろぞろと出てきて┅┅」


 母の話によると、黒服の男たちのうち五六人は、サングラスをかけた体格に良い男たちだったそうで、恐らく護衛のガードマンだろう。後の二人はそれぞれ、宮内庁と官房局の役人と名乗ったそうだ。役人たちは両親に、これから話すことはれぐれも内密にしてくれと前置きした後、政府の中に設けられた特別な機関について説明した。それは、遥か平安時代の昔から、歴代天皇直属の役職として受け継がれてきたもので、今は宮内庁の直属の出先機関であり官房局の中に部署を置く宮内庁特別神祇局というものがあるということだった。

そして、彼らは、驚く両親にさらにこう言った。

「この度、小谷修一様は、宮内庁特別神祇官に就任されました。まことにおめでとうございます。つきましては一週間後、八月二十四日より任務に当たって頂くことになります┅┅」

 二人に役人はその後、俺がこれからやらねばならないことを大まかに説明して帰っていったという。


「┅┅母さんも父さんも、何が何やらさっぱり分からなくて、悪い夢でも見ている気分だったわ┅┅でも、辞令や準備金の小切手を渡されて、それが冗談なんかじゃないって分かって┅┅もうどうしたらいいかわかんなくて┅┅」


「そっか┅┅もう分かっているなら話が早いや┅┅その人たちの話は全部本当のことだよ。自分でも最初は信じられなかった┅┅俺の変な能力が、世界を救うために神様のような存在から与えられた力だったなんてね┅┅でも、訓練をして、同じ力を持つ仲間たちと出会って、だんだん分かってきたんだ┅┅これは俺にしかできないことなんだって┅┅俺はこの役目を果たすために生まれてきたんだって┅┅だから、母さんにも父さんにも喜んで欲しいんだ┅┅俺が小さいときから、俺のことでずいぶん心配をさせたけど、選ばれた子の親なんだと思ってくれたら、俺も嬉しいよ┅┅」


 母は手で顔を覆って泣きながら、何度も頷いた。

「┅┅うん┅┅うん、本当にそうだわね┅┅でも、危険なことは無いのかしら?あなたにもしもの事があったらと、それが心配で┅┅」


「うん┅┅わかった┅┅伝えるよ」

 さっきから、俺の横で泣いたり、母の側に行って慰めたりしていたサクヤが、どうしても母に伝えてくれと言うので、けげんそうに俺の独り言を聞いていた母に言った。

「ああ、実は母さん┅┅驚かないで欲しいんだけど┅┅ここに、俺の横に精霊の女の子が座っているんだ┅┅精霊は普通の人には見えないし、話し声も聞こえないんだけど┅┅」

 俺はそう前置きしてから、サクヤに麦茶の入ったコップを持ち上げるように命じた。


「へっ┅┅あ、あの┅┅まあ┅┅なんてこと┅┅」

 母にはコップが独りでに空中に浮き上がり、またテーブルに下りてきたように見えただろう。サクヤは、ついでに麦茶のポットを持って母のコップに麦茶を注いでみせた。

「これで分かっただろう?この子はサクヤって名前で、俺の手伝いをしてくれている。彼女が母さんにこう伝えてくれって┅┅自分が命に替えて俺を守るから、どうか安心してくれって┅┅」


 母はまだ信じられないといった顔で、空中を鼻でくんくん嗅いでいたが、ようやく納得したように頷きながら言った。

「まあ、そう┅┅さっきから、花のようなとってもいい香りがするって不思議に思っていたけど、妖精さんの匂いだったのね┅┅ありがとう、妖精さん、修一のことよろしくお願いしますね」

「┅┅お任せ下さい、だってさ┅┅それと、妖精じゃなくて、精霊だから┅┅」

「ふふ┅┅はい、頼りにしてます┅┅って、あなた、さっき彼女って言ったわよね?じゃ、じゃあ、その┅┅女の子なの?」

 俺は少し赤くなりながら頷いた。

「う、うん┅┅俺と魂を分けた兄妹みたいなもんでさ┅┅」

「へえ┅┅そうなの?┅┅じゃあ、わたしの娘みたいなものね?」


 俺は、サクヤのたっての願いで紙と筆(ノートと本当の筆はなかったので、サインペン)を持ってきた。彼女はそれを使って、興奮しきりに母と話を始めた。俺はしばらくその様子を微笑ましく見ていたが、これまでの疲れが一気に出てきたように、だるくて急激に眠くなってきたので、二階の自分の部屋に向かった。



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