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精霊王物語  作者: 水野 精
18/46

18 再会

 俺の言葉に老翁は驚いたような表情を見せたが、立ち上がって洞窟の奧へ誘った。

「この奧の牢に入れております」

 俺は頷いて奧へ向かおうとした。

「おい、修一┅┅」

 岩陰から竜騎と沙江、そして彼らの使霊が現れた。

「ああ、いや、なかなか戻ってこねえから探しに来たんだけどよ┅┅深刻そうな様子だったからさ┅┅」

「ああ、すまない┅┅でも、ちょうど良かった。一緒に来てくれないか?」

「もしかして┅┅例の件ですか?」

「うん┅┅この奧にサクヤがいるそうなんだ┅┅話をしに行くところだよ」

 沙江は頷いて他の者たちを促し、俺の後ろから一緒についてきた。ちょうど、きつね岩の真下にあたる部分は、かなり広い洞窟になっていた。

 一本道の通路の左右には幾つかの部屋があり、ランプの光に簡単な木のテーブルや椅子が照らされていた。さらに進んでいくと、やがて突き当たりに一つ、左右に一つずつの三つの鉄格子がついた牢屋が見えてきた。

 ミタケノウチノツカサ翁は、目で右側の牢屋の方だと合図した。


「すまないが、ここで待っていてくれないか。話が聞こえる所までは近づいていい。ただ、二人だけで話がしたいんだ」

 全員が頷いて了承したところで、俺は意を決して牢の前まで歩いて行った。

 薄暗い岩の牢の中で、サクヤはしおれた花のようにうなだれて座っていた。足音に気づいて、一瞬顔を上げかけたが、もう何もかも諦めているのか、それ以上はぴくりとも動かなかった。


「┅┅サクヤ┅┅」

 俺の呼びかけに、一瞬サクヤの体がびくっと反応し、うなだれていた顔がわずかに上を向いた。しかし、彼女は俺を見ようとはしなかった。

「サクヤ、話があって来た┅┅」

「┅┅話?┅┅どうせ┅┅馬鹿な女だと┅┅あざ笑いに来たのでしょう?」

「違う┅┅」

「┅┅話すことなど┅┅ありませぬ┅┅」

「そうか┅┅じゃあ俺が勝手に話すから聞いてくれ┅┅」

 

 俺は一つ深呼吸をして、冷静さを保つよう自分に言い聞かせてから、話を続けた。

「┅┅俺はさっき新しい射矢王になった。いよいよこれから闇の勢力との戦いが始まる。二人の頼もしい仲間たちも来てくれた。ただ、誰もが同じ事を言うんだ┅┅これからの戦いには、俺の使霊であるサクヤが必要だと┅┅でも、俺の考えは違う┅┅」


 サクヤはそこでようやく顔を上げて俺を見た。その顔は相変わらず人形のように美しかったが、俺を見つめる目は暗く、闇の中をさまよっているかのようだった。

「┅┅やはり、私などもう必要ないと┅┅」

「違う、話を最後まで聞け」

 俺の言葉にサクヤは顔を背け、体の向きを変えて俺に背を向けた。俺は必死に自分を奮い立たせながら言葉を続けた。


「俺は、人間も精霊も同じだって考えている。そして、俺も君も、今、こうして生きている┅┅生きているなら幸せを求めるのは当然だ。だって、幸せになるために生きているんだから┅┅そうだろう?サクヤ、君にとっての幸せとはどんなものだ?俺は、君に幸せになって欲しい┅┅そのための道を自分で選んで欲しいんだ┅┅」


 サクヤはゆっくり俺の方に向き直って、今にも泣きそうな顔で俺を見つめた。

 俺は頷いて、微笑みながら続けた。

「┅┅君が決めるんだ、俺の使霊に戻って厳しい戦いの日々に生きるか、それとも愛する人と一緒に穏やかな日々を生きるか┅┅どっちが自分の幸せにつながるか考えてくれ┅┅ただ、言っておくけど、俺の使霊に戻っても、君を愛することはできない┅┅それは君も同じだろう┅┅一緒に戦う仲間というだけだ。もちろん、戦いが終わるまでの関係だ。その後は、あの男と一緒に暮らすことはできる┅┅じゃあ、答えが出たら言ってくれ、俺はこの横で待っているから┅┅」

 俺はそう言い残して竜騎たちのもとへ行こうとした。

「愛するって┅┅」

「えっ?」

「┅┅愛って┅┅何ですか?」


 サクヤの問いかけに、俺は立ちすくんで言葉に詰まった。

「分からないのです┅┅愛って交わりのことですか?」

「ああ、うん┅┅たぶん、愛しているから、そういう行為をしたいと思うんだ┅┅ええっと、俺はまだ子供だろうし、女の子と付き合ったこともないから、君が納得する答えを言えるかどうか分からないけど┅┅愛は、誰かを心から好きになり、その人のすべてを受け入れ、大切にしたいという気持ちだ。だから、愛するっていうのは、相手を幸せにするために努力することだと思う┅┅これで、いいかな?」


 サクヤは急に目を輝かせて、鉄格子の所まで飛んできた。

「で、では、修一様は、私を愛して下さっているのですか?」

 俺はしまったと内心で舌打ちをしたが、自分で言った手前否定することはできなかった。


「あ、ああ、たぶん┅┅」

「私も修一様を愛しております!」

「ああ、いや、ちょ、ちょっと待て┅┅君はあのミズチカヌシと┅┅その┅┅交わりを┅┅したんだろう?じゃあ、あの男を愛してるんじゃないのか?」

 サクヤは眉間にしわを寄せて下を向き、ううんとうなり声を上げて考え込んだ。

「あの┅┅私は┅┅交わりの快楽が好きになって┅┅それを与えてくれるミズチカヌシは大切だけれど、好きではありません┅┅いいえ、むしろあの傲慢さ、にやけた顔は虫酸が走るほど嫌いでございます┅┅これは愛していると言えるのでしょうか?」

 俺も何と答えていいのか分からず、鉄格子を挟んで二人とも考え込んでしまった。

 

 すると、近くで成り行きを見守っていた竜騎、沙江、ミタケノウチノ老翁たちが、こらえきれずに笑いながら近づいてきた。

「いやあ、いいものを見せてもらって、涙が出てきたぜ、あはは┅┅」

「こ、こいつ、人ごとだと思って┅┅」

 

サクヤは急に現れた一団にびっくりして鉄格子から離れ、隅の方に逃げていった。

「まあ┅┅何てきれい┅┅それに可愛い┅┅修一様が悩まれるのも当然ですわね」

「おお、こいつはやべえな┅┅くそう、なんで修一の使霊だけこんな可愛い子ちゃんなんだよ」

「おい、お前等、まだ結論は出てないんだぞ、邪魔すんなよ」

「あら、結論はとうに出ておりませんこと?」

「えっ?いや、まだサクヤの返事は┅┅」


 沙江は小さなため息を吐くと、まず俺に諭すように言った。

「修一様は、大人びたお考えをお持ちなのに、こと男女の事に関しては年相応のお子様ですわね。いいですか、サクヤさんはさっき、愛とは何かと修一様に問われました。それに対する修一様のお答えは、大変ご立派だったと思います。サクヤさんはそれを聞いて、自分も修一様を愛しているとお答えになった。はい、一件落着、でございます」


「い、いや、落着してないし┅┅まだ、戻って来るとも来ないとも言ってないじゃないか」

 沙江は口元に笑みを浮かべながら、今度は牢の中のサクヤに向かって言った。

「サクヤさん、初めまして。私はこの度、射矢王様のお供をするように仰せつかったイミアピカナクルと言います。あなたがこの牢に入れられたいきさつは、修一様から聞きました。そこで、単刀直入にお聞きしますわ。あなたは肉体の快楽を与えてくれるならば、相手は誰でもよかったんですよね?」

 サクヤはそれを聞くと、火のように赤くなり、手で顔を覆って地面にうずくまった。

「お、おい、今のはさすがに酷くねえか?┅┅」

 竜騎のたしなめを無視して、沙江はさらに続けた。

「さっき、あなたは自分でそう言ったのよ。自分は交わりは好きだけど、相手の男は好きじゃない、むしろ嫌いだって┅┅わかるわ、私も女だから。でもね、サクヤさん、本当に好きな人との交わりは、きっとその何倍、何十倍も幸せな気持ちにしてくれるはずよ。あなたは、修一様に出会う前に交わりの快楽を知ってしまった。そして、自分はもう汚れた女だから修一様に愛していただく資格は無いと決めつけてしまったのね。でも、愛しているのは修一様なのよね?┅┅」

 サクヤは顔を手で覆ったまま、何度も頷く。

「だったら、あなたがこれからやることは決まっていますわ。修一様のお側で、とにかく一生懸命お仕えして、いつの日か、修一様があなたを許して下さるのを待つ、それしかないはずよ」

 サクヤは、はっとしたように顔を上げて、涙に濡れた顔のまま、俺の前の鉄格子に飛びついた。

「もしも┅┅もしも、まだ希望がわずかでもあるのなら┅┅私の幸せを求めても良いでしょうか?」

「き、君の求める幸せって、何だい?」


 サクヤは新たな涙を溢れさせながら、愛らしい唇を震わせた。

「┅┅いつの日か修一様に許していただき┅┅修一様の御子を産むことです┅┅」

 俺は顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。言った本人も、真っ赤になってまた顔を手で隠してうずくまってしまった。

                              



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