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精霊王物語  作者: 水野 精
17/46

17 サクヤの秘密

 「射矢王様┅┅少々お話をよろしいですかな?」

 いよいよ騒がしくなっていく宴会の最中に、ミタケノツカサ老人が俺の側に来てささやいた。俺は頷いて、老人と共にきつね岩の下にある狭い抜け道に入っていった。

「実は、他でもないあなた様の使霊、カシワギのことでございます┅┅」

 俺はなんとなく予想していたので、黙って頷いた。


 老人は抜け道の先にあった割に広い空洞で立ち止まり、杖で地面をちょんと叩いた。すると、地面から白く平らな岩が出てきて、座るのにちょうど良い高さで止まった。彼は俺に座るように勧め、自分も岩を出して俺の正面に座った。

「先日、ミタケノミズチカヌシの使霊たちから、一切の事情は伺いました。本来なら、今宵はかの者も射矢王様の使霊として、公にお披露目する予定でございました。なれど、こたびの不始末を起こした手前、そうするわけには参りませんでした┅┅」

「┅┅俺がもう少し我慢すれば良かったのです。ご迷惑をおかけしてすみません┅┅」

「いやいや、それは違いまするぞ┅┅あなた様のお怒りはもっともなこと┅┅ただ、ミタケノミズチの振る舞いは論外として、カシワギのことは、我としてもいささか哀れに思いましてな┅┅かの者のことであなた様にも知っておいていただきたいことがございますので、少しお話をさせていただきたいのですが┅┅」

「はい、ぜひ聞かせて下さい┅┅」

 老人は頷くと、こう言った。

「もともとかの者は、あなた様に敵対する闇の者の魂から生まれました。驚かれるのも無理はありません。あれは、他に類を見ない奇跡でした┅┅」

 俺の驚きに頷きながら、老人は続けた。


「┅┅今から二千三百年ほど昔のことでございます。大陸で一つの国を滅ぼした大妖魔が、この国をも滅ぼさんと、海を渡ってやって参りました。その者の名は妲己だっき、この国では九尾の狐として知られております。未曾有の国難を予見されたミタケノヌシは、この闇の大妖魔を迎え撃つために、自らの御霊を分けて、一人の英雄を生み出されました。それが、ヤマトタケル、あなた様でございます。

 ヤマトタケルは数々の修行を経て、精霊の王にふさわしい力をつけていきました。そして、ミタケノヌシから弓矢を持って魔を討つ英雄、射矢王の称号を授かり、ついに妲己と相まみえることになったのでございます。

二人の戦いは、多くの精霊や妖魔たちをも巻き込んだ激烈なものとなり、いつ果てるともなく続くかに思われました。ところが、いつしか戦いの中で、ヤマトタケルと妲己はお互いを愛するようになっておりました。人の姿になった妲己は、かの大陸の王たちをも惑わせ骨抜きにしたほどの美しさ、さしものヤマトタケルもこれまでかと、二人の密かな逢い引きを知るものたちは噂しました。されど、事実は逆でした。妲己の方がヤマトタケルに身を焦がすような恋をしていたのです。

 妲己は戦うことも忘れて、ヤマトタケルのもとへ昼も夜もなく通い続けました。当然、それは闇の者たちの怒りを買うことになりました。ただ、普通の妖魔では妲己の相手にもなりません┅┅そこで、妖魔たちは闇のヌシに懇願して妲己よりもさらに高位の妖魔をこの世に引きずり出すことに成功しました。その妖魔を、大陸では共工、西洋ではベルゼブルあるいはバルバロス、デーモンとも呼びます┅┅」


「デーモン┅┅悪魔か┅┅」


「その妖魔の前には、さしもの妲己もかないません。しかし、ヤマトタケルは愛する妲己のために、共に戦うことを決意したのでございます。二人は力を合わせて良く戦い、後一歩で妖魔を倒すところまで追い詰めました。


 ところが、ここで大きな不運が二人を襲ったのでございます。那須高原の戦いで深手を負った妖魔は、毒を吐き出す岩のある場所に逃げ込もうとしました。それを追っていったヤマトタケルは、不覚にも毒の混じった空気を吸ってしまい倒れてしまったのです。それを見た妖魔が鋭い爪で、彼の背中に致命的な一撃を加えようとしました。やっと追いついた妲己はそれを見て、自分の命を省みずヤマトタケルの体の上に覆い被さったのでございます。


 妖魔の爪は、妲己の体を深く抉り、多量の血が流れ出ました。ヤマトタケルは、かすむ意識の中で、愛する者の最後の姿を見ました。彼は激しい怒りと悲しみに包まれ、いつしか鬼のごとき姿に変わっていました。彼は心を失ったまま、妖魔に襲いかかり、その右手と左足をあっという間に引きちぎってしまいました。


 恐れをなした妖魔は、命からがら大陸の方へ逃げ去ったのでございます。その後、ヤマトタケルは、ミタケノヌシのお力で元に戻りましたが、妲己を失った悲しみは大きく、生きる気力を失ったかのようでした。それを哀れに思われたミタケノヌシは、妲己の魂をやがて生まれる赤子に宿らせようとお考えになりました。しかし、闇の者の魂は、そのままではこの世の人間には宿らせられません。そこでヌシ様は、ヤマトタケルの魂を分け取って妲己の魂と混ぜ合わせ、精霊として生まれ変わるようにお計らいになったのです。それが、後にヤマトタケルの妻となるオトタチバナヒメなのでございます。

 ここまでお話すれば、もうお分かりでしょう?カシワギは、オトタチバナヒメの生まれ変わり、つまりは、妲己の生まれ変わりなのです┅┅」


 老人の話を聞くうちに、俺の意識は遥か時の彼方を超えて、古い映画の一コマ一コマのような記憶の映像をよみがえらせていた。髪型や服装は異なり、顔かたちも違うけれど、その映像の中で俺に微笑みかける妖魔の女は、確かにサクヤだった。そして、数十年後、死にかけた俺の体にとりすがって泣いている若い女も、やはり生まれ変わる前のサクヤだと分かった。


「┅┅カシワギの魂は闇の力の影響を受けやすい┅┅欲望、嫉妬、恨み、憎しみ┅┅そうした闇につながる感情にさらされると、あの者の中にある闇の部分が力を増し、理性では自分を抑えられなくなるのです。こたびのことも、恐らくミタケノミズチが持つ悪しき欲望に、あの者の魂が同調した結果でしょう┅┅」


「そんな不安定な魂を持っているなら、なおさら今後の戦いには使えないのではないですか?なぜ、ヌシ様は彼女を使霊にしようと思われたのでしょうか?」


「まことに、しかり┅┅」

 ミタケノウチノツカサ翁は深く頷いて、俺を慈父のような眼差しで見つめた。


「┅┅そのことをお話する前に、射矢王様は人間をはじめ、この世に生きとし生けるものがすべて、光と闇の交わりによって生まれることをご存じですかな?」


「はい、陰と陽という言葉で、サクヤから聞きました┅┅」


「左様┅┅この世界は光、陽の世界と言われますが、実は闇、陰の世界と表裏一体の関係にあります。闇の世界にもヌシ様と同じ闇の世界の創造主がいる┅┅二つの世界はそのままでは何物をも生み出せませぬ。混沌と呼ばれる空間の中で、二つの世界を構成する要素が混じり合い、力を及ぼし合うことで、物質が生まれ、それぞれの世界に分かれて帰って行く、これがこの世の始まりから繰り返されてきた世界創世の営みなのでございます。

 この世界の生き物の魂は、光の要素を多く持って生まれますが、生きているうちに闇の部分に大きな力を注いでしまうと、死んだ後も光のもとへ帰ることができず、この世に残ったり、他の魂を取り込んで闇の力を増し、いわゆる悪霊、妖怪と呼ばれるものになってしまいます。

 さて、そこで、カシワギについてですが、あの者の魂はもともと闇の世界でしか生きられないはすのもの┅┅それがヤマトタケルの魂を混ぜることによって、光の世界で生きることができ、そればかりか、闇の者と戦う存在にまでなることができた┅┅これは未だかつて起こりえなかったこと、奇跡なのです。ヌシ様は、ご自分が偶然生み出されたこの奇跡が、なぜ可能になったのか、その理由をぜひ知りたいとお考えなのです┅┅そして、その奇跡のカギとなるのは、ヤマトタケル、あなた様に違いないとも┅┅」


「┅┅つまり、これは危険を伴った大きな実験、ということですか?」

「そうお考えになってもかまいませぬ┅┅ただ、ヌシ様は信じておられます、あの者は、あなた様のお側にいる限り、闇に魂を支配されることはない、と┅┅」

(そんな勝手な┅┅卑怯じゃないか、俺に選択の余地もないなんて┅┅)

そう喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。


「お話は分かりました┅┅ヌシ様は、これからも俺がサクヤを使霊として側に置くことをお望みなのですね?」

「はい┅┅この爺もできればそうして頂きたいと願っております。されど、最終的にお決めになるのはあなた様です┅┅それがどんなものであれ、誰も反対はいたしませぬ」


「いいえ┅┅最後に決めるのはサクヤです。今、彼女はどこにいるんですか?」



いつも読んでくださってありがとうございます。

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