16 新精霊王誕生の夜 3
俺は確かにその老人を知っていた。前世の記憶の中に刻み込まれていたに違いない。それが引き金になったかのように、俺の頭の中に、次々に古代の様々な記憶の断片が浮かんでは消えていった。
「ああ、確かにそうだ┅┅俺はかつてここに来たことがある┅┅」
老人はさも懐かしそうに俺を見上げて何度も小さく頷いた。
「また、こうしてお会いできて、感無量の思いでござりまする┅┅」
老人はそう言って頭を下げてから立ち上がり、俺の両側に座った竜騎と沙江に目を向けた。
「サキツノミコザノタラシヒコ、イミアピカナクル、よくぞ来てくれた。射矢王のこと、きっと守り支えてやってくれ」
竜騎と沙江はいったん立ち上がって、老人の前に片膝をつき頭を垂れた。
「はっ、この命にかえてお守りいたします」
「必ずや、ヌシ様のご期待に応えてみせます」
「うむ、うむ┅┅なんとも頼もしき若者たちじゃ┅┅では、皆も待ちかねておるじゃろう、始めるかのう┅┅」
老人はそう言うと、舞台の前の方へ進んでいった。
ざわめいていた群衆が、老人の姿を見てしーんと静まり返った。
「かしこくも、ミタケノヌシの御前にて、新しき射矢王着任の儀を執り行いたてまつる。われミタケノウチノツカサ、ここに謹んで、御霊を賜りし御子たるヤマトタケルの再生を宣告す。この者こそ、新しき精霊の王、射矢王なり┅┅」
老人は厳かな声でそう叫ぶと、後ろを振り返って俺に手を差し伸べた。
俺は立ち上がって、老人の横に進み出た。すると老人のもとへ、先ほどの光る衣をまとった女官の一人が、きれいな布に包んだ何かを持ってきて老人に手渡した。老人はそれを大切におし頂くと、布を丁寧に開いていった。中から現れたのは、不思議な形をした一本の剣だった。俺は、その剣に見覚えがあった。
老人は片膝をついて、その剣を俺に捧げ、声高に叫んだ。
「さあ、今こそ、ここに集まりし者たちに、射矢王の証を示したまえ!」
突然、射矢王であることを証明しろと言われて、普通なら戸惑うところだが、なぜか分からないが、俺は次にやるべき事を知っていた。
俺は七つの枝が分かれ出た剣、七枝刀を受け取ると、それを天に向かって突き上げた。すると、七つの枝の先が別々の七つの色の光を放ち始め、次の瞬間、七色の光が帯となってに草原の上に美しい虹を描いたのであった。
草原に集まった精霊、妖怪たちから大きなどよめきが起こり、やがて歓喜の叫びとなって辺り一帯を包み込んだ。
ミタケノウチノツカサ老人は、満足そうに頷きながら俺を見てから、さっと片手を上げた。騒いでいた群衆はすぐに静かになり、老人は後ろの竜騎と沙江にも前に来るように促した。そして、二人が俺の横に立つと、両手を天に向かって差し伸べて叫んだ。
「ミタケノヌシよ┅┅ここに新しき射矢王は定まれり。また、射矢王の守り人たるサキツノミコザノタラシヒコとイミアピカナクルも健やかに育ち、射矢王と共にここにあり。願わくば、この者たちに祝福を与えたまえ」
老人の言葉が終わると、草原を照らしていた柔らかな光の中から、一条の強い光が降り注いで俺たちを照らした。そして、突然どこからともなく厳かな声が聞こえてきた。
〝これは我が愛する子ら┅┅常世の祝福を与ゆるものなり┅┅ヤマトタケル、我が愛し子よ、再びそなたに苦難の道を歩ますること、すまなく思う。どうか許してくれ┅┅〟
「いいえ、この命はあなたに頂いたもの、そしてこの世界の平和のために捧げることを使命として生まれてきたものです。今、すべてのことを思い出しました。俺は、俺のやるべきことを精一杯やるだけです」
〝┅┅ああ、愛し子よ┅┅そして愛し子とともに戦ってくれる同胞の子らよ┅┅我のできることには限りあれど、せめて汝らに新たなる力を授けよう┅┅〟
ミタケノウチノツカサ老人が、もう一人の女官が持ってきた三つの首飾りを俺たち一人一人の首に掛けていった。するとそれぞれの飾りにはめ込まれた宝石に、空から光が差してきて吸い込まれていった。
〝そなたたちにとこしえの祝福を┅┅〟
その声と共に、まばゆい光は空に消えていった。
「これにて、新しき射矢王就任の儀は滞りなく終了した。今こそ、我らは新しき射矢王の下、心を一つにして来たるべき闇の者どもの侵攻を撃退せねばならぬ。明日よりは、皆それぞれの持ち場において、心してそのお役目を果たすのじゃ」
ミタケノツカサ老人の声に、群衆は割れんばかりの叫び声で応えた。
「では、ここからは無礼講じゃ、今宵はめでたい夜じゃ、心ゆくまで楽しもうぞ」
再び、先ほどよりも大きな歓声が草原全体に響き渡った。
老人はにこにこしながら俺たちを促して、いつの間にか舞台に用意された祝宴の席へ誘っていった。
琵琶や太鼓、横笛など古代の楽器が賑やかに音楽を奏で、美しい精霊の娘たちが優雅に舞い踊る┅┅満月が照らす樹海の中の草原は、時を逆行して古の夢の中に包まれていた。
俺も竜騎も沙江も未成年だったので、酒は飲まなかったが(竜騎は飲みたがったが)、雰囲気だけで十分酔いそうだった。果物を搾ったジュースを飲み、次々に運ばれてくる珍しい料理を食べ、何度も手を引かれて踊りの輪の中に入り、でたらめな踊りを踊って群衆の笑いを誘った。竜騎も沙江も心から祝宴を楽しんでいるようだった。




