15 新精霊王誕生の夜 2
「おおい、ミナセ、いるか?」
渓流の岸に下りて呼びかけると、すぐに目の前の川面が盛り上がってきて、着物姿の小さな女の子が飛び出してきた。少女はすぐに俺の背中に飛び乗って首にしがみついた。もしも、ミナセが普通の人間に同じ事をしたら、きっと背筋がぞっとして肩が重くなるという、いわゆる憑依現象を引き起こすに違いない。写真を撮れば、背後霊のように写るだろう。
「ミナセ、おしらせは届いたか?」
「うん、来たよ」
「きつね岩って、知ってるか?」
「うん、行ったことあるよ」
「じゃあ、俺とあと二人人間がいるけど、一緒に行こう、案内を頼むよ」
「やったぁ、修一と一緒、修一と一緒┅┅あ、そうだ、フウロも一緒に行こうって言ってた
┅┅フウロも一緒でいい?」
「ああ、いいとも。フウロはどこにいるんだ?」
「あそこの森の大きなモミの木に住んでるよ」
「よし、じゃあ背中にしっかりつかまってるんだぞ」
俺はミナセを背負ったままゆっくりと空中に浮かび上がり、上流の森に向かって飛んでいった。
いつしか、夕焼けが辺りを染める時間になっていた。俺はミナセと彼女の友だちのフウロという妖怪と一緒にキャンプに帰った。すでに、テントの傍らには、それぞれの故郷の民族衣装で正装した竜騎と沙江が待っていた。
「おお、二人ともかっこいいな、よく似合ってるよ。でも、なんとなく似ているような┅┅」
俺は地上にゆっくりと下りながら交互に二人を眺めて言った。
「やっぱりそう言うか┅┅今、俺たちもそう話していたところだ┅┅」
「仕方ありませんわ┅┅私たちアイヌと沖縄の人はDNAが近くて、日本に最初に住み始めた縄文系の子孫だと言われてますから┅┅古代の風俗も似ているのでしょう┅┅」
沙江は似ていると言われたことが心外といった顔でそう言った。
「ところで、その後ろのチビとイタチみたいなのは何だ?」
「ああ、そうだった┅┅ほら、ミナセ、フウロ、ここにいるのは、これから俺と一緒に悪い奴らと戦ってくれる勇者たちだよ。こっちが沖縄から来た古座竜騎、こっちは北海道から来た忌野沙江だ。ご挨拶しなさい」
俺の背中に隠れていたミナセとフウロは、恐る恐る前に出てきて地面に立った。
「お、お初にお目に掛かります。アツタマノミナセノヨルベカワモリにございます。どうぞよろしくお願いします」
「アマツノフウロヤスモリにございます。お目通りいただき、光栄に存じます」
「まあ、可愛い┅┅ミナセにフウロね、よろしくね」
「俺は竜騎だ、よろしくな。ふーん┅┅おまえ、人間の姿をしてるってことは、かなり高位の精霊だな┅┅どんな術が使えるんだ?」
「えっと┅┅どこでも水を出せます┅┅それと┅┅」
「こいつを消せるか?」
竜騎がそう言って手を上げ、短い詠唱をつぶやくと、彼の頭上に大きな火球が現れた。彼はそれをボールでも放るように、草原の方へ投げた。
ミナセはちらりと俺の方を見た。俺が小さく頷くと、わずかに微笑んで前を向き、大きく両手を上げた。
「えーいっ┅┅やああ┅┅」
可愛い声と共に、ミナセの気が膨れあがり空中に多量の水の塊が現れた。少女はそれを草原の上に浮かんでいる火球にぶつけた。ジューッという音と大量の水蒸気が発生し、夕暮れの空へ立ち上っていく。
「おお、すげえ、すげえ┅┅あはは┅┅おまえ、やるじゃねえか、気に入ったぜ┅┅」
竜騎に誉められ抱き上げられて、ミナセは嬉しそうに頬を染めてはにかんだ。
「それじゃあ、そろそろ出発しようか。ミナセ、フウロ、道案内を頼むよ」
俺の声に全員が頷いて、緊張した表情に変わる。
竜騎と沙江はそれぞれの使霊の背に乗って空中に浮き上がっていく。俺も本来なら、変身したサクヤの背に乗って行くはずだったのだろう。しかも、服装はTシャツにジーパンという、晴れの舞台にはなんともそぐわない姿だった。
フウロの背に乗ったミナセを先頭に、俺たちはまだ明るさの残った地上の景色を見渡しながら、一路富士山の方向へ飛び続けた。
「ほら、あそこ、見えてきたよ、きつね岩┅┅」
きつね岩は、富士山に近い樹海の中にあって、その名の通り、シルエットが狐のように見える巨大な岩だった。上からその場所を見ると、恐らく古代の火口の一つだったに違いない。きつね岩を含む切り立った岩山が周囲を囲み、内部は周囲一キロほどの大きな草原になっていた。ここがその昔、ヤマトタケルも受けたという精霊王就任の儀式が行われる場所だった。
すでに草原には日本の各地から集まった土地神、精霊、妖怪などがたくさんの塊になって座り、賑やかに談笑していた。俺たちはゆっくりと高度を下げて、なるべく目立たないように草原の端の方に下りていった。だが、さすがにゴーサやイサシの姿は、飛んでいるときから群衆の目を引くには十分だった。どよめきが波のように押し寄せ、俺たちの周囲には、遠巻きに人垣ができてしまった。
「うわあ┅┅こんだけの数の異形が集まると、さすがに迫力だなあ┅┅」
「んん┅┅俺はこれから、どうしたらいいんだろう?」
俺のつぶやきに、竜騎も沙江もさすがに答えは持っていなかった。
「あ、おい、修一、お迎えが来たみたいだぜ」
竜騎がきつね岩の方を指さしながら言った。そちらの方角から、光をまとった古代の衣装を着た三人の女性が近づいてきていた。
「お待ちいたしておりました、小谷修一様、古座竜騎様、忌野沙江様。どうぞ、こちらへ」
俺たちは三人の女性に促されて、きつね岩の方へ歩き出した。
「ミナセ、フウロ、岩の近くでゆっくり見物していてくれ┅┅」
俺の言葉に、二人は頷いて大勢の群衆の中に入っていった。
きつね岩の前は広く平らな岩の舞台になっており、ちょうどきつね岩が舞台背景のように高くそそり立っていた。俺たちはその舞台の上に連れて行かれ、中央にある岩の台座に座らされた。
「へへ┅┅なんか、ライブコンサートの本番前って感じだな┅┅」
「ああ┅┅コンサートには行ったことないけど、よく分かるよ。しかし、こんな暗い中でやるのかな?」
「たぶん、光の演出はあるはずですわ┅┅月明かりだけなんて寂しすぎますもの」
沙江の言葉で、俺は初めて正面の東の空に上り始めている大きな満月に気がついた。
と、その時だった。突然空が明るくなり、柔らかな光が草原全体に降り注ぎ始めたのである。そして、富士山のある左手の方角から、ひときわ輝く何かがゆっくりと舞台の方へ近づいて来たのだった。
やがて、その輝くものが三人の人物だと分かった。真ん中に白髪で長い口ひげを貯えた老人、その両側には何かを手に持った二人の女性がいた。彼らは舞台の上に降り立つと、老人だけが俺たちの方へゆっくりと歩み寄ってきた。
「┅┅タケノウチノ┅┅スクネ┅┅?」
自分でも分からないうちに、俺の口からそんな言葉が漏れていた。
「おお、覚えていて下されたか、お久しゅうござりまするなぁ、ヤマトタケル様┅┅」
老人は俺の前まで来ると、そう言ってひざまづいた。
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