14 新精霊王誕生の夜
いつも読んでくださってありがとうございます。
テントの中は賑やかな笑い声に溢れていた。
竜騎と沙江は、それぞれの故郷で今日まで受けてきた訓練と、聞かされてきた役目について詳しく語ってくれた。おかげで、それまで知らなかった神社の歴史や使霊との関係などを知ることができた。
「┅┅そうだったのか┅┅でも、なんかすごいね。神様とか悪魔みたいな存在が本当にいて、歴史の中で何度も戦いを繰り広げてきたんだね。そして、来たるべき戦いに備えて、全国の神社が協力して能力者を育てているなんて┅┅まったく知らないことばかりだよ」
「まあ、一年無駄にしたんだから、しかたねえな。修一様の使霊も、訓練のことで精一杯で、詳しい事情を教える時間がなかったんだろう┅┅」
「いいえ、一年どころではありませんわ┅┅本来なら、六歳頃から語り部の精霊がお役目について語ってくれるので、知らず知らずのうちに覚えていくはず┅┅でも、修一様は┅┅」
「あ、あはは┅┅いやあ、茶色い爺ちゃんが毎晩話してたらしいけど、俺、聞いてなくて┅┅それと、修一様ってのは、やめてくれないかなあ┅┅何度も言うようだけど┅┅」
「ダメです。主従のけじめはきちんとつけるべきです」
「んん┅┅まあ、そんなに言うんだったら、俺はいいぜ。これからは修一って呼ぶことにする。もちろん、命令は守るし、ちゃんとけじめはつけるんで安心していいぜ」
「竜騎はすでに言葉遣いがけじめをなくしていますけど┅┅」
「いやあ、そこはかんべんや┅┅普段敬語なんて使ったことねえし、さっきの挨拶だって、お婆に特訓されてやっと覚えたくらいでさあ┅┅」
俺が腹を抱えて笑い出すと、精霊の二人もつられて笑いだし、とうとう仏頂面だった沙江も我慢できずに笑い出した。
「ときに、修一様、先ほどわけあって使霊は今はいないとのお話でしたが、なにかお役目で出かけているのでしょうか?」
沙江の使霊イサシが俺に質問した。
「ああ、いや┅┅なんというか┅┅ケンカ┅┅じゃないよな┅┅んん┅┅理由はちょっと話せないけれど、別れたんだ┅┅もう、戻ってはこない┅┅」
俺の答えに、全員が茫然として言葉を失った。
「そ、そんなこと┅┅ありえない┅┅だって、私たちと使霊って、切っても切れない関係でしょう?魂を分け合った存在なんだから┅┅」
「うん、どう考えてもそいつはおかしいな┅┅いったい何があったんだよ。よかったら話してくれないか?」
「ええ、わけを話してもらって、私たちにできることがあれば何でもいたしますわ。これからの戦いを考えたとき、あなたに使霊がいないということは決定的に不利な状況になるのです。修一様、これはあなただけの問題ではありません」
俺はしばらく目をつぶって考えていたが、確かに他の者たちの命に関わる問題だと言われれば、このまま無視するわけにもいかない。
「わかった┅┅いきさつを話すよ┅┅ただ、俺の使霊をどうするかについては、俺にまかせてほしい。それでいいかな?」
全員がしっかりと頷いた。そこで俺は、ありのままの事実とミズチカヌシの使霊たちが第三者的に判断した内容を語った。
「┅┅というわけなんだ┅┅まあ、俺もついかっとなってやっちゃったけど┅┅ある意味早く分かって良かったって思ってる┅┅」
俺の話を聞いて、竜騎と二人の使霊は訳が分からないといった顔でしきりに首をひねり、沙江は深刻な顔でじっと考え込んでいた。
「ううん┅┅そんな深刻に考える問題かぁ?そのなんとかのヌシっていういけ好かねえ奴をぶっ飛ばして、これは俺の女だ、こんりんざい近づくんじゃねえって言ってやれば、それで終わる話だろ?」
竜騎の言葉に、使霊の二人もうんうんと頷いている。
「いいえ、そんな単純な話じゃないわ┅┅一番の問題は、修一様がサクヤさんだっけ、彼女に泣いた理由を問いただしたとき、彼女が答えなかったことよ┅┅」
沙江の言葉に、俺たちは彼女の方へ体を向けて注目した。
「┅┅本当なら、すぐ答えられたはずだわ。彼女が泣いた理由は、そのミズチっていう土地神が自分の主人を侮辱し、自分の知られたくない過去をばらしたこと、それが原因のはず。
でも、彼女は答えられなかった。それはなぜか┅┅修一様は、そのとき気づかれたのよ┅┅彼女の心に、自分以外の愛する者が存在することに┅┅」
俺はその時のことを思い出して、胸を締め付けられるようだった。
「┅┅使霊が自分の主人以外を愛していたら、とうてい命がけのお役目なんてできるはずがない┅┅修一様が思いきって彼女を切ってしまわれたのも納得できるわ┅┅ただし┅┅」
沙江は苦悩する俺に優しい眼差しを向けて続けた。
「┅┅すみません、修一様┅┅あなたのお苦しみは十分分かっているのですが、これは、私たち全員の問題でもありますので、もう少しお話を続けさせて下さい」
「ああ、大丈夫だよ┅┅君の考えを聞かせてくれ」
沙江は頷いて、竜騎たちを見回しながら続けた。
「問題が単純ではないと言ったのは、どうしてもサクヤさんには戻ってきてもらわないといけないってことなの┅┅ええ、修一様のお気持ちはよく分かります、自分を裏切った使霊は許せませんよね┅┅でも、それを曲げてお願いいたします┅┅」
「待ってくれ┅┅どうしてそこまで彼女が戻ってくることにこだわるんだ?」
「はい┅┅それは、二つの大きな問題につながっているからです┅┅」
「二つの問題?」
「はい┅┅一つは能力者と使霊が力を合わせてできる奥義が発動できないこと。もう一つは、
私も祖父から簡単な説明しか聞いていないのですが、能力者は自分の能力の限界を超えて精霊を体内に取り込むと、精霊に体を乗っ取られてしまい、自我も失って凶悪な化け物になると聞きました。そして、それを防ぐために使霊がいるのだと。詳しいことは、ミタケノヌシ様にお伺いしろと祖父は言いましたが、いずれにしても、これから厳しい戦いに赴かれる修一様には、絶対に使霊が必要なのです」
沙江が語った内容に、俺の心はかき乱され整理がつけられなくなった。
「┅┅話は分かったよ┅┅しばらく考えさせてくれないか。といっても、明日は儀式があるから、それまでには結論を出す、約束するよ」
沙江も竜騎も二人の使霊たちも心配そうに頷いた。
「┅┅あはは┅┅せっかく来てくれたのに、のっけから何か深刻な話になっちゃって申し訳ない┅┅腹減っただろう?今から近くの俺の婆ちゃんの家に行こう。君たちには今夜はそこに泊まってもらうことにするよ」
沙江と竜騎はちょっと顔を見合わせてから、微笑みを浮かべた。
「俺は一応寝袋を持ってきたけど、畳の上で寝られるならありがたい話や」
「私も御殿場かどこかにホテルをとるつもりでしたので、助かりますわ」
「うん┅┅じゃあ、そういうことで。行こうか」
話は決まり、俺たちはそろってテントを出た。太陽はすでに中天近くに上り、まばゆい光に全員が目を細めて夏の空を見上げた。と、その時だった。
「おや、何かが落ちてきます┅┅」
ゴーサがそう言って右手の空を指さした。彼が指す方を見ると、確かに何か小さく黒い三つの物体が、ひらひらとこちらに向かって近づいてきていた。そして、それはまるで生き物のように三つに分かれて、俺と竜騎、沙江の前にゆっくりと下りてきた。
「大きな葉っぱだな┅┅ん、何か書いてあるぞ」
竜騎の言葉に、俺と沙江も葉っぱの表面に書かれた黒い文字に目を凝らした。そこには、こう書かれていた。
『こよひいぬのこくきつねいわにていやおうしゅうめいのぎとりおこなう』
「┅┅んん、何て書いてあるんだ?沙江、通訳頼む」
「戌の刻は、今の時間で午後八時くらいよ。つまり、今夜八時に、きつね岩って所で射矢王、つまり修一様の精霊王就任の儀式を行うってことよ」
沙江が皆にそう説明した直後、葉っぱは手の中で光となって消えていった。
「修一様、きつね岩の場所はお分かりですか?」
「いや、俺は知らない。でも、大丈夫だよ、知り合いの精霊や妖怪がいるから、後で聞いておくよ」
「へえ、精霊王ともなると顔が広いんだな」
「竜騎ったら気づいてないの?ほら、周りにいっぱいいるじゃない」
「ああ、もちろん気づいてたさ┅┅俺たちがここに来た頃から、ぞろぞろ集まってきてやがったからな┅┅だがよ、物分かりが良さそうなのは、あんましいねえみたいだぜ┅┅」
俺たちはそんな話をしながら、祖母の家まで歩いて行った。
祖母は、家の近くの畑で草取りやトマト、茄子などの収穫をしていたが、俺たちの姿を見ると驚いたように野菜が入った竹かごを抱えて近づいてきた。
「┅┅そんなわけで、今夜二人を泊めてやってほしいんだ。いいかな?」
俺は二人を遠くから遊びに来た友だちだと紹介した後、そう付け加えた。
「まあ、まあ、こんな所までわざわざ来ていただいて、大変でしたねえ┅┅よかったら、何日だって泊まっていって下さい┅┅ご馳走はできんけど、お米と水だけはおいしいからね」
「はい、ありがとうございます。では、遠慮無くおじゃまさせていただきます」
「いやあ、すんませんね。何か力仕事とかあったら、言って下さい。ばりばりお手伝いしますんで┅┅」
「はいはい、それじゃあ、早速これを炊事場まで運んで下さいな」
「はいよ、お安いご用で」
急な来客にも祖母はまったく動じなかった。にこにこしながら俺たちを家の中に招き入れると、早速座敷に竜騎の荷物を入れ、沙江の荷物は奧の祖母が普段使っている部屋に持って行った。
「沙江さんはこの部屋を使って下さいな。後でお布団を持ってきますね」
「でも、ここはお婆様がお休みになるお部屋ではありませんか?」
「いいんですよ、わたしは茶の間で十分ですから┅┅それに、沙江さんみたいな可愛いお嬢さんに、もしものことがあったら大変ですからね」
祖母は恐縮する沙江にそう言ってから、急に何かに気づいたように沙江を見つめて続けた。
「あっ、でも、余計な気遣いでしたかねえ?あの、竜ちゃんでしたっけ、あの子は沙江さんの彼氏さんですか?だったら、同じ部屋の方が┅┅」
「ち、違います、全然違います」
沙江は真っ赤になって慌てて否定した。
「あはは┅┅ごめんなさいね。じゃあ、ここを使って下さいな。ドアも内からカギが掛けられますからね」
祖母はそう言って出て行こうとして、ふいにドアのところで振り返り、まだ赤い顔の沙江に言った。
「沙江さんは、修坊と同じ学校なの?」
「あ、いいえ、あの┅┅違います」
「そう┅┅いえね、修坊が今までお友だちのこととか、ましてや女の子のこととか話したことなんかなかったから、びっくりしちゃって┅┅」
確かに、突然現れた自分たちには驚いたことだろう。だからといって本当のことを言えば、もっと腰を抜かすほど驚かせるに違いない。だが、近いうちにある程度の事実は話さなければならないだろう。そこは修一に任せるしかない。
沙江は少し考えて、こう答えた。
「修一さんは┅┅とても大切な、お友達です」
祖母はそれを聞くとにっこり微笑んで頷き、ドアの外へ出て行った。
少し遅めの昼食は、とても賑やかなものになった。沙江も竜騎も普段から年寄りと一緒に暮らしているので、祖母ともすぐに打ち解け、話を合わせるのも上手だった。
「ああ、うまかったぁ┅┅久しぶりにおふくろの味ってやつ?堪能させていただきました」
「まあ、ごめんなさいねえ、野菜の天ぷらとお味噌汁ぐらいなのに、そう言ってもらえるなんて┅┅沙江さんにも手伝ってもらって助かったよ。今夜は、お肉を買ってきてバーベキューでもしようかね?」
祖母の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。ここはやはり俺が話すべきだろう。
「ああ、ええっと┅┅あのさ、婆ちゃん┅┅今夜は俺たち、皆で、か、河口湖まで行く予定なんだ┅┅」
「はれ、まあ┅┅河口湖でなんかあるのかい?」
「う、うん、祭りみたいなもんかな┅┅ごめん┅┅また、今度バーベキューやろうな」
竜騎も沙江も、俺の後ろで頭を下げていた。
「ああ、そうだね┅┅うんうん、しっかり楽しんでおいで┅┅若いときにしかできないことは、後でやろうと思ってもできないもんだ。思いっきりはめ外しておいで」
「あはは┅┅そんなたいそうなことはしないけどな┅┅ちょっと遅くなるかも知れないけど、ちゃんと帰って寝るから┅┅」
「ああ、ええよ。玄関はずっと開けておくからね」
昼食が終わって、俺は二人と午後の七時にテントの所に集まる約束をして、キャンプに戻っていった。サクヤのことについて、一人でしっかり考えたかったからだ。
太陽はすでに林の向こうに隠れ、草原を渡ってくる涼しい風がテントの中を吹き抜けていく。テントの中に寝転んで、天井に揺れる木の葉の影を見つめながら、俺は沙江が話してくれた使霊の必要性について考えていた。
(┅┅確かに、奥義があるとすれば、それを使えないのは戦いにおいて不利だ。だが、決定的かどうかは、その奥義がどんなものか見てみなければ判断できない┅┅もう一つの方は、何だかよく分からないな┅┅これも、詳しく話を聞くまでは判断ほしようがない┅┅というわけで、サクヤに戻ってきてもらう件は、二つの問題が分かった後、あいつ自身に決めさせることにしよう。あいつの幸せのためにも┅┅)
俺はそう決意すると、テントを出て草原の向こうの谷へ向かった。




