13 最強の仲間
俺は可愛い水の精霊に別れを告げて、草原への坂道を登っていった。
「ん?な、何だ、あれは┅┅」
草原に出てキャンプ場所へと帰ろうとしたとき、そのテントがある近くの空に、二つの巨大な浮遊物が浮かんでいるのが見えた。一方は明らかに褐色のドラゴンの姿をしており、もう一方は木の上に留まった金色に輝く鳥に見えた。
俺は戦闘モードに移行しながら空中に浮遊し、ゆっくりと近づいていった。
「あれ?誰かいるな┅┅二人┅┅誰だろう?」
上の方ばかり気にしていた俺は、テントの脇に二人の人物が立っていることに初めて気づいた。向こうはとうに俺に気づいていたようで、視線を向けて、明らかにただ者ではない強い気を放っていた。姿がはっきり見えるところまで近づいてみると、俺と年の近い男女であることが分かった。
俺は彼らから二十メートルほど離れた場所に降り立った。すると、まず白いつば広の帽子を被った外国人のような顔立ちの色白の少女が、俺の方へ近づいてきて俺の二メートルほど前でさっとひざまづいたのである。
「初めてお目に掛かります。私は北の守りを仰せつかった於呂内の神に仕える巫女にて、忌野沙江と申します。以後、よろしくお願いいたします。それと┅┅」
少女は顔を上げて、背後に向かって手を上げた。すると、例の金色の大鷲が翼を広げてすーっと俺たちの上まで飛んでくると、一瞬のうちに人の姿になって地面に降り立ったのである。
「イサシ、ご挨拶を」
人の姿になった逞しい体のアイヌの民族衣装に身を包んだ若者が、俺の前に片膝をつき頭を下げた。
「お初にお目にかかります。北の空を守護いたしております、イサシオリノップにございます。主ともども、なにとぞよろしくお願いいたします」
俺は面食らって、すぐには返事ができずにいたが、そこへもう一人の長身の少年がやってきて、少女とは対照的に挑発的な態度で口を開いた。
「へえ、あんたが新しい精霊王さんか?どう見ても、ただの中坊だよなぁ」
「あなた、やめなさい、失礼ですよ」
「はっ┅┅こいつがどんな奴かも分からねえのに、へこへこする方がよっぽどおかしいってえの。なあ、精霊王さんよ、これから俺たちを手足として使うってんなら、それ相応の実力を見せてもらわねえとなあ┅┅俺より弱い奴にこき使われたくねえんだよ」
俺はどっちかというと、この少年のようなタイプが好きだ。言いたいことをはっきり言って、自分に対する絶対的な自信を持っている。こういうタイプは、一度信頼関係を築けば、気の置けない友人になれそうな気がする。
「ああ、君の言うとおりだ、俺もそう思うよ。じゃあ、どうしようか?どんな力を見せればいいのかな?」
茶髪の少年は、いささか拍子抜けしたような顔で唇をへの字に曲げた。
「よ、よし、俺と勝負しろ!」
「えっ┅┅しょ、勝負って┅┅いや、それは危ないよ┅┅」
「へへん┅┅何だ、怖いのか?」
「い、いや、そうじゃなくて、君がケガしたら大変だから┅┅」
「なっ、何いいィ┅┅上等だあ、てめえ、来やがれっ!」
少年は叫ぶやいなや、全身から火の気を溢れさせながら草原へずかずかと下りていった。
「あちゃあ、よけいに火を点けちゃったな┅┅はは┅┅しようがないか┅┅」
「はあ┅┅もう、どうして殿方ってすぐ暴力に訴えようとするのかしら┅┅」
沙江という少女はため息を吐いてそう言うと、俺にその青みがかった鳶色の瞳を向けた。
「主様、くれぐれも手加減をされた上で、彼をこてんぱんにのしてやって下さいませ」
「あ、ああ、分かった┅┅」
俺は沙江の無言の迫力にたじろぎながら、草原の中央へ歩いて行った。
「よおし、じゃあ行くぜ┅┅と、その前に、お互い使霊の手助けは無しってことでいいな?」
「うん、いいよ」
「┅┅って言っても、あんたの使霊はどこにいるんだ?姿が見えねえが┅┅」
「あ、ああ、ちょっと訳があって、今はいないんだ┅┅」
「はああ?使霊がご主人をほったらかしにして、遊び回ってるってか?何だそりゃ┅┅まあいい、じゃあ始めようか。ふふ┅┅あんたの得意は木の気だろ?さっき飛んでくるとき分かったんだ┅┅残念だが、俺は火気の使い手、あんたにとっては相性最悪ってわけだ」
「うん、いいよ、どんどんやってきて┅┅」
茶髪の少年はむっとした様子でさっそく身構え、詠唱を始めた。俺は目をつぶって、自分の体全体を水の膜で覆うイメージを思い浮かべた。
「火球破魔っ!」
少年は五秒ほどで詠唱を完成させ、大きな五個の火の玉を連続で放ってきた。俺は空中に浮かび、襲ってくる火球をなんとかかわしていく。
「魔断炎獄っ!へへ、もう逃げられねえぜ┅┅」
横の攻撃の後は、縦の攻撃だった。地面から次々と立ち上る炎の柱に、俺の体は何度か包まれた。
「くそっ、これくらいじゃ効かねえってか┅┅」
全身を包んだ水の膜のおかげでどうにか無事だったが、水の膜は蒸発して無くなっていた。防御ばかりしていても相手は手練れの能力者だ、勝ち目は無い。
「じゃあ、今度はこっちからいくよ」
俺は攻勢に転じた。
「風刃波!」
自分で名付けた風の術を、続けざまに放つ。だが、相手も大太刀の形をした炎の剣でそれを受け止め、受け流す。
「なにっ、無詠唱だと?」
少年の足下から突然地面が盛り上がり、周囲に土の壁ができていく。
「こなくそっ!」
少年はとっさに炎の太刀を地面に向かって突き立て、その反動で空中に飛び出した。
「竜騎様っ、それはダメです!」
人の姿に戻って闘いを見守っていた少年の使霊が思わず叫んだ。
「地雷矢!」
空中に飛び出した少年に、俺がずっと準備していた雷の術が炸裂した。
「ぐわあああ┅┅」
少年は雷の直撃を受けて、草原に落下した。
「手加減はしたつもりだけど、大丈夫か?」
俺は地上に降りて、少女や使霊たちに囲まれている少年のもとへ走った。
「ええ、心配ありません┅┅少し、髪が焦げたぐらいです」
沙江の冷静な声にほっと胸をなで下ろした。
「はは┅┅参った参った、完敗だ┅┅さすがは精霊王だな┅┅」
顔も服も泥だらけになった茶髪の少年は、そう言って笑いながら起き上がった。
「┅┅しかしよお、風火水土全部使えるなんて、しかも無詠唱って、何だよそりゃ、反則だよ、反則┅┅」
「光と闇もよ。合わせて七種の気を操れる。それが精霊王の精霊王たるゆえん┅┅それよりも、あなた、早く精霊王様にご挨拶をなさいな」
「ああ、そうだったな、悪ィ悪ィ┅┅」
茶髪少年は頭をかきながら立ち上がると、俺の前に来てさっとひざまづいた。
「とんだご無礼をいたしまして、誠に申し訳ございません。いかようにも罰をお与え下さい。俺は古座竜騎と申します。沖縄の平良間島の巫女の家に生まれました。使霊はここにいるゴーサ┅┅ほら、ご挨拶しろ」
「はっ┅┅南の海を守護いたしております、ゴーサラムジと申します。よろしくお願いいたします」
「この古座竜騎、今日からは精霊王様の手足となり、身命を賭してお仕えいたします。どうかよろしくお願いいたします」
さっきまでとは打って変わって、生真面目な態度で挨拶をする少年に、思わず笑いそうになりながらもますます好ましい印象を抱いた。
「こちらこそよろしくお願いします。俺は小谷修一と言います。たぶん、君たちより年下の中学二年生です。ただ、なんか突然だったんで、びっくりしてるんだけど┅┅」
俺はそう言って、二人を交互に見ながら続けた。
「君たちって┅┅何なの?」




