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精霊王物語  作者: 水野 精
10/46

10 心の揺れの原因と別離

いつも読んでくださってありがとうございます。良ければご意見ご感想お願します。(ついでにポイントもどうぞよろしく)

 富士山の裾野に広がる広大な原生林は樹海と呼ばれ、その広さと険しい地形、そして富士山の持つ神聖さゆえに、人の干渉を拒絶してきた。ここはまた、日本でも有数の精霊やもののけたちの聖地であった。


 俺とサクヤは人に見咎められないように、地上から三百メートルくらいの高さまで上昇し、それから樹海へ向かって飛んでいった。サクヤは出発前から緊張気味で、口数も少なかったが、樹海が近づくにつれてますます固い表情になっていた。

「修一様、ここより樹海の中に入ります」

「ああ、分かった」

 サクヤがゆっくりと高度を下げていき、やがて大きな樫の木の側に降り立った。


「ここよりはミタケノミズチカヌシ様の聖域、くれぐれも失礼の無きようお願いいたしまする」

 先に立って歩き出しながら、サクヤが念を押していった。俺はしっかりと頷いてサクヤの後ろから歩き出した。鬱蒼とした森の中は、ひんやりとした空気に包まれ、至る所にこちらを覗いている精霊やもののけたちの気配が感じられた。

 やがて、俺たちは森の中にぽっかり開いた小さな空き地のような場所に着いた。空はわずかに見えていたが、周囲の大木が光を遮って辺りは薄暗かった。


 サクヤが立ち止まり、何も無い空間に向かって声を上げた。

「ミタケノミズチカヌシ様に申し上げまする。不肖カシワギノモモヨニサクヤタニ、お願いしたき議があってまかりこしてござりまする」

 しばらくの間何も返事はなかった。俺は声をかけようとサクヤの方を向いたが、彼女は真っ直ぐ前を向いて、いささかも疑う様子は見られない。


「おお、久しぶりじゃな、カシワギ┅┅」

 ふいにどこからともなく聞こえてきた声に、俺は辺りを見回したが、サクヤは俺にひざまづいて頭を下げるように、小さな声でたしなめた。

「ミタケノミズチカヌシ様にはご機嫌麗しく、まことに祝着に存じまする」

「うむ┅┅まあ、そう堅苦しくせずともよい、そなたと我の仲じゃ┅┅それで、今日はいかような願い事があって参った?」

 声から判断すると、まだ若い男のようだったが、何かねっとりするようなしゃべり方で気持ちが悪かった。

「はい。此度はここにおられまする新しき射矢王、小谷修一様に、《魂交》の術をご教授いただきたく、まかりこしてございまする」


「┅┅ほお┅┅この少年が新しき射矢王とな┅┅そして、そなたの主か?┅┅かような年端も行かぬわっぱに、本当に射矢王が務まるのか?」

 その男神の言い方に思わずかっとなって、俺は顔を上げようとしたが、サクヤの声が頭の中に聞こえてきた。

〝修一様、なりませぬ┅┅こらえてくださりませ〟

 サクヤに恥をかかせるわけにはいかない。俺はぐっと我慢して頭を下げ続けた。

「┅┅それに、《魂交》の術なら、そなたが教えてやればよかろう。なにしろ、我と三月の間、毎日心ゆくまで訓練に励んだのじゃ┅┅体に染みこんでおろう?ふふふ┅┅」

「┅┅我と修一様は御霊分けした同胞ゆえ、魂の結びつきが強くなりすぎて、不測の事態が起こるやもしれませぬ。されば、なにとぞお師匠様にお願いいたしたく┅┅」

「ふむ┅┅いたしかたないか┅┅ふふ┅┅されば、久々に、そなたと我で《魂交》をしてみるか?それをこの射矢王殿に見てもらうというのはいかがじゃな?」

「おやめくださりませ┅┅我は、修一様の使霊なれば┅┅」

「ふははは┅┅何を今さら生娘ぶっておる┅┅それとも、まだ、主には話しておらぬのか?それは可哀想になあ┅┅」

「おやめくださりませ┅┅」


 俺はもう我慢の限界だった。サクヤの制止を振り切って、立ち上がった。

 目の前には、光を全身にまとった、ぞっとするほど美しい長身の男が立っていた。

「ほお┅┅何か我に申したきことでもあるのか、こわっぱ?」

「ああ、ある。あんたとサクヤが過去にどんな関係だったかは知らない。だが今は、サクヤは俺の使霊だ。サクヤを侮辱することは、主である俺を侮辱することだ┅┅」

「修一様、だめです、早くミズチカヌシ様にお詫びを┅┅私は何を言われてもかまいませんから、どうか┅┅どうか┅┅」

「┅┅泣くほど悔しいんだろう?だったら、言うべきだ、ふざけるなってな。それとも、俺がこの場を台無しにしたことが悔しいのか?どっちなんだ、答えろ、サクヤっ!」


 俺の足に取りすがって泣いていたサクヤは、顔を上げて俺を見つめた。しかし、彼女は涙を流しながら、唇を震わせるだけだった。

 俺は、この瞬間、独りで生きてゆくことを決意した。


「ふん┅┅女も知らぬこわっぱが、偉そうに吠えおるわ┅┅この我に楯突くことがどういうことか、教えてやろう┅┅」

「ミズチカヌシ様、どうか、お許しを┅┅」

「カシワギ┅┅そなたが新しき射矢王の使霊になるというので、我もあきらめようと思っておったが、やはり、そなたを愛しておる┅┅誰にも渡さぬ」


 その男神の言葉に、俺は何かが吹っ切れた気がした。

「サクヤ、今までありがとうな┅┅君に会えなかったら、俺は自分の力も知らなかったし、力の引き出し方も分からなかった┅┅俺は、これから君との約束通り、射矢王としてできるかぎり頑張っていくよ┅┅さよなら┅┅」

「しゅ、修一さ┅┅ま┅┅」


 俺はありったけの思いを込めて、全身に気を集中させた。

「な┅┅ば、馬鹿な┅┅何をするつもりだ┅┅」

 ミタケノミズチカヌシは、慌てて俺に向かって自らの最高の技である蛇気落星波を放ってきた。しかし、それは俺の体の周囲で膨れあがった精霊の力にあっけなく跳ね返されてしまった。

「はああああっ┅┅風よ、荒れ狂う渦となってそいつらを消し去れっ!」

 空き地全体が緑色の光に包まれ、凄まじい轟音と共に竜巻が発生した。

「や、やめろおおお┅┅ぬあああ┅┅ああ┅┅あああああ┅┅」

 その荒れ狂う風は、必死に一人で逃げようとするミタケノミズチと草原にうなだれて座り込んだサクヤを巻き込み、巻き上げて、周囲の森の木々をもなぎ倒しながら、やがて空の彼方へ消えていった。


 俺は力を使いすぎた脱力感を感じながら、竜巻が消えていった空を見つめていた。

「あ、あの┅┅もし┅┅」

 ふいに聞こえてきた声に、その声のした方を見ると、巫女の衣装のようなものを着た三人の若い女たちが木の陰から恐る恐るこちらを見ていた。

「君たちは?」

「は、はい┅┅私どもはミタケノミズチカヌシ様にお仕えする使霊でございます」

「ああ┅┅そっか┅┅ご主人様を吹き飛ばしちゃったからな┅┅仇を討ちに来たんだね?」

「┅┅本来ならば、そうすべきところでございますが┅┅」

「ん?」


 三人は木の陰から出てくると、俺の前まで歩いてきてひざまづいた。

「先ほどよりの射矢王様と主とのやりとり、無礼とは知りつつも一部始終を見させていただきました」

「射矢王様に対するミタケノミズチカヌシの傲岸不遜、目に余るものがございました」

「さらには、失礼ながら射矢王様の使霊の裏切り行為、見過ごすわけには参りませぬ」

「よって、このことをヌシ様の使霊であらせられるミタケノウチノツカサ様にご報告いたしたく、射矢王様のお許しをいただければと┅┅」


 三人が交互に口にする言葉をなんとか理解した俺は、小さくため息を吐いて頷いた。

「┅┅そうか┅┅分かった┅┅でも、いいのか?ご主人を裏切ることになるぞ」

「はい┅┅もとより承知の上┅┅主に非があれば、命をかけて諫めるのも使霊の役目にございますれば┅┅それに┅┅」

「もともと、ミズチカヌシの使霊は私一人┅┅後の二人は、本来神木の精霊や湖の守護精霊であった者。それをミズチカヌシが無理矢理魂交の術によって己の魂と結びつけ、使霊にしたのでございます。これは本来ならば、厳罰を受けるべき所業なれど、この聖域を支配する力と、ヌシ様の特別なお計らいによって許されていたのでございます。なれど、今回の件で、主も相応の罪に問われることでしょう┅┅」


 それを聞いて、俺はサクヤもミズチカヌシに魂を縛られ、逆らうにも逆らえなかったのではないかと考え、三人の精霊たちに聞いてみた。すると、三人は申し訳なさそうな顔で首を振った。

「いいえ、カシワギはもとより射矢王様の使霊と定められし者、いかにミズチカヌシといえど、己が使霊にすることはできませぬ┅┅」

「┅┅じゃあ、サクヤはやっぱり┅┅」

「┅┅カシワギは昨年春より、射矢王様の使霊としての数々の修行をおこなっておりました。その一つとして、魂交の術を取得すべく我が主の下に参りました。本来なら、修行は三日もあれば終わるところなれど┅┅かの者は日を置いて十数度、三月もの間、この地へ通い続けたのでござりまする┅┅」


「わかった┅┅もう、いいよ┅┅」

 俺の中でわずかに残っていたサクヤへの未練も、嫉妬と怒りの炎で燃え尽きた。魂交の術がどんなものかはまだ知らなかったが、恐らく人間で言うところの性行為と魂を縛る呪術を組み合わせたようなものに違いない。サクヤは、ミズチカヌシとのその行為にどっぷりはまってしまい、あの男神を愛するようになったのだろう。

(女って、みんなそうなるのかな?┅┅そうなんだろうな┅┅)

 俺は空しい思いを抱いたまま、樹海を後にして帰って行った。


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