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精霊王物語  作者: 水野 精
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1 生い立ち

 人には見えないものが見える。今、こうして車の中から外を眺めても┅┅。


「修一┅┅お前は心の病気なんだ。絶対に人前ではそんなことは口にするな」

 病院を出て帰る途中の車の中で、父は六歳のわが子に厳しい口調で言ったものだ。


 物心がつく頃から、俺はたびたび家族を驚かせる言動を繰り返してきた。俺にとってはそれが普通の世界だったのだ。毎晩、枕元に来てはうるさいくらいにおしゃべりを始める茶色い肌の老人。庭を飛び跳ねているたくさんの白い子供たち。川のそばには、得体の知れないグニャグニャしたものがうごめいている。それが他の人には見えない存在なのだと理解できたのは、五歳になった頃だった。


 初めのうちは子供のたわいない作り話だと笑っていた家族も、あまりに度重なる言動と俺の真剣な表情に、やがて俺が脳に障害を持っているに違いないと考えるようになった。両親に連れられて初めて医者の診察を受けたのが、六歳の春だった。しかし、そこは近くの小さな小児科医院だったので、精密検査はできず、すぐに紹介状を持たされて街の総合病院に回された。


 CTSの画像を前に、三十代半ばの若い医師は神経質そうな目を俺にちらりと向けてから、両親に言った。

「腫瘍などの外的な傷害や異常は見られませんね。今のところですが┅┅」

 両親はわずかにほっとしたように顔を見合わせた。

 医師は何やら書類を取りだし、ボールペンを走らせていたが、やがてぽつりとこう言った。

「機能検査とカウンセリングで、恐らく原因がつかめるでしょう。これを精神科の受付に出してください」


「あ、あの、息子は、精神異常なんでしょうか?」

 父のおずおずした問いに、医師は口元に微かな笑みを浮かべた。

「このくらいの年齢の子には時々見られるものです。感受性が鋭く、想像力が高い子にね。喜ぶべきことですよ。お子さんは知能の発達が、他の子供より大きいということです」

 両親はそう言われて愛想笑いを浮かべたが、内心では落胆したに違いない。医者が遠回しに、自分の息子が『変わり者』だと言ったように感じたのである。


 精神科の病棟は、病院の敷地内の一番奥にあった。他の病棟からは独立していて、出入りも専用通路に限定されている。

 俺を診察したのは老齢の医師だったが、にこやかな笑みを浮かべ、好きな食べ物は、好きなアニメはなどと優しく問いかけたので、俺はうれしくなって、この老医師に心を許した。しかし、検査やカウンセリングは退屈そのものだった。しかも、長時間だった。そのため、最後の方では、老医師に対する好意をすっかり失ってしまっていた。


「大変おもしろい┅┅いや、興味深いクランケです」

 老医師は開口一番、両親に向かって言った。

「まず言っておきますが、お子さんは、精神機能に何ら異常はありません。ただ、右側頭葉と前頭前野に、一般には見られない脳波が見られました。つまり、お子さんは一般の人間とは異なる情報処理、ないしは認識の回路が発達しているということです」

両親は、ただ黙って医師の話を聞いているだけだったが、またもや息子が遠回しに「変わり者」だと言われたように感じたようだった。


 老医師はその後、テストやカウンセリングの結果と分析をぐだぐだと語ったが、俺にはさっぱり理解できなかった。帰り際に、医師は両親にこう言った。

「定期的に検査を受けられることをおすすめします。私としても、この子が成長とともにどのような能力を見せるか、とても興味があります。半年に一度連れてきなさい」

 両親はうなずいたが、その後実行はしなかった。そんな無駄なことに高い診察料を払うことなど考えられなかったのだ。わが子は、世間で言うところの「変人」なのだと分かった以上、それを世間になるべく知られないようにするのが、自分たちのつとめだと信じたのである。


 帰りの車の中は、沈鬱な空気に包まれていた。父は無駄な時間に半日を費やしたことをぶつくさと言い、母は悲しげにため息をついて、わが子を哀れむように見つめるだけだった。


 俺は幼稚園には行かせてもらえなかったが、両親もさすがに小学校に行かせないわけにもゆかず、俺を近くの公立の小学校に入学させた。その頃になると、俺は自分の言動が、周囲によけいな騒ぎを起こすことを学習していたので、必要な受け答え以外は努めてしゃべらないように心がけた。おかげで、先生やクラスメイトたちからは、「変わり者」とは見られていたようだが、大きなトラブルを起こすことはなかった。


 俺の特殊な能力は成長と共に消えるどころか、ますます強力になっていった。

「なぜ、俺だけがこんな変な能力を持っているんだ。くそっ┅┅」

 誰にぶつけようもない恨みを、何度深夜の窓の外に向かって吐き出したか知れない。その度に、いろいろな〝彼ら〟の思念が、ざわざわと頭の中に入ってくる。俺はそのざわめきに一度も真剣に耳を傾けたことは無かった。あの時までは┅┅。

 

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