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6 緊急イベント1


「イベント戦に参加しない方は街の中へ移動して下さい! あと30分で門が閉まります!」


 門の近くでは兵士の恰好をしたキャストが懐中時計を手にして、フィールドにいる冒険者達へ残り時間を大声で叫びながら知らせていた。


 兵士の告知を聞く限り、どうやら残り30分で門が完全に閉まるらしい。その時、フィールドにいる冒険者はイベント戦に参加する者として見なされるようだ。


 門の外へ出て行く冒険者は小さな子供を連れた家族連れの客であった。他にも何組か出て行くが、大体の人達は残ってイベント戦に参加するつもりらしい。


「はいはーい! 雪森印のポーション屋さんだよー! ポーションはいらんかねー?」


 門が閉まるまで残り30分。そう告知される中、門の内側から荷車型の露店を引いてやって来たのは2人の女性だった。


 荷車を引くのは白いYシャツの上に赤いケープを羽織り、ケープと同じく色を揃えた赤いスカートと茶色のロングブーツを履いた女性。セミロングの黒髪に赤のハンチングハットを被って。


 腰には薬品の入った試験管を弾帯のように連結させたベルトを装着して荷車を停止させると、もう一度「ポーションはいらんかね~」と冒険者達へ向かって声を出した。


「あれは錬金術師かな?」


「薬師って可能性もあるんじゃね?」


 遠目で女性を見ていたサトシとツトムは彼女が成りきるジョブが何なのか予想し始めた。


 ポーションを売り、腰には大量の薬品を吊り下げている事から、2人が予想するように錬金術師か薬師といった薬学に関係するジョブなのだろう。


 彼女は有名な冒険者らしく、彼女を知る者や顔馴染みらしき冒険者が露店へ殺到し始める。


「サキさん、赤ポーション下さい」


「こっちは青ポーションを3つ!」


 ポーション売りの露店に群がる冒険者達は次々に注文を口にする。


 彼女と共にやって来たもう一人の女性は売り子のようで、注文を聞きながらポーション瓶を手渡して決済用のリーダーにタッチするよう告げているようだ。


「はいはい、順番だよ~」


 突如現れたポーション屋は大繁盛。露店に並べていた試験管サイズのポーション瓶は次々に売れていく。


「俺達も買う?」


「いや、ポケットに入れておいたら割れそうじゃね?」


 露店の繁盛っぷりを眺めるサトシとツトムは自分達も購入するか悩んだが、ポーションを購入する他のベテラン冒険者のようにバックやポーチを持っていない。


 さすがに動き回るアトラクションの最中、ガラス製のような試験管をポケットにそのまま入れておくのは危険だ。


 先ほどの少年からポーションを譲ってもらった事もあって購入は見送る事にした。


「残り10分でーす! 参加しない方は街の中へ入って下さい! イベント戦は街の中にあるスクリーンで観戦する事も可能です!」


 しっかりとイベント戦に参加しない冒険者にも配慮している様子。


「なぁ、あれ」


 そんなアリウェルランド側の配慮に感心していたサトシだが、ツトムが門と繋がる壁の上に指を差した事で顔をそちらへ向けた。


「壁の上に人が集まっているね」


「何だろうな? 手に……紙とペン?」


 西門と一体化している壁の上には人が歩ける通路があったようで、そこを歩く人達は西門の付近で立ち止まるとフィールドの方へ体を向けていた。


 壁の上にいる者達も仮装はしているのだが、冒険者というよりは『異世界人らしいファッション』と表現すべき服を纏う。


 冒険者のような戦える恰好じゃない。でも、異世界人に成りきっている……と言うべきだろうか。


 彼等は一様にメモ帳やスケッチブックなどの紙類とペンを持って並んでいた。


 サトシとツトムが壁の上にいる人達を眺めていると「ゴーン、ゴーン」と再び鐘が鳴る。


 鐘が鳴り終わると兵士が残り5分だと告げた。


 同時に門の内側から大量の人がやって来る。やって来た人達は騎士の恰好をしたキャストであった。


「店じまいだよー。さようなら~」 


 ポーション売りの女性も門の内側へ退散していき、騎士団がイベントに参加する冒険者達の前に整列を終えると門番が声を張り上げる。


「閉門ッ!」


 門番が門に取り付けられていたクランクを回して、告知された時間ぴったりに巨大な門の扉が閉められた。


 閉門と同時にサトシ達を含めた参加者全員が装着している冒険者の腕輪に赤色の星マークが浮かぶ。


 どうやら星マークはイベント戦に参加したかどうかを判別する証のようだ。


 いよいよ本番。そんな雰囲気が流れる中、整列していた騎士団の中央にカイゼル髭を生やした巨漢の騎士が立ち、冒険者へ向かって口を開く。


「冒険者諸君ッ! 協力に感謝するッ! 私は王都アリウェルを守護するアリウェル第二騎士団団長、ガイスト・アームストロングであるッ!」


 中央に立つカイゼル髭の巨漢騎士は騎士団長のようだ。


 身長は190はあるだろうか。白銀の重鎧と赤いマント。背中に大剣を背負った巨漢。


 年齢は40過ぎといったところ。顔立ちは他のキャスト同様、日本人顔じゃなく欧米人のような彫りの深い顔。


 他の騎士達と違って兜は装着しておらず、茶色い髪をオールバックにしたイケおじというヤツである。


 一部の女性冒険者の中にはファンがいるようで「ガイスト様~」と黄色い声援が飛ぶ。


「監視部隊より情報が入った。現在、この街へ大量の魔獣が向かって来ている。数は千を超えるとの情報だ!」


 騎士団長ガイストはイベント戦の概要を話し始める。


 千を超える魔獣が街へ群れ成してやって来る。所謂、魔獣によるスタンピード災害、もしくは氾濫などと称される異世界を題材とした物語に登場する定番の出来事だろうか。 


「なるほど、だからイベント戦なのか」


 異世界を題材とした転生・転移物のライトノベルを愛読していたサトシは飲み込みが早かった。


 物語の山場となるようなシーン。自分達がその一部となって街を守る勇敢な冒険者として体験できる、といったところか。


「この戦いは全員が一丸となって戦わなければ勝利できないッ! 故に個人の討伐ポイントは付与されず、防衛の結果によって報酬が全参加者に付与される仕組みとなっている!」


 騎士団長はイベント戦の現実的なポイントまで説明し始めた。恐らく初めて参加する冒険者へ向けて、毎回告げる注意事項なのだろう。


 全ての魔獣を討伐して防衛を成功させると参加者全員に成功報酬が付与される。


 失敗すれば報酬は1/4だけ付与される。勝っても負けても報酬が貰えるならば、積極的に参加した方が得だろう。


 因みに、仮登録者の場合は体験終了時の景品がグレードアップするようだ。


 防衛失敗と見なされる条件は参加者全員が死亡扱い――参加者は一度死亡扱いになると戦線復帰は出来ず、全員が待機所へ転送されたら強制終了となる。


「戦闘が始まる前に1つ、私からアドバイスを伝授しよう。遠距離ジョブの冒険者は魔獣が見えた瞬間から攻撃を開始すると良い。近接ジョブの冒険者は遠距離ジョブを守るような立ち回りをすれば、より防衛成功に近づけるだろう!」


 最後に騎士団長は作戦のような成功させる為のヒントを告げる。


 客を楽しませる、もしくは何をしたら良いか迷わないようにとの配慮だろうか。


「さぁ! 敵が来るぞッ!」


 騎士団長は背後へ振り返ると背中の大剣を抜いて構えた。その瞬間、フィールドの奥がピカリと光る。


 光の中から無数の魔獣が姿を現し、全速力で冒険者達の守る門へと向かって来るではないか。


「おお……。すごい迫力だ」


「ま、まじで勝てるのか?」

 

 イベント戦を初めて体験するサトシとツトムは本気で迫って来る魔獣の群れを見て固唾を飲んだ。


 フィールドで倒していたスライムのように「のほほん」としていない。向かって来る姿には確かな殺意が見えた。


 群れを成してやって来る魔獣に共通しているのは禍々しい黒いオーラに包まれている事だろう。


 そして、黒いオーラに包まれた魔獣の中には狼や猪などの動物を模した種類も多くいるが、目が4つであったり形が少し変わっていたりと、どこか『異形』を感じさせる姿がほとんど。


 野性的な獣が持つ怖さというよりは、殺意を剥き出しにした化け物・クリーチャーといった感じの未知なる生物……SFホラー映画から醸し出されるような恐怖感に近いものがあった。


「さぁ! 遠距離ジョブの者達は先制攻撃を放てッ!」


 騎士団長が合図を出すと遠距離ジョブのベテラン冒険者達が一斉に攻撃を仕掛けた。


 弓を撃つ者、魔法を撃つ者。特に発動された魔法はファイアーボールだけでなく、雷や水、風などの様々な魔法が放たれる。


「ツトム! お前も撃てよ!」


「あ!? そうだった!! ファイアーボール!!」


 一拍遅れて、様々な魔法に見惚れていたツトムが魔法を発動。同じく彼のような初参加者の魔法使いが魔法を次々に発動し始めた。


 放たれた魔法と矢が魔獣に降り注ぎ、魔獣の群れの中に光の粒子が生まれた。


 遠距離攻撃で魔獣が死亡した証拠だろう。


「敵が来るぞ! 勇敢な戦士達よ!! 友を守れ!!」


 槍を構える兵士、剣を構える騎士団の中へ混じるように武器を抜いて一歩前に出たのは近接系のベテラン冒険者達。


 彼等は生命力が低く設定されている遠距離ジョブの冒険者を守るべく堅牢な壁となる。


「サ、サトシ! 守ってくれよ!?」


「お、おう!」


 緊張するサトシも剣を抜いてツトムを守るように前へ出た。


「来るぞォォォッ!」


 騎士団長が吼えると群れの先頭にいた真っ黒なオーラに包まれた狼が大口を開けて飛び掛かった。


「ガァァァッ!」


「チッ! こいつめッ!」


 騎士団長が大剣で狼を斬り払うのと同時にベテラン冒険者も応戦を開始。握った武器を振って魔獣を討伐する。


 まるで本物だ。本物の防衛戦である。


 迫り来る魔獣は本気で冒険者を殺そうと飛び掛かり、それを倒すベテラン冒険者達の顔も本気であった。


「お、おお……。マ、マジかよ……!」


 迫り来る本気の殺意にサトシは腰が引けていた。


 ここまでリアルなのか。本気で魔獣と対峙したら、こんな恐怖を感じるのかと口にしてしまう。


「ガァァッ!」


「うひょぉぉ!?」


 そんなサトシに1匹の狼が口を開けて飛び掛かってきた。


 剣の腹で狼の噛み付きを防御したサトシは本気の悲鳴を上げる。


 マジで殺される! 本気で抵抗しないとヤバイ! と、牙を受け止めた剣を振り払いながらも冷や汗を流す。


「グルル……!」


「うおおお!! こえええ!! マジこえええ!!」  


 一度は躱した噛み付き攻撃。躱された狼はサトシの隙を突かんとばかりに唸り声を上げて、4つの赤い目で睨みつける。


「サ、サトシ! もう一回防御してくれ! その隙に魔法を撃つ!」


「む、無茶言うなよ!?」


 腰が引けるサトシにツトムの無理難題が押し付けられた。


 しかし、この魔獣を倒すにはサトシ1人では無理だという事も彼は理解しているだろう。


「グルル……グァァッ!!」


「ええい! ちくしょう!」  


 再び噛み付こうと飛び掛かってきた狼の口に横にした剣を差し出して噛ませるサトシ。


「は、早く!」


「ファ、ファイアーボール!」


 魔獣と力比べをするサトシの斜め後ろからツトムは魔法を放った。


 炎の玉が黒い狼の腹に当たって吹き飛ぶ……が、狼は光の粒子になって消えない。


「サトシ! 倒しきれてない!」


 魔法を受けて吹き飛ばされた狼は立ち上がろうと前脚を動かした。


「うおおっ!」


 チャンスを逃すまい、とサトシは己を鼓舞する叫び声と共に走り出す。


 狼に向かって構えた剣を振り下ろすと「ギャイン」と悲鳴を上げた狼は光の粒子に変わって今度こそ消えた。


「おお! すげえ! やったぞ、サトシ!」


「マジで怖い! リアル感ハンパない!」


 こんな事なら自分も魔法使いにしておけば良かった、と苦笑いで漏らすサトシ。


「でも、全部倒さないと成功にならないし――」


 襲い掛かって来る魔獣はスライムに比べてリアルで怖すぎるが、それでも全部倒さなければ終わらない。


 怖いが、所詮はアトラクション。ホラーハウスに入ったようなモノだと考えれば乗り切れるはず。


 サトシが次の魔獣を探して周囲を見やると、


「きゃあ!」 


 女性の悲鳴が聞こえた。


 悲鳴の方向へ顔を向けると黒いイノシシのような魔獣が魔法使いの女性を押し倒していた。


 長い牙の生えた口で噛み付かんと大口を開け、女性は恐怖に怯えて地面に体を丸めていた。


「危ないッ!」


 涙を浮かべて丸くなる女性を見たサトシは咄嗟に駆け出した。 


 女性に喰らい付く瞬間、サトシの剣先がイノシシの腹に突き刺さる。


 ただ、女性を救おうと咄嗟に突きを繰り出した本人さえも、ゴム製のような刀身がまさか突き刺さるとは思ってもみなかったのだろう。


 サトシの表情には驚き半面、成功した事への歓喜が混じる。


「プギィ!!」


 しかしながら、サトシの一撃はまさに間一髪。女性を救ったのは確かである。


 恐ろしい相手ではあるが、自分も倒せるんだ。そう確信を持ったのか、サトシの顔に迷いが無くなった。


 腹に剣を突き刺したサトシは剣を引き抜き、今度は相手の首元に向けてもう一突き見舞う。


 魔獣にも急所が存在するのか、魔法を当てていないにも拘らずイノシシの魔獣は光の粒子に変わって消えた。


「大丈夫ですか!?」


「あ、は、はい……」


 サトシは女性が無事だった事に安堵の笑顔を浮かべて、目を点にして驚く女性の前に立って手を差し伸べたが――

 

「あっ!? また魔獣がっ!」


 オドオドした女性は差し出された手を掴もうか悩んでいるような素振りを見せていたが、サトシの背中越しにもう1匹魔獣が迫って来るのを見て声を上げた。


「え!?」


 慌てて振り返ったサトシ。だが、体半分振り返った時には既に口を開けて飛び掛かって来る狼が目の前にいた。


 鋭い牙をギラリと光らせた狼と目が合う。


 瞬間、サトシは『間に合わない』と思ったのか覚悟を決めたような顔を浮かべて、狼の口へ自分の左腕を差し出した。


「うぐっ!?」


 剣を構え直す暇も無く、避ければ女性が被害を受けてしまう。そう悟ったサトシは己を犠牲にした。


 だが、セーフティのおかげで痛みはない。咄嗟に声を上げてしまったが、痛みも無ければ血も流れていない。


 サトシは左腕を噛まれたまま、右手に持った剣を狼の腹に突き刺した。


 ギャウ、と悲鳴を上げた狼は逃げようと暴れるが、サトシは剣を離した手で狼の首元を掴む。


「ツトム! 撃ってくれ!!」


「わ、わかった!」


 サトシの奮闘を見ていたツトムは彼の叫び声で我に返ると、スティックを持った手を狼に向けてファイアーボールを放つ。


 撃ち出された炎の玉は狼の体に当たると、悲鳴を上げた狼は光の粒子になって消えた。 


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