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3 アリウェルランドへ 後編


「そういえば、街にいる魔法使いや戦士みたいな恰好をしてる人は冒険者活動で遊んでいる人ってことなのか?」


 北西エリアにある冒険者ギルドへ向かう途中、ツトムはすれ違った『冒険者』らしき日本人を目で追いながらサトシに問う。


 外国人のような顔の造りをした異種族と違って、入園した直後から街の中に見られるファンタジー衣装に身を包んだ者達の顔は日本人そのもの。


 一部には観光客らしき外国人も見られるが、そういった人物は全体から見ればかなり少ない。


「冒険者風の恰好をした日本人はそうみたい。あっちにいる兵士や騎士の恰好をした人間はキャストらしいよ」


 歩きながらパンフレットを見たサトシは、派出所のような場所の外でチェーンメイルと顔の半分を隠す兜を被った兵士の男を指差した。


 ああいった兵士や騎士の恰好をした人間は異世界に住む人間という設定のキャストだそうで。


 兵士の隣で来園者へ道案内をしている騎士の恰好をした男性をよく見れば、種族は人間であるが確かに外国人らしい顔をしている。


 兵士や騎士の恰好をしたキャストはアリウェルランド公式設定で『アリウェル第二騎士団』に所属しているキャストのようだ。


 彼等は道案内やテーマパーク内で起きたトラブルの解決を行ってくれる……と、サトシはパンフレットに書かれる情報をツトムに披露した。


「へえ。じゃあ、仮装している日本人は来園者か。……待てよ。俺達もあの仮装をするのか?」


 2人が向かっている場所は体験型アトラクション『冒険者活動』である。


 冒険者として遊んでいる来園者が冒険者の恰好に仮装しているという事は、同じことを体験しようと向かう2人も同じ格好をするんじゃないか。


 そう気付いたツトムは重大な事実に気付いたかのように、目を少し見開きながらサトシに問う。


「……そう、じゃない?」


 問われたサトシも苦笑いを浮かべた。


「そうか。俺達、今年で27だぜ?」


「まぁ、ちょっと恥ずかしさはあるね」


 お互い高校時代からの付き合いで、今年で27になったサラリーマン同士。


 いい大人、といったカテゴリに属する男2人がテーマパーク内で仮装する。


 子供ならば微笑ましく見られるだろう。10代、20代前半の学生ならば『ノリ』もしくは『若気の至り』として済まされるだろう。


 だが、2人はどうだ。


 社会に出て働く立派な大人である。そんな2人が防具を身に着けて剣や杖を振り回すのだ。


 2人は脳内で冒険者に仮装した自分の姿を想像したのか、少々顔を赤らめながら苦笑いを浮かべた。


「で、でも、人気らしいし! ほら、あそこにいる人は俺らよりも年上っぽいじゃん」


 サトシが顔を向けた先には魔法使いのような恰好をした小さな女の子と手を繋ぐ、戦士風の革鎧に身を包んだ男性。


「いや、あれは娘に付き合う良いパパじゃん……」


 戦士風の恰好をした男性は明らかに家族連れで、冒険者活動を体験したいとせがむ子供に付き合っているとしか思えない。

  

 ツトムの意見にサトシは苦笑いを浮かべながら「確かに」と返す。だが、そう言い合う2人の足は止まる事はなかった。


 北西エリアに到着した2人はパンフレットの全体図を見ながら冒険者ギルドを探した。


「あれじゃないか?」


 ギルドの場所はすぐに判明した。何故ならとんでもない量の人で溢れていたからだ。


 それに加えて、アリウェルランドの家屋や商店がレンガ造りで統一されている中、冒険者ギルドは木造3階建てで見た目は西部劇に登場する酒場のような外観だったからだろうか。


 人が溢れているのもあるが、建物自体も他と違った事でより目を引く。


 冒険者ギルドだけ木造であるが、外観から見る限り造りはかなりしっかりしているようだ。


 2人が冒険者ギルド正面に立つと、2階部分には巨大な看板が取り付けられていた。


 看板には剣と斧がクロスした絵があって、その下に大きく『冒険者ギルドA館』と記載されている。


 入り口はスイングドアになっていたが、建物に出入りする冒険者の恰好をした人間が多いせいもあってほぼ開けっ放しになっていた。

 

 建物の前で全体を観察する2人の横をやはり冒険者風の恰好に仮装した人々が通過していく。


 通過していく人達の声に耳を傾ければ「外で魔獣を倒そう」「大きな魔獣を倒した方がポイントが高いらしい」などと冒険者活動の内容について話している人ばかりだった。


「入ろうか」


 2人が目の前にある冒険者ギルドA館に入ろうと、入り口前にあった段数の少ない階段に足を掛けると――


「もし、そこのお二人さん」


「え?」


 後ろから老人の声が聞こえ、サトシは背後へ振り返った。


 すると、サトシとツトムの後ろには灰色のローブととんがり帽子。手には木で作られているであろう雰囲気溢れる魔法使いの杖を持ったお爺さんが立っていた。


 灰色ローブの魔法使いお爺さんは皺くちゃの顔に笑みを浮かべるとサトシとツトムに問う。


「お二人さん、初めて冒険者活動をするのかい?」


「ええ、そうです」


 お爺さんの問いにサトシがそう答えると、お爺さんは「ホホホ」と嬉しそうに笑う。


 その笑い方は、妙に魔法使いとしての貫禄が漂っていた。


「だったら、こちら側ではなく向こう側じゃよ」


 お爺さんはそう言って、冒険者ギルドA館の向かい側にある冒険者ギルド()()を指差した。


「利用客が多くなって、初心者や仮登録者はあちらで受付をするようになったんじゃ。この通り、人気で混んでおるからのぉ」


 お爺さん曰く、開園当初はA館とされる建物で全員を受付していたようだがアリウェルランドの来園数が急増するにつれて、受付の待ち時間が増加。


 それを解消すべくB館とされる別館が追加で建設されたそうだ。


「すいません。ご親切にありがとうございます」


 理由とセットで説明してくれた親切な灰色ローブの魔法使いお爺さんにサトシは頭を下げて礼をする。


「なんの、なんの。楽しむと良いですぞ。ホホホ」


 そう言って、お爺さんは2人を追い越すと人で溢れるA館の中へ消えて行った。


 お爺さんの背中を見送った2人は――


「……キャストの人かな?」


「いや、日本人っぽいお爺さんだった。すげえ魔法使いとしての貫禄があったな」


 果たしてあのお爺さんはどちらなのか。


 キャストとして演じていてもおかしくない違和感の無さだった、と2人は一瞬呆けてしまった。


「とにかく向こうらしいから行こうか」


「おう」


 2人は道の反対側にあった、A館と全く同じ外観のB館へ向かう。


 といっても、B館もA館と同じく満員御礼。


 やはりこちらもスイングドアは開けっ放し。2人が入り口に出来た列を眺めていると、


「こんにちニャ~! 冒険者活動は初めての人ですかニャ?」


 茶色のショートカットヘアー、虎のような耳と尻尾を生やした可愛らしい獣人の女性がサトシとツトムに声を掛けてきた。


「あ、はい。今日初めて来て……」


「でしたら、こちらの列に並んで下さいニャ。順番に案内しますニャ~」


 サトシの返答を聞いた虎猫獣人の女性は愛想よく笑って入り口に出来た列へ2人を誘導すると、サトシ達の後ろにいた客へ声を掛け始めた。


 案内された通りに列へ並び始めた2人は、待っている間に揃って建物の中を覗き込む。


 教えてくれた虎猫獣人の女性が言う通り、列の先頭では係員らしき人が案内をしていて、目的に沿って向かう先を手で示していた。


 内装としては入り口から左側は、よくある銀行のように窓口がいくつも並んでいた。透明なアクリル板で仕切られた窓口の向こう側に受付嬢が座っているスタイルだ。


 その窓口には冒険者衣装に仮装した来園者が続々と並んでいる。


 窓口に並ぶ人達の背中側にある壁にはメモのようなモノが張り付けられた掲示板があり、そちらと睨めっこする冒険者の恰好をした者達も多く見られた。


 定番のシステムであれば、掲示板はクエストが張り出されたクエストボードというやつだろうか。


 視線を更に奥へ向けると待機所や待ち合わせ場所のような造りをしたベンチや椅子が並ぶスペースが。


 そして、建物の最奥にある青と赤で別れた暖簾の向こう側へ消えていく来園者。


 暖簾の先へ入って行く者は普通の恰好。出て来る者は冒険者風の恰好。


 2色の暖簾の中に男女別で入っていく姿を見て、恐らくは暖簾の向こう側は更衣室なのだろうとサトシは察したようだ。


 建物の内装と内装のスタイルを見たサトシは頷きを1つ。


「本当に冒険者ギルドだ」


 ファンタジー小説に登場する冒険者ギルドのスタンダードと言われるような造り。


 冒険者ギルドと謳った建物なのだから当然だが、再現性の高い造りと定番に納得した様子。


「そりゃそうだ」


 ツトムにもツッコミを入れられ、列が進むのを待っていた2人は遂に先頭へ。


「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ! お客様は初めてのご利用ですか?」


 そう言って、2人の対応をしてくれたのは羊のような巻き角を頭に生やした魔族のお姉さんだった。


「は、はい。今回初めてで……」


「かしこまりました! こちら、冒険者活動は西門の外にある専用フィールドで魔獣を討伐する体験型のアトラクションとなっています」


 サトシの声には緊張があった。何が緊張の原因かと問われれば、対応してくれる魔族のお姉さんの肌が()()事だろう。


 背からはコウモリのような翼と先端がハート型になった尻尾が見えた。


 着ている服は白の半袖Yシャツとタイトな黒いスカートであるが、露出している肌が確かに青い。


 特殊メイクの類、人の肌を塗料か何かで青に染めているとは思えぬほど自然な肌の色。まるで本当にこの色の肌を持って生まれてきたような……。


「1日限りの仮登録と次回来園時もポイントが残せる本登録、2種類ご用意しておりますがどちらにしましょう?」


 緊張する2人とは違って、魔族のお姉さんはごく自然に対応してきた。


 お姉さんの説明によると――


 仮登録は体験会に近いコース。

 

 仮登録用に用意された装備品が1回限りで全て支給されるが、魔獣を倒してもポイントは得られない。ただ、体験終了後にちょっとした景品がもらえる。


 一方、本登録はアリウェルランドのデータベースに個人個人の成績が登録されて、倒した魔獣によって加算されるポイントが保存される。


 しかし、登録後は初心者アイテムパックを支給するものの、別の装備品を使用したい場合は獲得したポイントで装備品を交換せねばならない。


 豊富なラインナップの中から景品交換を望むのであれば、本登録せねばならないようだ。


(なるほど。こうして何度も足を運ばせて入園料や飲食代で景品を賄っているのかな?)


 サトシは「うーん」と悩む素振りを見せながら内心で別の事を考えていたようだ。


 彼は「どうする?」とツトムに問い、相談した結果、まずは仮登録で体験してみようとなった。


「承知しました。では、奥にある仮登録申請窓口へお進み下さい」


 魔族のお姉さんは左側に並ぶ窓口の一番奥を手で指し示した。


 彼女に礼を言った2人は指示された窓口へ進むと、窓口で対応してくれた人はエルフの女性であった。


 もう驚くまい、と決めたような顔を浮かべる2人であったが、このエルフの女性もかなりの美人である。


 今度も2人の声には緊張の色が含まれていた。


「まずはこちらをお読みになって、サインを頂けますか?」


 窓口のエルフ女性はまず最初に1枚の紙を差し出す。


 内容はアトラクション利用に対する承諾書であった。怪我や貴重品紛失等で責任を負わないうんぬん、といった項目が記載されている。


 こういった部分は日本企業らしい、自衛の精神が垣間見えた。 


 2人が承諾書にサインを書くとようやく本題がスタート。


「体験会では選択できる戦闘スタイルが限定されております。この中からお選び下さい」


 戦闘スタイルを選択してくれ、と言われて見せられた表には『戦士』『魔法使い』の2種類、所謂ジョブの名称と特徴が並んでいた。


 近接・遠距離スタイルの代表的な長所と短所が記載されていて、戦士を選べば革の防具と剣が、魔法使いを選べばローブと杖が支給されるようだ。


 本登録するともっと多くの戦闘スタイルを自由に選択できるようだが、仮登録では代表的な2つのどちらかしか選べないようで。


「おすすめは戦士ですね。選択した戦闘スタイル毎に初期生命力というモノが設定されているのですが、魔法使いは低めに設定されています」


 ここで同時にアトラクションを体験する場所――フィールドと呼ばれる場所について2人は説明された。


 冒険者ギルドの近くにある西門から外に出ると魔獣が跋扈するフィールドへ出れる。


 冒険者は戦闘スタイルによって初期生命力が用意されており、フィールドにいる魔獣の攻撃を受けると生命力が減少。


 ただ、アトラクションには()()()()()が掛かっていて、攻撃を受けても痛みは感じない。


 しかし、生命力がゼロになると西門内側にある専用待機所へ強制的に『転送』されるとの事。


「転送?」


「はい、転送されます」


 転送とはどういう事なのか。生命力がゼロになったら死亡、といった扱いは理解できるが。


 フィールドに待機している係員によって外へ先導される事を『転送』と表現しているのだろうか。


 独特の表現に悩むのもそこそこに、サトシはジョブの選択を急ぐ。


「うーん、じゃあ俺は戦士を選ぼうかな」


 サトシはオーソドックスな戦士を選択。


「じゃあ、俺はせっかくなんで魔法使いで行くぜ!」


 ノリノリになってきたツトムは魔法使いを選択した。


「かしこまりました。では、こちらを持って奥の更衣室へどうぞ」


 窓口のエルフ女性は2人が選択したジョブの内容と仮登録である事を記載した紙を2枚手渡す。これを持って奥の更衣室内にいる係員へ渡して下さい、と告げた。


 2人は指示された通りに更衣室へ。青色の暖簾に男性と書かれており、そちらを潜った。


「おう、らっしゃい!」


 中には男性ドワーフのキャストが待機しており、2人が持つ紙を見せてくれと言った。


「あんちゃんは戦士だな。この番号のロッカーに防具が入っているぜ」


 ドワーフの男性は青色の札に87番と書かれたキーをサトシに渡す。


「あんちゃんは魔法使いか。ええっと……これだ」


 ツトムも青色の札に88番と書かれたキーが渡された。


「ロッカーの中に装備品が入っている。身に着け方が書かれた紙も入っているからな。防具を身に付けたら、あっちにある窓口に声を掛けてくれ!」


 ドワーフの男性に見送られながら2人は指定されたロッカーへ向かった。


 ロッカーの扉には『貴重品は失くさないようにロッカーへ保管するか、各自持って下さい ※ 紛失しても補償しかねます』と注意書きのシールが貼られていた。


「すげえ、マジで革製だ」


「こっちは普通の黒いローブ……」


 サトシが開けたロッカーには革の胸当て、手袋、ベルト、膝まであるブーツがあった。


 それと、一本のロングソード。鞘から抜いて刃の表面を触ってみるとゴムのような感触だった。重量もそこまで重いと感じない。


 サトシは「やはり本物の刃物ではなく作り物か」と小さく笑いを漏らす。


 ツトムが開けたロッカーには黒いローブととんがり帽子。


 それと木の枝のような『スティック』と呼ばれる魔法の杖が。


 サトシは取り扱い説明書を見ながら着ていたTシャツの上に胸当てを装着し、靴を脱いでブーツを装着。手袋をはめて腰に巻いたベルトに剣を差せば完了だ。


 対し、ツトムは服の上からローブを羽織って帽子を頭の上に乗せて木の枝を持つだけ。


 確かに魔法使いらしいが、ツトムは何か物足りないと苦笑いを浮かべた。


「よし、行こうか」


「おう」


 準備を終えた2人はドワーフの男性が教えてくれた窓口へ向かった。


 窓口の中には小さなメガネをかけた金色の長髪をポニーテールのように束ねたエルフ男性が待機していた。


 この男性もエルフらしく耳が長い。


 そして、何より美形だ。男性アイドル歌手並にイケメンである。


 イケメンエルフ男性は女性のハートを一撃で仕留めるような爽やかな笑顔を浮かべながら両手を大きく広げた。


「仮登録の方ですね! ようこそいらっしゃいました! 我がギルドは皆様を歓迎しております!」


 少々オーバーリアクションであるが、とても人当りの良い接し方だ。 


 思わずサトシとツトムにも笑顔が浮かぶ。


「まずはこちらを。冒険者の腕輪です。こちらはお客様の安全の為にも絶対に身に着けておいて下さい」


 窓口のエルフ男性は緑色に塗装された金属製の腕輪を2つ差し出した。


 冒険者の腕輪とはフィールドにおいてのセーフティを適用させる特殊なアイテム。


 これを身に着けている限り、攻撃を受けても痛みは感じない。生命力がゼロになっても安全に待機所へ転送されるとの事。


 どんな魔獣を討伐したか、討伐数なども腕輪に登録されるそうだ。


 また、GPS機能が内蔵されており、フィールド内で迷子になっても腕輪にある小さなボタンを押すと待機所へ転送される仕組みだと説明された。


「へぇ~。凝ってるな~」


「だねぇ」


 サトシとツトムは冒険者の腕輪を腕にはめながら『独自の世界観を構築する小道具の設定』が、よく練られていると感心するように頷いた。


「フィールドに出たらお客様が思うがまま、自由に活動して下さい。自由こそが冒険者でございます!」


 エルフの男性は窓口の向こう側で立ち上がり、一回転ターンすると両手を大きく広げた。


 ジャジャーンと効果音が鳴り響きそうなくらいオーバーなアクションだ。


「……と、言いましてもお客様は仮登録。輝かしい冒険者体験への指針として、こちらでいくつか()()()()をご用意させて頂きました」


 エルフの男性はコホン、と咳払いした後にスッと数枚の小さな紙を差し出した。


「本登録になりますとギルド内にある掲示板からクエストを選択する事も可能なのですが、仮登録の方には事前にこちらから基本的なクエストをご用意しております」

 

 2人は差し出されたメモを手に取って内容を読み始めた。


 1つ目はスライムを5匹討伐する……成功時に成功報酬として100ポイント付与。


 2つ目は薬草を10本採取する……成功時に成功報酬として100ポイント付与。


 といったように、ゲームに登場するようなクエストの内容が書かれていた。


「魔獣討伐も薬草などの物を収集する行為も、ギルドに戻って来た際に討伐・採取報酬が付与されます。それに加えて、クエストを受けていれば成功報酬が付与される仕組みです」


 クエストを受けず、フィールドにいる魔獣を手当たり次第倒しても良し。フィールドに生えている薬草を採取しても良し。


 だが、それらを行うならば目的に合ったクエストを同時に受けた方がお得という事をエルフ男性は説明した。


「は~。なるほど。この辺りはゲームみたいなシステムなんだ」


「MMOみたいだな」


 近年のオープンワールドRPGやRPG系ネットゲームをプレイした日本人ならば馴染み深いんじゃないだろうか。


 この2人も一度はゲームで体験したシステムということもあって、エルフ男性の言わんとしている事の理解は非常に早かった。


「じゃあ、せっかくだから討伐クエストにしようか」


「そうだな。戦ってみたいし」


 フィールドに出て魔獣と戦える事がウリになっているアトラクションだ。


 2人はその特徴を最大限楽しもうと討伐クエストを選択した。 


「承知しました。では、こちらを。2人で向かわれるようですのでパーティを組みましょう」


 エルフの男性はそれぞれ腕にはめた腕輪同士を打ち合わせるように、と説明した。


 サトシとツトムが腕にはめた腕輪をお互いにカチン、と叩き合わせると光輝いた腕輪から小さな七色に光る魔法陣が飛び出す。


 七色の魔法陣は1つの点になると、それぞれの腕輪に浮かぶ点が繋がって線となる。


「うわ、なんだこれ!」


「すげえ!」


 すぐに光の線は消え、腕輪の発光も収まったが2人が驚くには十分な出来事だった。


「はっはっはっ! これでお二人はパーティを組めました。さぁ! 自由な冒険の世界が2人を待っていますよ!」


 驚く2人にエルフ男性は青色の暖簾へ向かって手を向けた。


 ギルドの外に出て、西門を潜ればよい。そう言って。


 サトシとツトムはギルドを出ると西門へ向かう。


 門には兵士が立っており、初めてフィールドに向かう者は声を掛けるようにと大声で告知していた。


 2人も門へ近づくと門の脇に立っていた兵士へ声を掛ける。


「皆様の健康面もございますのでフィールドでの活動はくれぐれも無茶をなさらぬよう。疲れたら安全な場所で休憩なさるか、門の内側へ戻る事をオススメします」


 何ともアトラクションを管理する係員らしいセリフだ。


「ご武運を」


 そう言って敬礼した兵士に見送られ、2人は門を潜った。


 門を越えて、外に出た瞬間――ふわりと爽やかな風が吹いた。


「……ん? あれ?」


 サトシは風を全身に浴びた直後、門の内側へ振り返った。


「どうした?」


「いや、何か……? 中と外で風に違和感が……?」


 振り返ったサトシにツトムが問う。


 サトシは浴びた風の種類が内側と外側で違うと違和感を口にするが、


「なんだ? 冒険者になったから厨二の心が蘇ったか?」


 ツトムは特に何も感じなかったようだ。急にそんな事を言い出したサトシをからかうように笑った。 


「ち、違うよ!」

 

 ツトムにからかわれながらも、サトシは違和感を払拭できないのか何度も外と内に顔の向きを行ったり来たりさせていた。


 だが、景色には違和感が無い。


 門の内側から見えていた通り、太陽の光が降り注ぐ中で青々と生い茂る短い草が生えた平原である。 


「いつまでやってんだ。気のせいだろ……お?」


 門を潜ってから少し歩いた場所で、立ち止まる2人を他の冒険者達が続々と追い越していく中、ツトムは左手方向にポヨンポヨンと地面を跳ねて移動する物体を見つけた。


「あれがスライムか?」


「みたいだね。なんか……本物みたいじゃない?」


 ポヨンポヨンと跳ねるスライムはどう見ても映像で映し出されているような雰囲気ではなかった。


 太陽の光を浴びて透き通った体の中を動く核のような物までハッキリ見える。


 例えばVRゴーグルをしていればリアルな映像として納得できよう。だが、2人はそんな物装着していない。


 どういう原理でアレは動いているのか。


 本当に生きて、その場に存在しているかのようなリアルさに驚く2人の斜め後ろから叫び声が上がった。


「ファイアーボール!」


 いつの間にか2人の近くには、魔法使いの恰好をした少年がいた。少年魔法使いは持っていた杖をスライムに向けて『魔法』を叫んだ。


 すると、少年魔法使いが向けた杖からはバレーボール程度の大きさをした炎の玉が撃ち出された。


 炎の玉は少年が目標と定めたスライムへ飛んでいき、炎の玉に当たったスライムは炎で包み込まれる。


 炎に包まれたスライムはゴウ、と一瞬だけ燃えるような音を響かせると光の粒子になって霧散した。


「やったあ! お母さん! 倒せたよー!」


 少年魔法使いは家族と共に来ていたようで、後ろで見守っていた母親と父親の元へ笑いながら走って行った。


 スライムを見事討伐した少年に顔を向けていたサトシとツトムは顔を見合わせると――


「サトシ、もう認めよう。ここは確かに異世界だ」


「うん」


 チープさを暴こうとやって来た2人であったが、遂に認めた。


 ここでは本当に――アリウェルランドでは『ファンタジー小説に登場する異世界で過ごしているような体験』ができるのだと認めた。


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