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2 アリウェルランドへ 前編


 懸賞で招待チケットを手に入れた田中サトシは休日に親友の吉田努よしだ つとむを誘ってアリウェルランドに向かった。


 目的地である大人気テーマパークは東京都内から電車に乗って1時間半程度。埼玉の山奥に存在している。


 最近改装されたばかりの綺麗な駅に降り立つと、2人はアリウェルランドへ向かう無料のシャトルバス乗り場へ向かった。


 シャトルバスは20分毎に用意されているそうで、こういった手厚いサービスも人気の要因なのだろう。


 バス停の最後尾に並ぶとツトムは愛用のスマホを取り出してカメラアプリの自撮りモードを起動。


 それを手鏡代わりにツーブロックがアクセントになる短い髪を頻りに気にし始めた。


 普段から身なりに気を配っているツトムの容姿はイケメンと呼ばれる部類。たまに都内を歩いていると芸能界に勧誘されるくらいのレベルであった。


 顔面偏差値の高さと清潔感があって、見た目の第一印象はすこぶる良い。もちろん、性格も悪くない。


 彼は高校の時から異性との付き合いが多く、ザ・フツメンのサトシと仲が良い事を不思議に思われていたくらいだ。


 彼と仲良くなったきっかけは当時放送していた深夜アニメを見ていた事が発覚してからだが、その頃のサトシは高校で出会った彼とここまで長い付き合いになるとは思ってもみなかっただろう。


 しかし今となっては、こうして休日にテーマパークへ誘うとすぐに「OK」と言ってくれる親友の存在はありがたく貴重である。


「混んでるね」


 サトシが自分達の後ろに続々と並んでいく他の客達を見ると一言呟いた。


「そりゃあ、ネットでもテレビでも大注目されてるテーマパークだからなぁ。お前がタダになるチケット当てたのも奇跡なんじゃね?」


 休日という事もあってアリウェルランド行きのシャトルバスに乗り場にいる人の数はかなり多い。


 既にシャトルバスを待つ列は50メートル程度後ろにある駅の階段付近まで伸びていた。


 これだけ来園者が多いのであれば、サトシが勧められて応募した懸賞の倍率も凄く高かったのだろう。


 ツトムが奇跡的な確率と言うのも頷ける。


「まぁ、当たるとは思ってなかったんだけどね」


「その無欲さが良かったんだろ。つーか、仕事でさぁ――」


 サトシはツトムと共に最近の生活について話し合いながら待つ事10分程度。シャトルバスが乗り場に到着して扉が開いた。


 2人は到着したばかりのシャトルバスにギリギリ乗り込めたものの、本日が休日という事に加えて連日TVやネットなどの情報媒体で特集されている効果もあってか、シャトルバスの中はギュウギュウ詰めである。


 満員電車にも近い状態のバスの中には家族連れやカップルなどが多く見られるが、サトシとツトムのような男性同士でやって来たと思われる客が数組いた。


 他にも学生仲間や女性同士でやって来ました、といった感じの客層も。


 駅から出発して少々暑苦しい空間に20分程度我慢すると、山が聳え立つ自然溢れる場所に建設された大人気テーマパークの姿が見え始めた。 


「最近のテーマパークは凝ってんな~」


 シャトルバスを降りた2人をまず圧倒させるのは、アリウェルランド全体を囲む巨大な壁。


 バスを降りたツトムは巨大な壁を見ながらそのクオリティに感心していた。


「ネットで写真は見ていたけど、実際に見ると凄いな」


 事前にネットでアリウェルランドの情報を少し調べていたサトシは、壁に囲まれているという情報を知ってはいたものの、その実物を見て驚きを露わにした。


「あのでっかい門がゲートになってんだな」


 次の驚きポイントは入園ゲートにもなっている巨大な正門だろう。


 パークを囲む壁と繋がった巨大な門は難攻不落な城砦の門のような威圧感を放ち、確かに現代日本とは違った雰囲気を演出する。


 他の客が進む背中を追いながら巨大な門の近くまで向かった2人は、間近で見る迫力に改めて圧倒されてしまった。


「すごいなぁ」


「金掛かってんな~」


 来園した客がどんどん吸い込まれて行く巨大な門を見上げると口を半開きにしながら、現代社会に生きる人間らしい感想を漏らした。


「で、どうするんだ?」


 巨大門の出来に関心したツトムはサトシに問う。


「ええっと。まずは……。招待チケットをチケット売り場で提出して下さい、だってさ」


 ショルダーバッグから封筒に同封されていた案内状を取り出し、まずはチケット売り場へ行くようにと内容を読んだ。


 ツトムが周囲に顔を向けて売り場を探すと大人数が列を成している場所を見つける。彼はきっとあれだろう、と言って歩き出した。


 チケット売り場となっている窓口は全部で8つあった。どれも長蛇の列であったが、列の進みは意外と早い。


 2人の前に並んでいた家族がチケットを購入し終えて、いよいよ自分達の番だと窓口に進みながら係員の顔を見て――


「ええ!?」


「エ、エルフ?」


 チケット売り場窓口の係員であるお姉さんを見て、2人は驚きの声を上げた。


 透明なアクリル板の向こう側にいたチケット売り場担当であるお姉さんの耳が異常に長い。


 人間よりも遥かに長い耳はファンタジー小説に登場するエルフの代名詞と言うべき特徴だろう。


 そして、そのエルフお姉さんがファンタジー小説よろしく、めちゃくちゃ美人であること。


 青い瞳を持ったロシア人女性のような顔の造りをして、サラリと流れる長い金髪はどこぞの事務所に所属する雑誌のモデルか芸能人と言われても簡単に信じてしまうだろう。


 優れた容姿と長い耳。それはネットのブログ記事で見た写真よりも遥かに精巧で……と、いうよりも実際に見ると決して作り物とは思えない。


 ネットの来園レビュー記事に対して特殊メイクだろ? などと呟いていた自分の感想を忘れてしまうくらいには。


 2人が思わず驚きながら「エルフ」と口にしてしまうのも仕方がないほどのリアル感だった。


「そうです、エルフですよ~」 


 お姉さんもお姉さんで言われ慣れているのか、ニコリと笑顔を浮かべながら長い両耳を指で摘まむと『エルフ』をアピールした。


 しかも、摘まんでいた指を離してピョコピョコと耳を動かしてみせる。


 リアルな挙動に目を疑う……どころか、2人は驚きで一瞬固まってしまった。 


「はっ! す、すいません。これを」


 我を取り戻したサトシは、慌てて招待チケットを窓口へ差し出す。


「招待券ですね。入園は無料になります。特典として2万円分のアリウェルランド内限定電子マネーが付属していますが、1万円ずつに分けますか?」


 サトシとツトムがそれぞれ1万円ずつ好きに使えるよう、2等分するかと問うお姉さんにサトシは「はい」と頷いた。


「では、アリウェルランド内でお買い物をする際はこちらのICカードを使用して下さいね」


 パーク内での買い物は全てICカードにチャージしたお金で清算する事、アリウェルランド内に現金をチャージする端末がある事、ICカードは持ち帰る事が出来て次回来園時も使える旨を説明された。


 最後に入園する為のチケットとアリウェルランドを案内するパンフレットを渡される。


「正面ゲートの改札にこちらのチケットを差し込んで下さい。では、良き異世界ライフを~」


 チケット売り場窓口のお姉さんに笑顔で見送られ、サトシとツトムはゲートである巨大な門へ向かった。


 槍を持った兵士の恰好をした外国人らしき男性――兜被っていて異種族らしい特徴は見えなかった――が笑顔で迎えてくれる中、駅の改札口にあるような機械にチケットを入れて遂に入園を果たす。


「うっわ、すげえ!」


「はー……」


 門を越えた先にあった景色は確かに異世界の街並みだった。


 事前情報としてネットで調べた通り、道は全て石畳で舗装されて建ち並ぶ家や商店は全てレンガ造りで統一されている。


 街の中央には時計塔が立ち、その更に奥にはアリウェルランドを象徴する白い大きな城が見えた。


 何より、異世界感を演出しているのは来園した客に混じって街を歩く人達だ。


 チケット売り場窓口のお姉さんのようなエルフは勿論、獣のような耳と尻尾を生やした獣人や、角を生やした魔族のような存在まで平然と歩いているではないか。


 それら異種族に混じって黒いローブとトンガリ帽子を被った魔女のような恰好をした女性、革の鎧を身に着けて腰に剣を差した男性2人組、中には金属製のフルプレートメイルを着た者まで歩いていた。


『まるでファンタジー小説に登場する異世界で過ごしているような体験を皆様にご提供します!』


 パンフレットに書かれた謳い文句通り、異世界の街へ紛れ込んでしまったかのような光景に2人は目を奪われてしまう。


「異種族はキャストの人なのかな?」


「じゃないの? 販売員をしている人は異種族の恰好をした人が多いし……。とにかく、最初はどこに行こうか?」


 ツトムの質問へ返答を返しながらも、サトシはチケット売り場で貰ったパンフレットを広げた。


 案内パンフレットの全体図を見る限り、街は中心から十字にメインストリートが敷かれていて、4つのエリアに区切られているようだ。


 メインストリートの他にも街を囲む壁沿いに外周路があってそれを通ってのアクセスも可能となっている。


「とりあえず、真っ直ぐ歩いてみよう」


「そうだね」


 サトシはツトムを誘った際、アリウェルランドが本当に噂通り『異世界』なのか確かめに行こうと言った。


 どうせチープな作り物みたいな出来なのだろう、と2人は予想していたようだが、今の2人の顔には童心に戻ってワクワクを隠せぬような笑顔があった。


 そんなワクワク感を隠しきれぬ2人は入園に使った南側巨大門から伸びるメインストリートを真っ直ぐ進む。


 メインストリートの左右には小さな看板で店の種類を示した商店が並んでいた。


「おい、あっち見てみろ。武器屋だぞ」


 ツトムは道の反対側にあった店を指差す。


 店の軒先には樽の中に剣や槍などを雑に放り込んで『どれでも1つ、1000クオーツ』と書かれた立て看板があった。


 メインストリート沿いに並んでいるのは武器屋だけじゃなく、異世界に登場する定番の店は勿論の事、服屋や雑貨屋など様々な店があって買い物をする来園客で溢れていた。


「あっちは酒場かな?」


 その中でもサトシが指差したのは店の中から陽気な音楽と人の笑い声が聞こえる店だった。


 入り口のドアには未成年お断りの文字と酒瓶のマークが描かれた看板が吊るされ、ドアの片方が開けっ放しになっている。


 中を覗くと入り口から近い席に座っていたのはヒゲの長い男性ドワーフに扮したキャストだった。


 まだ昼前だというのにビールジョッキを持ち上げながら一緒に飲んでいるドワーフと共に豪快な笑い声を上げているではないか。


 その笑っているドワーフの容姿も日本人には思えない。北欧に住んでいる男性のような彫りの深い顔だった。


「ドワーフ?」


「だよな?」


 エルフに次いでファンタジー小説には定番の登場人物であるドワーフ。

 

 長くてモジャモジャのヒゲと背が低い。それでいて、鉱石を精錬して武器や防具を作るのが得意といった特徴を持つキャラクター。


 誰もが一目でドワーフと判別できるような外見的な特徴が忠実に再現されていた。背が小さい特徴すらも。


「一体、どうなってんだ」


 背が異常に高いならば再現性について多少は考察できる。だが、低い場合はどう再現すればよいのか。


 入園してから驚きっぱなしであるサトシの肩をツトムが手で叩いた。


「おい、見てみろ」


 そう言ってツトムが顎でしゃくった先には猫耳を生やした女性が歩いていて、彼女を見たサトシは何度目か分からぬ驚きの表情を浮かべた。


「あの人の尻尾、動いてね?」


「ああ、すげえ」


 彼女のお尻からは猫の尻尾が生えていた。ただ生えているだけならば、その表現方法の仕組みについて誰でも理解できよう。


 しかし、まるで本物の猫が尻尾を動かしているかのように、猫耳獣人のお姉さんから生える尻尾もフリフリと自然に動いているのだ。


「マジですげえな。異世界感出すのに本気出しすぎじゃね?」


「窓口のエルフといい、さっきの猫耳さんといい、あのドワーフも……。外国人を雇って特殊メイクを施しているのかな?」


 正解など分からぬ問いを漏らしながら、サトシはメインストリートに並ぶ店と店の間に伸びた裏路地を覗き込んだ。


 道の奥には住居らしきレンガ造りの家があって洗濯物が干してあった。


 実際に人が住んでいると錯覚させるような細かい演出にサトシは感嘆の息を漏らす。

 

 顔を戻し、再びメインストリートを進んで街の中央にある時計塔広場まで2人は進んだ。


 広場に到着すると広場の端っこには荷車を改造した移動型の露店が並ぶ。


 どんな物が売っているのか、と覗き見ると売っているのはジュースや調理パンといった軽食のようであった。


 2人は真夏のような暑い気温もあって、喉の渇きを潤そうとジュースを売っている移動型の露店へ向かう。


 といっても、ただの『ジュース』ではない。


 露店の横に立て掛けてあった黒板タイプの看板に書かれた文字は――『各種ポーションあります』である。


 そう書かれた文字の下には、各ポーションの色と効能が記載されていた。


 体力回復には赤、魔力回復には青……等と色々書かれていたが、本当に効果があるかは謎だ。


 というよりも、ただ単にジュースをポーションと呼ぶテーマパーク特有の遊び心だろうと2人は察したようだ。


 移動販売できるよう車輪の付いた荷車型露店と一体化した透明なフリーザーに入ったポーションは、勿論全て瓶に入って売られていた。


 よくファンタジーの物語に登場する丸いフラスコのような瓶である。


 列に並んだ2人は瓶の中に入っている色を見て直感的に選ぶ。


 よく冷えたポーション瓶はコルクで栓をされていたが異種族の販売員がコルクを外して手渡してくれた。


 ICカードで会計を済ますと「飲み終わったら瓶は回収する」と、回収用のケースを手で示しながら告げられる。


 2人はキンキンに冷えたポーションを購入した後、広場のベンチに座ってゴクリと一口。


 サトシが選んだポーションの色は赤色。


「……リンゴ味だ」


 ツトムが選んだポーションの色は青色。


「ブルーハワイソーダ?」


 丸いフラスコのような瓶に入った液体はポーションと称してはいるものの、やはり味はただのジュースである。


 看板に書かれていた効能はやはり演出と遊び心か、と2人は笑った。


「で、どこに行く?」


「そうだなぁ。やっぱり最初はネットで騒がれていた冒険者ギルドか?」


 パンフレットを広げたサトシはアリウェルランドの北西エリアにある『冒険者ギルド』を指差す。


 冒険者ギルドとは、アリウェルランドにおいて最大の目玉である体験型アトラクションの窓口とされる場所だ。


 事前にネットで調べた情報によると、冒険者ギルドで冒険者登録、もしくは1日限りの仮登録をするとアリウェルランドの西門から出たところにある平原で魔獣と呼ばれるモンスターと戦えるそうだ。


 この魔獣と戦う体験型アトラクション『冒険者活動』こそがアリウェルランド最大のウリであり、来園する人々の目的でもある。


「魔獣を倒すとポイントが貰えて、景品と交換できるんだっけ」


 ツトムがサトシから誘われた時に聞かされた内容を言うと、サトシは頷いた。


「ネットで調べたら景品のラインナップに最新の電化製品があったよ。一番高いのだと、外車もあるらしい」


 ツトムを誘って来園する事が決定すると、サトシはネットで色々調べたようだ。


 ネットに転がる記事の中でも一番注目されていたのは体験型アトラクション『冒険者活動』で稼いだポイントの交換対象となる景品のラインナップ。 


 ラインナップにはお菓子の詰め合わせから高級なお肉、サトシが言ったように最新の電化製品。最大ポイントの景品となると外国産の自動車まで用意されているようだ。


 来園する人の中には年間フリーパスを購入し、冒険者活動で稼いだポイントで景品を交換。


 そして、交換した景品をフリーマーケットサイトなどに出品して金銭を稼ぐ者までいるらしい。


「でも、ほとんど金銭目的でやってる人がいないらしいんだ」


 サトシが言った通り、リアルな金銭目的で冒険者活動に従事する者は少ないようで。


「じゃあ、何に交換しているんだ?」


 ツトムがそう言いながらポーションを一口飲んだ。


「冒険者活動で使う武器や防具、アイテムに変えているらしいよ」


 日常生活に使える景品ラインナップとは別に冒険者活動で使用できる武器や防具、アイテム類が揃えられた交換コースもあるらしい。


 ほとんどの人はそちらを目当てに交換しているようだ。


「でも、その冒険者活動でしか使えないんだろ? 電化製品とか貰って帰った方がお得じゃね?」


 電化製品の中には未使用状態で売却すれば結構良い金額になる物もあるだろう。物によっては入園料をペイできる可能性も秘めている。


 ツトムは自分ならばそっちを選ぶ、と言いたげに首を傾げた。


「俺もそう思ったんだけど、ネットの意見だと冒険者のアイテムコースを選ぶ人が多いらしい」


 サトシも同意見のようで、ツトムと同じように首を傾げた。


「ふぅん……。まぁ、行ってみればわかるだろ」


「そうだね」


 2人はポーションを飲み干すと空き瓶を回収ケースに入れて、北西エリアにある冒険者ギルドを目指して歩き出した。


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