18 レイド戦終了後
ベヒモス討伐の様子はアリウェルランドの北西エリアを除いて全てのエリアで中継された。
普段のイベント戦とは違って門の上から観戦できぬ考察者達はモニターを真剣に見つめながらメモやノートにペンを走らせていた。
フィールド上に常設される魔獣、イベント戦でしか登場せぬ普段よりも凶暴化した魔獣。
それらどれとも違った『巨獣』という新しいカテゴリに対しての意見と考察をレポートを纏めて売り出そうという目論見である。
不参加表明した冒険者、一般客に混じって観戦を続けていた考察者達は南西エリアにあるカフェに陣取ると意見の交換をしつつ、観戦を続ける。
山賊のような見た目をした冒険者が一撃目を加えた時は、他の冒険者や一般客と同じように歓声を上げていたが……。
敵の激しい攻撃によって魔法使い達が次々とやられていくシーン、前線が崩壊していく様子を見ると、ほぼ全員が諦めムードとなっていた。
「あー、だめか」
「こりゃあ……失敗かな?」
「新しいコンテンツなんだし、初回は失敗でもしょうがない」
今まで様々な魔獣の考察、イベント戦での考察をしてきた彼等は戦場の動きに対して敏感だった。
巨獣討伐戦だけでなく、通常のイベント戦でも一度崩れればそのまま立て直せず……という経験は多い。
加えて、今回は誰も経験した事がない相手だ。
負けても仕方ない。初見は無理。次の機会に向けて戦術を練るべきだ、等の意見が多く上がった。
そう意見が飛び交う考察者達の中には嘗て田中サトシ達へ初心者入門書を譲った『工藤浩一』の姿もあった。
彼はメモを机の上に置き、握ったペンの先をメモの上でトントンと叩きながら黙ってモニターを見続けてる。
「巨獣……。魔導兵器……。新要素を告知無しで出したのは何故でしょうか……」
モニターを見ているものの、彼が考えているのは巨獣討伐に対する事ではない様子。独り言で呟いた内容を聞く限り、彼は今回初出しとなったレイド戦自体への考察をしているようであった。
通常のイベント戦も盛り上がってはいるものの、パターンバリエーションとしては1つしかない。
魔獣の群れを討伐するという大規模討伐だけである。
一味違ったイベントを出すとすれば、もっと事前に興味をくすぐるように情報を小出しにするのが運営企業としては当たり前の事ではなかろうか。
特に絶大的な人気を誇る冒険者活動に付随するコンテンツであれば猶更だろう。
が、アリウェルランドを運営する企業――司馬コーポレーションからはそういった情報は出ていない。
本当に突然、レイド戦なんてものが始まったのだ。
「成功させる気がない?」
例えば、今回のレイド戦を告知無しで開催して参加者に体験させると同時に敢えて失敗させる。
これほど難しかった。大迫力で足が竦んでしまった……など、感想を体験者から伝えさせて、体験者ならではの臨場感溢れる体験談を広告にしようとしているのか。
ここで失敗させて、勝利への渇望を滾らせて。巨獣討伐を冒険者個人の到達目標とさせるつもりなのか。
工藤はメモに『レイド戦はエンドコンテンツにして冒険者のゴールなのか?』とメモに記載する。
「うーん。でもなぁ……」
メモに記載したものの、この考えは納得いかないようだ。工藤は首を傾げて腕を組んだ。
「冒険者になった客に爽快感を与え続けていたのに、いきなり失敗させるかな?」
冒険者活動が人気になった理由は『異世界を代表する冒険者に成りきれるから』という事もあるが、やはり一番の要員はストレス発散だろう。
ゲームのように敵をバッタバッタと倒し、自分の強さを示す。
ゲームでは味わえぬリアルな臨場感、戦闘を行ったというリアリティ。目に見える悪を滅ぼしたという快感をくすぐるコンテンツ。
一部では冒険者活動に対して人の凶暴性を増幅させる、と問題視しているようだが。
ある意味正しい意見だ。人は禁忌を犯す事に快感を感じる。
運営企業である司馬コーポレーションは、殺人を犯してはいけないという抑止と感情を皆が抑えている、という事が前提と考えられている節がある。
その感情を『人』ではなく『魔獣』にぶつけて下さいね、と提示しているように捉えられるだろう。
だが、実際問題として人気のコンテンツになった。人気になった背景には、やはり『ストレス発散』と『ストレス社会からの逃避』などが挙げられるとしか言いようがない。
司馬コーポレーションは『ストレス』を感じている人間に対して『優越感』や『爽快感』『自己顕示欲』を満たす場を用意したのだ。
つまるところ、来客を『良い気分』にさせる事でリピーターを増やしている。アリウェルランドに行けば『良い気分』になれるぞ、と。
「相反している気がするんだよなぁ……」
しかし、この巨獣戦はこれまでとは違ったように見えた。
イベントの失敗 = ストレスを与えると言える。勝てぬ相手に挑む事で盛り上がる人間もいるだろう。ただ、不特定多数の人間に対してストレス発散とはならない。
「別の何かがあるのか?」
司馬コーポレーションは今までとは違った別の何かを考えている。そう思えてならないのか、工藤の眉間に皺が寄った。
彼はメモ帳のページを少し戻し、以前彼が記載したであろうアルファベットに似ている謎の文字を見つめる。
その文字は地球上に存在するどの文字とも一致しない。どこか別の文化が形成した新手の文字のようなものであった。
「司馬コーポレーションは何かを隠しているのか? アリウェルランドの裏には何かがあるのか……?」
ネットで囁かれるアリウェルランドの謎。冒険者活動に用いられる転送や実際に生きているとしか思えない魔獣の挙動。それらはネットの中で色々と推察や考察が飛び交っている。
司馬コーポレーションはそれらに対して「VRを発展させた新技術」と言い張っているし、日本政府も「リアルに思えるのは企業が努力した賜物ではないか」とはぐらかしている。
あり得ない。本当はどうなんだ? と意見が飛び交うものの、真相が伝えられる事は無いだろう。
安全性は万全で怪我等の問題が起きていない故に大事にはなっていないが、こんな謎多き未知なる技術を運用している事は大半の者が気にしていない。
「まさか、本当に魔法が――」
「おい! 熱い展開になって来たぞ!」
思案する工藤の耳に他の客が上げた声が届く。すっかり考えに没頭してモニターを見る事を忘れていた工藤は顔を上げると……。
「あれは……」
いつだったか、レストランで自作の本を譲った男性の顔が映し出されているではないか。
肩に魔導兵器を担ぎながら懸命に走る姿を見て、工藤の顔に笑顔が浮かぶ。
「本登録してくれたようですね」
自分の書いた本は少しでも役立ってくれただろうか。彼が本登録に至るまで後押しできたのなら満足、そう言わんばかりに。
「行けるか!?」
「あー! まずい! 攻撃が!」
彼と共に走る3人の冒険者。4人の激走をモニター越しに見ている者達が熱の籠った声援を上げ始めた。
サトシが魔導具を担いで走る姿も相まって、まるでラグビーの試合を見ているかのような熱狂っぷり。
1人減って3人に。また1人減って2人。そして、最後に山賊のような冒険者が身を犠牲にして、サトシが真下へ到達した。
「行け! 行け!」
観戦する者達の熱量はピークに達した。他の考察者もメモとペンを放り投げて応援の言葉を飛ばすだけになっていた。
そして、遂に最後の1撃が決まる。魔導具が発動してベヒモスから断末魔が上がると、地面に倒れ込んで動かなくなる様子が映し出される。
「やった!」
「すげえぞ!」
真下にいたサトシは転送されてしまっただろうが、レイド戦が勝利で終わった事で歓声の声が至る所から上がった。
ただ、やはり工藤だけは席に座ったままモニターを見続ける。
「クリアできる難易度だったのか……? ううん……」
不可能かと思われたが実際クリアできてしまった。
ギリギリの戦闘をさせ、その臨場感を味あわせるコンテンツだっただけだろうか。これまでの考えは否定すべきなのだろうか。
新しい要素から司馬コーポレーションの考え方を探れるかと思われたが、結局は悩みを増やすだけになってしまったようだ。
「いや、急いで答えを出すべきじゃないか」
工藤はメモ帳に保留と書いて丸をする。書き終えた彼は立ち上がると他の者達に混じってモニターへと拍手を送るのであった。
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レイド戦が終了した頃、歓声を上げていたのはパーク内にいる来園者だけではなかった。
王城にある司令センターに勤める異種族のオペレーター達も歓声を上げてフィールド上にいる全ての者達へ拍手を送っていた。
「ジルベスタ王国の巨獣も討伐成功です!」
同時に嬉しい報告が追加される。司令センターの巨大モニターには死亡した巨大なクモの死骸と討伐者である2人のSランク冒険者の後ろ姿が表示された。
「ふぅ」
司令センターの最上段にいた総一郎からも安堵の息が漏れた。
彼は椅子の背もたれに背中を預け、己の判断が間違っていなかった事へ安心するかのように小さな笑みを浮かべる。
すると、背後に突然気配が生まれた。
こういった変化に敏感な総一郎の肩が一瞬だけピクリと動く。だが、現れたのが自分のよく知る人物であると察すると振り向きもせずに言葉を発した。
「どうだ? 言った通りだろう?」
総一郎の背後に突如現れた人物。
天使のような羽を生やし、黄金のような金の長い髪をポニーテールに纏めて。容姿はこの世の美を凝縮させたような、美の完成形と呼べるような完璧な容姿。
彼女を見る者は誰でも溢れ出す神々しい雰囲気に圧倒されるだろう。
ただ、彼女が身に着けている洋服が……。
白いTシャツの中心には『I LOVE 日本』と赤文字で描かれ、下は量販店に売っているようなありふれたジーンズ。
雰囲気は神々しく、顔は無表情。人を超越したような存在感を出しているものの、身に着けている物は俗っぽい。
完璧と不完全の調和と呼べば良いか。いや、ただ彼女のセンスが桁外れ過ぎて凡人には理解できないだけだろう。
「確かに。貴方以外にも英雄になりそうな……原石が存在すると分かりました」
このレイド戦を通して、英雄そのものは現れなかったと言っていい。
英雄であれば巨獣など一撃で葬るはずだ。英雄である総一郎がそうであるように。
ただ、彼女の言う通り原石はいくつか見つかった。
「だから言ったんだ。まだ諦める必要はない、と」
「……そうですね。私もこちらの文化に触れて楽しさが分かってきたところです」
彼女がそう返したところで、総一郎はようやく彼女へ振り返る。
彼女の装いを見た彼の口角がピクリと痙攣した。
「……だろうよ」
お前、そんな恰好で良いのかよ。そうも言いたげな目を総一郎が向けるが当の本人はまるで気にしていない様子。
総一郎の顔をじっと見て、パチパチと何度か瞬きをした彼女はゆっくりと口を開いた。
「英雄よ。計画の続行を承認します。それと――」
「なんだ?」
「私の部屋にお菓子の追加を。ポテチを多めに。それと来月発売のゲームを予約しておいて下さい」
彼女の言葉を聞き、総一郎の思考が一瞬止まりかけた。頭痛すらも感じそうになるが、彼は頷きを返す。
「お菓子の件は了解した。だが、ゲームはダウンロード版を買え」
「ダメです。パッケージ版を購入して収集する事に意味を見出しました。コレクションという行為は感情と心をくすぐる」
彼女は無表情を崩さず、顔をふるふると振って。
ジーンズのポケットからメモの切れ端を取り出すと総一郎へ手渡した。内容は予約するゲームタイトルとお菓子の種類が記載されていた。
「お前、本当に俺へ借りがあると感じているのか?」
「ええ。思っていますよ。貴方がいなければ、こんな事は体験できませんでした」
それに、世界も終わっていた。彼女はそう告げる。
無表情だが、彼女は嘘をつかないと知っている総一郎はため息を零した。
態度や少々上からの物言いは彼女のクセで、仕方がないと分かってるからだろうか。
「分かった。だが、今後も力を貸せよ。見つけた原石を磨く作業が残っているんだ」
「ええ。良いでしょう。私は貴方に協力すると宣言しました。今更惜しみませんよ」
総一郎へそう返答した彼女の口角が少しだけ上がったように思えた。
だが、確かめる時間も与えず。彼女はその場から姿を消した。
「全く……」
ふぅ、と再びため息を零した総一郎は再びモニターへ顔を向けた。
モニターには喜び合う冒険者達の姿が表示されている。腕を組んで喜び合う彼等へ向けて、総一郎は口角を吊り上げて笑った。
「こちらも君達を楽しませられるよう努力しよう。だから……。これからも頼むよ。冒険者諸君」
総一郎が零した言葉通り、これからも冒険者達の活動は継続されていくだろう。
彼等は何も知らないまま、楽しみながら世界救済に加担する。
そして、いつの日か。
英雄が誕生するに違いない。




