11 本登録
本日快晴。
9月も終わりに近づき、あと数日でカレンダーも10月に変わる頃。
朝と夜は秋を感じられるような肌寒い気温になるが、日中は気温が高くなって暑くなる日が多い。
体調管理に気を付けなければならぬ平日を過ごし、ようやくやって来た休日の朝。
半袖では少々肌寒く感じる気温の中、サトシとツトムはアリウェルランドへ向かうシャトルバス乗り場を目指して駅の階段を降りていた。
「あ! きたきた! お~い! こっちこっち!」
「おはよう、2人共」
サトシとツトムは新しく友人となった女性2人――咲奈とまひろと約束通りの時間に駅で合流。
チャットアプリでの話し合いの結果、朝からアリウェルランドへ突撃してとことん楽しもうと決めた4人の顔にはワクワク感が溢れ出していた。
「今日は本登録をして、いっぱい美味しい物食べよう!」
一番はしゃいでいるのは咲奈だろうか。彼女はひまわりのような満面の笑みを浮かべながら握り拳を作る。
「勿論だ! ネットでレストランのレビューも集めて来た!」
咲奈に乗っかってテンションを上げたのツトムはスマホのブラウザにブックマークしたレビューページを咲奈に見せて盛り上がる。
「おはよう、神田さん」
「おはようございます」
対し、サトシとまひろは盛り上がる2人を見守るようなテンションで。だが、2人も同じくらい楽しみなのか笑顔を浮かべていた。
4人はシャトルバス乗り場に移動して、それぞれ話し合いを続けた。
「俺も色々調べて来たんだ。冒険者の方だけど」
サトシがリュックから取り出したのは、初来園の時に『考察者:工藤浩一』からもらった冒険者入門書であった。
彼が取り出した入門書の中には気になるページに付箋が貼られているのか、本の間から色とりどりの付箋の頭が飛び出していた。
「凄い調べたんですね」
付箋の量に驚くまひろ。サトシは照れるように笑った。
「はは。久しぶりに走り回っても苦じゃないと思えるくらい楽しかったからさ」
仮登録で戦士となったサトシ。彼は運動不足で普段の通勤に使う駅の階段を上るのも息切れしてしまうほどである。
だが、戦士となってフィールド上に出た時は違ったと言う。
体が悲鳴を上げても尚、楽しさが勝る経験をしたのはいつ以来だろうか。
下手したら子供の頃、学校の友達と夕方までかくれんぼや鬼ごっこをして過ごしていた時まで遡るのではないか。
確かに息も切れるし、初来園した次の日は足や腕が筋肉痛になった。
それでも平日の間、ずっと彼は戦士でいた時を「楽しかった」と思っていたようだ。その証拠がこの冒険者入門書にある付箋だろう。
あの楽しさをもう一度。
いや、本登録したら仮登録では味わえなかったシステムも使えるはず。
そうなれば……初日以上の楽しさが味わえるかもしれない。そう考えたら事前調査が止まらなかった、とサトシは語った。
「田中さんって、ゲームはやり込むタイプですか?」
瞳をキラキラさせながら語ったサトシに「ふふ」と小さく笑ったまひろ。
「ああ、確かにそうかも」
彼女の問いに頷くサトシ。思い返せば、購入したゲームはフルコンプしないと気が済まないなと返した。
「私もなんです」
そう言って、まひろもバッグから入門書を取り出す。サトシよりも量は少ないが、彼女の入門書からも付箋の頭が見えていた。
2人は似た者同士、気が合うのかもしれない。
だが、お互いにそれは口にせず笑い合うだけだった。
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シャトルバスに乗って開園10分前にアリウェルランドに到着した4人の足は自然と早足になってチケット売り場へ。
前回のイベント戦報酬で得た半額券を使用して1日分のチケットを購入、開園と同時にアリウェルランドの正門を潜る。
中には初来園同様、多くの異種族キャストが来園者を出迎える。
「やっぱすげえな」
「どう見ても異世界の街だ」
初来園の時と同じ感動を覚えるが、4人は脇目も振らずに北西エリアへ向かった。
目的地は冒険者ギルドB館。窓口が混む前に本登録を終えようという考えのようだ。
4人の考えは正解だった……と言うべきか。
確かに初来園時のような長蛇の列は出来ていないが、ギルド内には小さな列が既に出来上がっている。
ただ、待ち時間は僅か5分程度。すぐに4人の番がやって来た。
4人は窓口で本登録の申し込みをすると別室へ通される。
別室にあったソファーに着席を勧められ、アトラクション利用の規約書にサインを求められた後に初回に就くジョブの選択を迫られた。
「俺は戦士かな」
サトシは仮登録時にも体験した戦士を選択。
「俺は魔法使い! やっぱ魔法っしょ!」
ツトムも魔法使いを選択する。彼はやはり魔法の魅力に憑りつかれているのだろう。
「あたしはシーフよ!」
「私は回復師で」
咲奈は近・遠距離攻撃武器どちらの適正もあるが生命力が低いというシーフを選択。
まひろは攻撃魔法を覚えないが仲間を回復できる回復師を選択した。
「本登録した方は隣にある建物の地下にある本登録者専用ロッカーがご使用頂けます。初期装備もそちらの更衣室で受け取って下さいね」
本登録すると初期装備だけはプレゼントされるようだ。
専用ロッカーも無料で用意され、アリウェルランド内で獲得した装備品はロッカーの中に入れて保管できるシステムであると説明される。
1年以上の来園が無いとロッカーの契約は解除され、中の装備品は回収されてしまうようだが消失扱いにはならぬようである。
ただ、仮登録時に支給される便利アイテムまでは与えられない。といっても、サトシ達は手違いで仮登録時も受け取れなかったが。
「あとは、基本的な冒険者のシステムですが……。もしかして、そちらの工藤さんが作った本を読んで既に知っていますか?」
担当者の獣人女性キャストは、サトシがテーブルの上に置いた冒険者入門書を見て微笑みながら首を傾げる。
「あ、はい。冒険者の装備はポイント交換かクエスト報酬で得た素材を用いて作るんですよね?」
「装備の他にもポイントでスキルを購入できるんだっけか」
サトシ、ツトムが順に口にした通り装備はポイントで買える既製品と素材を集めて製作する物の2通りが存在する。
装備品の中には素材を集めて製作せねば手に入らない物もあり、既製品よりも製作装備の方が能力も質も優れている。
特に顕著なのは防具に付与されている生命力数の数値だろう。装備品に付与された生命力はジョブ基本値にプラスされ、それが総生命力となる。
例えば戦士の場合はジョブ生命力基本値が100。そこに生命力100が付与された装備品を身に付ければ総生命力が200となる。
攻撃力もジョブの基本値に武器に付与された数値が加算され、攻撃時に与える数値が決定する。
このアトラクションにおいて、基本的に強さとは装備品の質だ。極論、最高品質・最強装備を手に入れれば誰でも強くはなれる。
ただ、最高品質の装備品を手に入れるには相当な苦労とポイントも掛かるのだが。
しかし、最高品質・最強装備を手に入れても『強い』と称されるレベルに留まるだろう。
その理由は個々が選択取得するスキルという概念が加わってくるからだ。
現在発見されている各種ジョブ別には取得できるスキルが決まっており、このスキルという概念は冒険者に大きな影響と1人1人の個性を与えている。
例えば戦士であれば生命力上昇、攻撃力アップなどのパッシブスキル。
他にも武器を振った際に衝撃波を飛ばすアクティブスキルなど。
取得できるスキルは数多くあって、それぞれ取得する為のポイントがバラバラだ。
これら、数多くあるスキルを組み合わせて『スキルビルド』を組む事で、例え戦士同士であってもスキルの取得数や種類によって個性が生まれる。
所謂『自分が考えた最強のビルド』が構築できるというわけだ。
「あとは、ジョブ変更にもポイントが必要になるんですよね?」
最後にまひろがジョブの変更点について確認した。
ジョブは好きな時に変更できるが、変更するには一定数のポイントが必要となる。
加えて、ジョブを変更しても元のジョブで購入したスキル履歴は消えない。
これら全て入門書に記載されていて、既に知識を得ているサトシ達は獣人女性へ間違っていないか確認した。
「はい。仰る通りでございます。素晴らしい!」
獣人女性は「将来有望な冒険者ですね」と4人を褒め称えた。
彼女が浮かべた表情には純粋な賞賛であると思わせる、感心と喜びが混じった自然な感情があった。
4人にヨイショしている、と感じさせないあたりに受付嬢としてのプロフェッショナル感が漂う。
「といっても、入門書のおかげですけどね」
サトシは少し照れながら返すと獣人女性は再び微笑んだ。
「工藤さんの書いた本、凄いですよね。丁寧で情熱に溢れているって私達の間でも有名なんですよ」
彼女の言葉にサトシ達は「へぇー」と驚いた。入門書をくれた工藤はアリウェルランドのキャストにも顔を覚えられている程の人物なようだ。
「北西エリアにある書店では『考察者』ジョブになった冒険者の方々が描いた本やレポートが売っていますので、書店を覗いてみるのも面白いかもしれません」
工藤のような考察者は戦闘でポイント得ない。その代わり、執筆したレポートや本をギルドに提出して認められると一定数のポイントが得られるそうだ。
それらギルドに認められた物は書店に並び、他の冒険者が実際に購入する事も可能である。
獣人女性は「何か行き詰ったら、書店でヒントを探すのもアリですね」とアドバイスしてくれた。
「ああ! あと、重要な事が1つ! 本登録以降はクエストに失敗したり、破棄するとペナルティとしてポイントが引かれてしまう事もありますのでご注意下さい」
クエスト失敗になる条件はいくつか存在する。
例えば討伐系クエストであれば全員が死亡扱いとなって待機所へ転送されてしまった場合だ。
採取系であれば定められた時間内に指定のアイテムを集められず、強制転送されてしまうと失敗となる。
ランク内のクエスト受注数に制限は無いが、過剰なほどの受注や身の丈にあった物を選択せねば失敗して大きな損失をしてしまうだろう、と獣人女性は説明した。
「以上となります。もしも、分からない事がありましたら窓口までどうぞ。質問用の窓口は別になっていますので、案内員にお申し付け下さい」
「はい。わかりました」
サトシ達が注意事項の確認を終えると、対面に座っていた獣人女性が立ち上がる。
「それでは、クレジット用のICカードをお預かりしますね。皆様のギルドカードを発行して参りますので少々お待ち下さい」
獣人女性の背中を目で追う4人の顔には揃って「いよいよだ」と言わんばかりの興奮気味な顔があった。
その理由はこれから発行されるギルドカードだろう。
冒険者には欠かせぬアイテム、冒険者にとっての象徴たる物と言えばギルドカード。窓口に出せば一発で個人情報が読み取れるスーパーアイテムである。
ここ、アリウェルランドでもギルドカードは存在した。
カードの中には冒険者活動においてのデータ管理、及びポイントの付与と蓄積に使われる。
窓口の受付嬢が個人データを参照する役割の他に、付与されたポイントで景品交換・装備品や飲食物の購入も可能だ。
レストランでの飲み食いも専用のカードリーダーに当てて「ピ」で済む。
ポーションを購入する際も同じく「ピ」である。
近年日本で加速したキャッシュレス文化は異世界にも浸透しているのだ。
「お待たせしました」
部屋に戻って来た獣人女性は4人それぞれの前に名前と専用番号が掘られた銀色のカードを置き、自分の傍には小さなディスプレイ付きのカードリーダーを置いた。
「それでは選んだジョブが正しい事のご確認、以前のカードに入っていた残高が合っているかどうかを合せてご確認下さい」
1人ずつ銀色に輝くギルドカードを手に持ってカードリーダーに当てる。
自分の名前、選択したジョブ、初心者冒険者である証としてEランクの表示と現在のポイント数がゼロと表示された。
加えて、一番下にはアリウェルランド内の通貨である『クオーツ』チャージ残高が表示される。
「アリウェルランド内での会計ではクオーツと冒険者ポイントどちらでも使えますので、どちらをお使いになるか会計時にお申し付け下さい」
クオーツは日本円を換金したもの。ポイントは冒険者活動でしか得られぬポイント。
全員が確認し終えたら登録は終了となる。
すると、最後に獣人女性が立ち上がって頭を下げた。
「本登録ありがとうございました。冒険者ギルドは皆様の参加に心よりお礼申し上げます」
顔を上げた獣人女性は笑顔を浮かべて――
「皆様の冒険者人生を精一杯サポートさせて頂きますね」
新人冒険者達の新たな門出を祝福した。




