はいろう様
俺は“山の上の教祖様”とやらに会うため、村の奥にそびえる山へ向かうことにした。近づくにつれて露店が増え、道はほのかに明るい提灯で飾られている。降臨を皆で祝うための、一見すると暖かな祭りだ。だが俺はどこか寒気を覚えた。
途中で露店の看板に必ず赤い丸が描かれていることに気がついた。なんの変哲もないマークだがなぜか目を引き付けられるので、道行く人に聞いた。
「あれははいろう教の象徴だべさ、いつも見てるだろうが。」
「はは、今日ここに来たばかりなものですから。」
「あんちゃん新入りかぁ。なんだ、今から教祖様に挨拶け?」
「ええ、そんなところです。」
できる限り自然に返す。今いる場所の正体が分かっていない以上、うかつな真似はできない。
山には長い階段が備えられており、中腹には大きな寺のようなものがあった。しかし屋根には十字架が付けられ、何の宗教が源流なのかをうかがい知ることはできない。目を凝らすと十字架に赤い輪っかが掛かっているのが見えた。
階段を登る俺とは反対に、日はどんどん沈んでいく。辺りが暗くなるのと同時に“寺”へ向かう人々は増えていく。皆一様に呪文のような言葉を口にしていた。
「えんじょうはいろう、えんじょうはいろう」
まだ舌足らずな幼子も「あんじょーへーろー」と唱えている。
言葉の意味は理解できないが、たぶんはいろう様を称える言葉か何かだろう。俺も習って口にしながら進んでいく。こういった田舎のコミュニティでは、周囲と同じ行動をしておけば大抵は問題ないはずだ。
寺の前は村人で大盛況だった。教祖様教祖様と連呼し、その登場を待っている。集団中にはあの老人もいた。
しばらくすると寺の門が開き、真っ白なローブとも袈裟とも言える衣服を纏った人物が姿を現した。顔には仮面を付けていて、表情は見えない。村人たちがワッとざわめき、口々に教祖を称える。
「皆さま、遂にこの日がやって参りましタ。我らを救いたもう神が、今日ここに降臨なされるのデス。」
熱狂が最高潮に達する。はいろう様、教祖様、はいろう様、教祖様。
俺は教祖がやけに胡散臭く見えた。心なしかあいつの言葉は片言に聞こえる。この村はあんな中途半端な奴を崇めているのか。それともアレに縋らなければならないほど、この村の人々は追い詰められているのか。
「さらに今日は新たな仲間もやってきましタ。さあ、そこの君、どうぞ前ヘ。」
仮面越しに目があった気がした。村人が一斉にこちらを見る。全員が不気味なまでに笑顔を浮かべ、俺の背中を押した。
「君はなぜここへ来たのですカ?
「えと、その……道に迷ってしまって……。」
「ええ、人は誰しもが迷える仔羊デス。君もきっとはいろう様に導かれ、辿り着いたのデショウ。大丈夫、必ずや君は救われマス。」
「あ、そんな大袈裟な話じゃなくて、気づいたらここにいたというか、家に帰りたいだけというか……。」
「ご安心なさイ。人の魂のあるべき場所は決まってイマス。君は今宵、神の御許へと誘われるのデス。」
ダメだ、話が通じない。本当にただ帰りたいだけなのに。
「さあ皆さま、彼を我らの輪に加えてあげようではありませんカ!はいろう教は誰一人として見捨てマセン。なれば信徒たる皆さまも人を見捨ててはなりマセン!」
「おっしゃる通り。」
「えんじょうはいろう。」
「良かったね、あんた。」
「えんじょうはいろう。」
周りを笑顔と呪文で囲まれる。
「私は長年はいろう様が降臨なさる土地を探していましタ。そしてある日天啓を得たのデス。光来世村こそふさわしいト!」
怒りが湧き上がる。お前は何を言っているんだ、弱った人々の心につけ込む詐欺師が。はいろう様なんて聞いたこともないぞ。
こいつの言っていることは嘘っぱちだと言ってやりたかったが、村人の笑顔を前に躊躇ってしまう。
「さあ、はいろう様をお迎えする前に、我らの身を清めマショウ。この御神酒を飲んで穢れを浄化するのデス!」
教祖の指示に従って、全員で輪を描くように並ぶ。子どもの両隣には大人が来るように並んだ。輪の中心には奴がいる。
大きな盃が廻され、一人一人が少しずつ飲む。さすがに子どもたちは飲んでいないようだ。俺にも廻ってきたが酒は苦手だ。飲むフリをして隣に渡した。
「全員飲みましたカ?それではこれより儀式を始めマス!我らの輪を神に捧げマショウ!」
教祖が号令をかけ、全員で呪文を唱える。
えんじょうはいろう、えんじょうはいろう。
さっきの酒はよほど強いものだったのか、みんなの顔が一気に赤くなり、笑顔が張り付いているかのように笑い続ける。
大合唱の中、俺は確かに教祖が唱える呪文を聞いた。あいつの発音は周りと違っていたから嫌でも分かった。
Angel Halo (エンジェル・ハイロゥ)
“天使の輪”を意味する言葉だ。あいつの喋り方が片言に聞こえたのは間違いじゃなかった。胸騒ぎがする。あいつはどこから来た?はいろう様とは何だ?目的は何だ?
この場に居続けるのはダメだ。そう直感する。輪を抜け出そうとしたが横から体を掴まれてしまった。
「えんじょうはいろう。あは、えんじようはいろう。ははは。」
顔には柔らかな表情を浮かべ、なのに手は強く握られ俺を離さない。マズい、どうするべきだ。
「では、はいろう様へ贄を捧げマス。皆さまは贄によって、はいろう様の御許へ向かうのデス。人々は古来より子羊を捧げ、神に声を届けようとしまシタ。」
教祖のセリフに意識を囚われる。贄だと?この辺りに羊なんていたか?
考える中で奴が言っていたことを思い出した。
“人は誰しもが迷える子羊デス”
まさかこの中から⁉︎マズい、誰だ。人が死ぬ、目の前で、こんな得体の知れないやつのために。
「おや、あなたは穢れを祓っていませんネ。ですがご安心ヲ。あなたは贄となることでその魂を清めるのデス。」
俺の真向かい側にいた子の前で教祖が喋る。手には鋭い鎌が握られていた。
刹那、子の腹が裂かれた。血飛沫が奴と側にいた大人にかかる。その顔は提灯に照らされ気味悪く輝いていた。
『『うわああああああ!』』
酒を飲んでいなかった子どもたちが悲鳴を上げる。逃げようとするが大人に挟まれて身動きがとれていない。両隣からしっかりと体を掴まれていた。
「ああ良かっタ。あなたのここは穢れてはいませんでしたヨ。」
そう言って奴は取り出した腸で輪を作り、子の頭に乗せた。
「Angel Halo」
「えんじょうはいろう!えんじょうはいろう!」
再び合唱が始まる。奴が鎌で指揮を取り、子どもの悲鳴をアクセントに。
俺はどうすることもできなかった。子どもが全員死ぬのをただ見ているだけだった。
悲鳴が聞こえなくなった頃、教祖が輪の中を回り始めた。中でさらに円を描くように、ゆっくりと。
「皆さまもご一緒ニ。」
言われるがまま輪が動き出す。未だに血を流す子どもを間に挟んだまま。人々が血溜まりを踏みながら回る。何度も、何度も、何度も。いつしか俺たちの足元は影ではなく血で結ばれていた。俺の下から隣へ血が伸び、さらに隣へ。一つの大きな腸のように、赤黒く、繋がった。
「素晴らしイ、完璧デスヨ皆さま!」
その言葉を合図に回転が止まる。いつ俺の前に教祖が来るかと肝を冷やしていたが、幸いバレることはなかった。
「さあ、はいろう様!我らを救いたまエ!」
「はいろう様!はいろう様!」
夜空を見上げ全員が叫ぶ。泣きたいほどに美しい星月夜だった。
先ほどまでの彼らに応えるようにして空が回りだす。いくつもの星が尾を引いて回る、回る、回る。動きは次第に速まり、白く輝く尾が繋がっていく。その軌跡はまるで天使の輪だった。
次第に光は赤く濁り、ぶくぶくと膨らみながら降りてきた。形容し難い姿、強いて言うなら人の内臓をいくつも継ぎ接ぎしたような形だ。所々に眼球らしきものも付いている。、
「ああ、はいろう様、来てくださったのデスネ。」
「えんじょうはいろう!えんじょうはいろう!」
「我らを導キ、迷える魂を救ってくださイ!」
【ならん。その者は、穢れている。】
【汝ら導かれたくば、彼の者の命の輝きを見せよ。】
「彼の者……?」
教祖がこちらを振り向く。仮面越しに冷たい視線が浴びせられた。
「かしこまりましタ。はいろう様。」
奴が向かってくる。命の輝きが何なのかは分からないが、俺がここで死ぬことだけは理解できた。逃げることもできない。
あの胸騒ぎは俺を救おうとしていたのだ。思えばあんなにも眠れない夜は初めてだった。不審に思うべきだった。こんなことになるとわかっていれば……
肉が裂ける音に思考が遮られる。頭皮に生暖かい感触が伝わってくる。
「Angel Halo」
その言葉を最後に、俺の意識は潰えた。
お気づきの方もいると思いますが、はいろう様ってのは「いのちの輝きくん」のことですね~。なんと彼(?)が夢に出てきてくれたんですよ。田舎の農村に降臨する感じで。ただ夢の中の彼は物語の彼よりもやべーやつで、村人全員の腸を結んで一つの輪にして「これが命の輝きだ!」とか言い出したんですよ。さすがにこれそのまま物語にするのはダメだな。と思ってその辺アレンジしました。は
カルト教団に関しては完全に僕のアレンジによるオリジナルです。夢には出てませんでした。で、彼らの唱える「えんじょうはいろう(エンジェル・ハイロゥ)」ですが、このワードについては何となく浮かんできたので作品に取り入れました。理由はないけどなんか好きなんですよね、この言葉。天使の輪をアピールするために子どもの内蔵で輪を作る描写を入れたんですけど、夢よりも酷いことしちゃったかもしれないです(笑)。
いのちの輝きくんの正体って、天使の輪だったりしないかな~。でもあれを頭につけた天使にはお迎えに来てほしくないですねぇ。
長々と書いてしまいましたが、それくらいいい感じの夢でした。ここまで読んでくれた方に感謝します!