じろー 妹の産まれた日
二才になるちょい前ぐらいのお話です。
僕は多分シスコンだ。唐突かもしれないが、事実なのだから仕方無い。お姉さんが好きだし妹も大切だった。だからきっと僕はシスコンなんだろう。別に構わないさ。シスコンぐらい。
「シオン母さん、大丈夫?」
「え、ええ。思っていたよりもしんどいですが……赤ちゃんも頑張ってますからね」
シオン母さんの出産を控え、巫女のクリスママとマミー、そしてセグラチアから遥々やって来た巫女さん。お名前はペグニーさんと言うそうだが、その三人でこれからシオン母さんの出産に挑もうとしていた。
前々から用意されていた出産部屋にいるのはパパンとモンギさんを除く……あ、白さんは早々に気絶したから居間に転がってるはず。産気付いたシオン母さんに影響されて変な妄想して勝手に気絶したのだ。天使ってなんなんだろう。本気で分かんないよ。
なお、夫であるモンギさんは邪魔になるので部屋の外で待機してます。何故か僕は部屋のなかでチアリーダー的な格好で応援してたりする。同じくチアなリーダーのチーちゃんと共に。
……流されてチアリーダー……。犯人はマミーだ。
それはさておき。
苦しげにお腹を擦っているシオン母さんだけど、もう半日もうんうん唸ってる。まだ体が産むための準備をしているそうなんだけど……。
「ぐぬぬぬぬぬ!」
普通に怖い。あのシオン母さんがめっさ怖い顔して痛みと戦ってるの。僕もポンポンをぽんぽんして応援してるんだけど……こんなにお産って大変なの!?
「シオン母さん……」
思わず一緒にお腹を撫でたくなるけど、あんまり触るのはいけないそうだ。
「ん、大分間隔が近くなってきたな。もう少しで本番ってとこだ」
「お兄ちゃん、今の内に汗を拭いてあげて? これから本番になると多分近寄れないくらいになるから」
ほんまでっか!? 出産って大変なのよー! えらく冷静な二人のママだけど、やっぱり経験者って、すげぇな!
「ふ、ふふふ、大丈夫ですよ。ジローちゃんが側に居てくれた方がぁぁぁあああ!」
「うきゃあ!」
こ、怖いのです! ビクンとしたのです! でも……ここで退くわけにはいかないのです! モンギさんからも託されてるのです!
妻を頼む、と!
「という訳でふきふきと」
分娩台なんて無いから、畳の上に布団を敷いて、背もたれになるように丸めたフカフカの毛布に寄り掛かってるシオン母さんのおでこをふきふきするのだ。
ちなみにもう一人の産婆さん、巫女のペグニーさんはわりと青い顔してます。恐らく初体験なんだろうね。多分使い物にならない気がする。
「はぁ……ジローちゃん……ありがとう。可愛いチアさんがいるからまだまだ平気ですよ」
シオン母さんは言葉ではそう言っているけど、見た目は憔悴しきっていた。むむむ、何か飲み物でも……。
「はい、お兄ちゃん。これを飲ましてあげて」
「むむっ! マミー、ナイス! という訳で……ん? これは……」
ストローが短くね? 斜めに寄り掛かってるシオン母さんだと……飲めなくね?
「お兄ちゃんの口移しで元気百倍よ! あとで私にもお願いします!」
……こんなときまでお前……マジかよ。
「ジローちゃんの……く、口移し……是非!」
シオン、お前もか!
「ほいよ、ジロー。長いストロー」
「ありがとー、クリスママ」
やっぱりそう来るよね。うんうん。安心のクリスママだよ。これでシオン母さんに飲み物が……。
「お産が無事に終わったら構ってやれよ? 出産ってほんとにキツいからな」
……そうっすか。後に延びただけなんすね。
確かに長い。もう陣痛が始まってから半日だもんね。チーちゃんは飽きて部屋の片隅で寝てるし。適度に力を抜いてるのは経験者の二人だけだからね。
ペグニーさんは邪魔にならないとこでオロオロしてるし。まぁ僕は何故か踊ってたがな。
……おっといけねぇ。今は何よりもシオン母さんだ。後の事はあとで考えればいいや。
「はい、シオン母さん。僕がコップを持ってるからチューチューして……」
「はい! お母さんもチューチューしたいです!」
「ぐぬぬ。出来たら口移しがぁぁああ!」
「そゆのは夫にしてもらえや」
とりあえずシオン母さんの口にストロー突っ込んだけど……不満げだな。
……まだ少しは余裕がありそうだけど……。
「あ、来たな」
クリスママがポツリと呟いた。
一体何を察知したのか、さっぱりだったけど、後から考えると、この時点で、始まってたんだな。
そして……僕は生命の誕生の厳しさを目の当たりにすることになる。
いつもは穏やかなシオン母さんが絶叫しながら……いきむ? なんかすごく……必死に叫んで、寝てたチーちゃんとオロオロしてたペグニーさんが部屋から逃げ出した。
それくらい出産の叫びは恐ろしいものだった。僕は腰が抜けて逃げ損ねた。マジかよ、ペグニー。僕も連れてけよ。
そこからは……もう……戦争だった。目の前で顔を真っ赤にして、いきんでるシオン母さんと、助言し続けるマミー達の声。怒声の応酬で僕の腰はヘロヘロのままだった。
この時の事は部屋の外に居たモンギさんとパパンに聞いた。大体一時間程掛かったそうだ。体感だと、もっと長いこと掛かってた気がする。
マミー達曰く、僕は腰が抜けながらもシオン母さんの側で声を掛け続けてたらしいんだが、全く記憶に無いんだよね。多分赤ちゃんが出てきた時の衝撃で全てが吹き飛んだんだろう。
スゴかったらしい。人間って出産で死ぬこともあるってマジなんだと実感して……僕は赤ちゃんを抱いて泣いていたそうだ。
ギャン泣きよ? 赤ちゃんと一緒に。
……何故僕? ここはシオン母さんだよね? と思っていたら赤ちゃんを抱いている僕をシオン母さんが抱いていたそうだ。
赤ちゃんが二人な気もするけど大丈夫だったらしい。すぐに胸に誘導して赤ちゃんは大人しくなったそうな。
出産は無事に成功した。
でも僕は、すぐに気を失ったそうだ。起きたらお風呂でプカプカしてたのでマジで驚くことになったが、それはまた別のお話。
シオン母さんの赤ちゃんは、女の子でフランチェスカと名付けられた。
僕の妹。
血の繋がりは無いけれど、そんなことは関係ない。手乗り赤ちゃんをしているモンギさんも顔が超怖いことになっていた。シオン母さんはすごく幸せそうに笑ってた。
マジすげぇ、あのモンギスマイルに笑顔で返すとか。これが母親って事なんだなぁと、思いました。
あ、その二日後にデニ子も産気付いたけど……デニ子の出産はあっさりと終わった。すぐにポコンと産まれてしまって……なんか感動が薄かった。でも、それはまた別のお話かなー。
お産って本当に人それぞれだそうです。今は母子ともに生存率がかなりのものですが、それは医療の発達した日本だからです。それでも不幸は起きますし、普通に命がけの行為なのです。
産まれるってすごい事なのよ。