第21話 宿屋にて
梨里香と紫苑は宿屋でエルトルーシオとアナスタリナ、サラセオール王子の3人の帰りを待つ間、久しぶりにふたりで話をする。まだ王女救出には至っていないが、3人が宿に戻るまでの間、少しでもふたりで話ができる時間があるのが嬉しかった。
立ち話もなんだからと客室の前の長椅子に座り、梨里香と紫苑はこの異世界を訪れてからのことを、感じたことをなんとなく話していた。
夏休みに偶然河原で出逢ったふたり。今となってはそれは必然に感じられる。そうお互いに思っていたが、異世界に来てからというもの、ゆっくりと落ち着いて話す機会がなかった。
今も王女の救出という大きなことを前に緊迫した状況は続いている。だが、今後どうするかはエルトルーシオ、アナスタリナ、サラセオール王子の3人が帰ってきてから。それまでの時間、梨里香と紫苑はふたりの時間を大切にしたいと思っていた。
今までのこと、これからのことを話す良い機会だと、話は弾んだ。
その中でいろんな出来事を思い出し、少々気になることを思い出した。
今回の王女救出の件が無事解決したら、とロサラル王に言われたことを。
『梨里香と紫苑よ。この件が解決したら、ぜひふたりに訪れてほしい場所があるのだ』
『オレ達に訪れてほしい場所?』
『ああ。とても大切な場所だ。今はまだ明かせぬが、その時がきたら』
『解りました。その時とはどういう時なのか気にはなりますが、いずれということですね』
『うむ。いずれ、そう遠くない未来に』
梨里香と紫苑はその場所というのがどこなのか、どういう場所なのか気になっていた。その時が訪れるのが楽しみなような、しかし少し不安なような。なんとも言えない気持ちが心の奥に潜んでいることに気づく。だがふたりはあまり先のことは敢えて考えないように、目の前のことに力を注ごうと話し合った。
一通り話し終えると、エルトルーシオたちが戻るまで梨里香と紫苑はそれぞれの部屋に戻り、ふたりは久しぶりにそれぞれの『Meet You Again』を楽しむことにした。
梨里香はいつものようにリュックからお気に入りのファンタジー小説『Meet You Again』を取り出して、表紙を大事そうにそっとなでる。
紫苑と一緒に読んだ時まで、最初は『第1章 嵐の中で』というサブタイトルであった。しかしあの時。読み進めていくといつもの場所以降は白紙と化していた。文字ひとつ書かれてはいなかったのだ。そしてあの河原で最後に紫苑とふたりで見たサブタイトルは、『第1章 晴天の霹靂』となっていた。それに驚くと同時に辺りには雷鳴が轟き、稲光が駆け巡り、ふたりがこの世界に足を踏み入れることとなったのだ。
ここでもし『第1章 晴天の霹靂』という文字が浮かび上がったとしたらどうなるのだろう、と少々不安はあったが、それも含めて確認したい気持ちもあった。
梨里香はゴクリと唾を飲み、ゆっくりと表紙をめくる。
恐る恐る目にした文字は、この本を読み始めた時と同じ『第1章 嵐の中で』の文字。ホッと胸を撫で下ろす。
そしていつものようにしおりをはさんでいたところまで、パラパラとページをめくる。
文字もびっしりと書かれていて、いよいよ続きが読めると梨里香は胸を躍らせた。
隣の部屋の紫苑もお気に入りの曲『Meet You Again』を聞くためスマホを取り出す。
この世界に来てからしばらく経つというのに、不思議なことにスマホの電池残量が全く減っていないことに気づいた。電波はもちろん届いていないようだ。しかし紫苑は少々のことでは驚くまいと、お気に入りの曲だけはいくらでも聴くことができる、とさほど気にも留めずにいた。
紫苑はいつものように画面を指でなぞる。
久しぶりに聴くお気に入りの曲は、相変わらず紫苑には心地良い。
あの河原で最後に梨里香と聴いた時は、それまで聞き慣れていたものとは途中から少し変わっていたようだが、今回はどうなんだろう、と少々の不安と、確かめたいという思いがあり、紫苑は緊張を胸に抱きながらも音楽を楽しんだ。
紫苑が聴くお気に入りの曲は、はじめの頃と同じで、聞き慣れていた曲であった。
相変わらず紫苑には心地良い。
梨里香も紫苑もそれぞれの『Meet You Again』が元の状態に戻っていることに安堵する。
しかし梨里香も紫苑もある疑問を抱いていた。
あの現象は、現実世界のみで現れるのだろうか、それとも……。
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