第20話 王女の行方(5)
ふうと息を吐いてエルトルーシオが空気を変える。
「じゃあ言い方を変えよう。連れて行かれた城とはどこだ」
「城だと? どうしてそれを……」
「やはり城に連れて行ったんだな。何の狙いがある」
家主はしまったとばかりに口元を歪め、少し間を置いて絞り出すように答えた。
「頼まれたんだ」
「誰に!」
サラセオール王子は思わず詰め寄った。
「身なりの良い娘をさらって来るように」
家主はサラセオール王子の問いには答えず話を進める。
「わざわざ身なりの良い娘とは……身代金でも要求していたのか?」
エルトルーシオの問いに家主は「ああ」と小さく発した。
一気に話を聞き出したいエルトルーシオは続ける。
「それで?」
「流石に金持ちの家は払いがいい」
「で、金を受け取った後は解放したんだな」
「ああ。それである日、王女らしき女がまんまと引っかかった。一国の王女ともなれば大層な金額を要求できる。あの女は自分から王女だとか無礼者とかベラベラしゃべるもんだから、手間が省けたってことよ」
家主はフフッっと笑う。
「王女が本当の狙いだったんだな」
「今までは予行練習だっておっしゃってた」
「そのおっしゃってたのは何処のどなただ?」
「そいつは言えねぇな。言えばこっちが危ない目に遭う」
一向にしゃべらない家主の態度にエルトルーシオは怒りをあらわにし、家主をくくりつけた椅子の背もたれを後ろから蹴り飛ばした。
椅子ごと倒れた家主はその拍子で床に身体を打ちつけ、痛みで思わず声を漏らす。
エルトルーシオは椅子を元のように立たせゆっくりと、しかし相手を威圧するような声音で再び問うた。
「言えば危ない目に遭う、だと? 言わなければここで危ない目に遭うかもしれないぞ」
あまりの迫力に、家主はたじろいだ。
「や、やめてくれ!」
「そろそろ城の場所を教えてもらおうか」
「……ハサギール帝国との国境近くの城」
観念した家主はそう答えて項垂れ、小さくため息をついた。
「そこって……」
アナスタリナの言葉にエルトルーシオは小さくうなずき、ふたりはサラセオール王子の方を見た。
「ああ。伯爵邸がある。伯爵は気難しいことで有名ではあるが、そんな悪事に手を貸すような人物ではないと思うが」
エルトルーシオもアナスタリナも王子と同じ意見で、にわかには信じがたい様子である。
「間違いないんだな」
家主は「ああ」と答え、負け惜しみで叫ぶように言った。
「あまり首を突っ込まない方が身のためだぜ!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわよ」
アナスタリナはにっこりと微笑む。
エルトルーシオが最後に一発お見舞いしようとしたところ、「私にやらせて」とアナスタリナが交代を申し出る。
「親切心を逆手にとっていきなり地下牢に閉じ込めて。彼女達がどれだけ怖い思いをしたか」
そう言うと力を込めて家主の頬を殴った。
「これは女性達からのお返しよ」
気を失った家主の男にアナスタリナは吐き捨てる。
ふうと息をついて切り替えたエルトルーシオがふたりを促す。
「では、宿に戻ろうか」
「梨里香と紫苑が首を長くして待ってるわよ」
アナスタリナの言葉にサラセオール王子は「そうだな」と答えた。
「正面から堂々と家主に礼儀正しく聞く」
アナスタリナがエルトルーシオの真似をするようにイタズラっぽく言うと、エルトルーシオはウインクで答える。
「紫苑たちには内緒だ」
緊張から解かれた3人は笑い合った。
宿屋へと向かう途中。
エルトルーシオとアナスタリナは楽しげに会話をしているが、サラセオール王子は浮かない顔をしている。せっかく妹のエイレリーナ王女の行方が判ったというのに、会話には参加せずにうつむき加減で喜ぶ素振りは見せない。
サラセオール王子の様子がおかしいことに気づいたアナスタリナがどうしたのかと問うと、サラセオール王子は意外な言葉を口にする。
「実は身代金の要求があった」
それを聞いたアナスタリナとエルトルーシオは、驚いた様子で立ち止まり顔を見合わせた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「第21話 宿屋にて」もよろしくお願いします!




