第20話 王女の行方(4)
「それでは出発しましょうか」
梨里香の声に、みんなは大きくうなずき、一歩を踏み出した。
きっと女性達が牢からいなくなったことに、屋敷の主人はまだ気づいていない。もし気づかれたとしても、追っ手を集める前にエルトルーシオとアナスタリナ、それにサラセオール王子の3人がなんとかしてくれるだろう。
以前ピュリアール王国の練習場で訓練をして、剣術も学んだ。あれから少しは経験を積んだしある程度は戦える。万が一、追っ手が来たとしても、2人でなら女性達を守れると、梨里香と紫苑はそう信じて疑わない。
女性達の先頭には梨里香が、最後尾には紫苑がついた。
歩き出した時は微風に揺れる木々のカサカサという音に、はたと立ち止まる者もいたが、吹き抜ける涼やかな風に溢れる太陽の熱を浴びて歩みを進めるうちに、皆顔を上げ次第に口元も綻んでゆく。
行きは不安でいっぱいだった道程も、帰りは早い。何事もなく、あっという間に街の外れに到着し梨里香と紫苑は安堵した。
そこで解散となり、別れ際に女性達から代わる代わる礼を述べられ、梨里香と紫苑は照れながらも笑顔で答える。
晴れ晴れとした顔つきで、それぞれ自分の家へと帰って行った女性達の後ろ姿を見送って、梨里香と紫苑はゆっくりと宿へと歩き出した。
* * *
梨里香と紫苑、そして牢に入れられていた女性達を見送り、エルトルーシオは「さて」と発する。
「行きましょうか」
アナスタリナがエルトルーシオと目を合わせると、サラセオール王子もうなずき、3人は先ほどアナスタリナが倒した男の元へと歩む。
エルトルーシオが気絶している男に気合いを入れると、男は目を見開いた。一瞬何が起こったのか解らぬ様子でいた男だが、3人に囲まれている少々危険な状態であると察知し、思わず声を上げる。
「ひっ」
そこでニヤリとした笑みを零しながら、エルトルーシオは静かな口調で問うた。
「この屋敷の主人はどこだ」
「ご、ご主人様に何の用だ」
身を縮めるようにして言葉を発した男に、エルトルーシオは穏やかに話す。
「もう一度言う。この屋敷の主人はどこだ」
男は顔を背ける。
「この屋敷の主人はどこだ、と聞いている」
「ご主人様に何の用だ」
怯えるように男は言う。
「お前に話す道理はない」
それを聞いてムッとした男は大きな声を出す。
「なんだと!」
胸ぐらを掴んだ手に力を込めるエルトルーシオ。
「主人のところに案内してもらおうか」
と今度はすごみのある低音で問う。
しばし見つめ合ったが、相手が自分より強いとみた男は奥に目をやり、答えた。
「あの奥の廊下を行った突き当たりの左側の部屋だ」
それを聞くと3人は抵抗する男の身体を引きずり、地下の牢まで連れて行く。
「もう少しここでおとなしくしていてくれよ」
「放せっ!」
「じゃあゆっくり休んでくれ」
エルトルーシオはそう言うと、男に一撃を与えその場で休ませた。
そして牢に鍵をかける。
「これで目覚めてもすぐには行動できまい」
男から聞いたこの屋敷の主人がいるという部屋の前で、3人は立ち止まる。
「ここは私が最初に案内された部屋だわ」
アナスタリナはその時に見た家具の配置を話した。
「よし、行くぞ」
エルトルーシオの合図で一斉に部屋へ乗り込んだ3人は、素早く家主を見つけ、相手が動く前には既に捕らえていた。
手際よく椅子に縛り付けられたこの家の主人は、何事かと思う間もなく気づけばそのような状態になっていたのだ。
「一体何のつもりだ」
ようやく口を開いた主人の問いに、誰も答えない。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
アナスタリナが赤茶色の髪をかき上げながら言う。
「我々の質問に素直に答えれば、手荒なことはしない」
エルトルーシオが落ち着いた声で話すと、「もう手荒なことはしているじゃないか」と、サラセオール王子はクスリと笑った。
「お、お前らは誰だ!」
しばらく間をおいてエルトルーシオが優しく微笑みかけると、男もつられて笑みを零す。
「名乗るほどの者ではない」
淡々とそう言うと、エルトルーシオはすぐに勢いよく男の胸元を掴み、問い詰める。
「地下牢に女性達を閉じ込めていたな」
「何のことだ」
「あら、忘れたとは言わせないわよ」
アナスタリナが男に顔を近づけてニコリと微笑むと、男はじっくりと顔を見た後、驚きを表した。
「お、お前は! 地下の牢に閉じ込めていたはずなのに」
「おあいにくさま。牢にはもう、誰もいないわ」
「なんだとっ!」
「あ、失礼。むさ苦しい男が2人ほどいたわ」
そう嫌味っぽくアナスタリナが付け加えると、エルトルーシオが言う。
「地下牢に女性達を閉じ込めていたことは認めたな」
男はしまったとばかりに口をゆがめる。
「地下牢に閉じ込めていた女性をこれまで馬車でどこへ連れて行った!」
大声でエルトルーシオに詰め寄られても、男は「知らん」とそっぽを向いた。
「お前が命令したんだろ。場所を知らぬはずがない」
「知らん」
「誰かに命令されてのことか?」
「さあな」
「それは誰だ!」
「知らん知らん」
知らぬを押し通そうとする家主にアナスタリナは、そっと耳打ちする。
「この人怒ったら手に負えないわよ。痛い思いする前にさっさと答えた方がいいと思うわ」
「そ、そんな脅しには乗らんぞ。断じて」
言葉とは裏腹に家主の身体は恐怖で小刻みに震えている。
それを見たエルトルーシオは片方の口角をニヤリと上げ、腕の力を少し緩めた。
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