第20話 王女の行方(3)
まず梨里香と紫苑が走り出した。先に行って扉を開けるためだ。
一瞬躊躇った女性達だが、2人の姿を見てそれに続く。1人、また1人と意を決して走り出す。
大広間は見た目より、実際に走ってみると扉までの距離が長い。梨里香と紫苑はやっとたどり着いた大きな扉を思いっきり引いて開けた。いつの間にか朝を迎えていたため、明るい日差しが入り口から差し込む。
「さあ早く」
最初に扉へとたどり着いた女性は、紫苑の言葉に希望の光を顔に滲ませて、開放された扉から一歩を踏み出した。
その様子を見て、他の女性達も扉を目指す。
そして最後の1人となったとき、彼女は走るのを躊躇した。
「どうした」
エルトルーシオが尋ねるも、彼女は身を縮めて震えている。
「大丈夫よ。私が一緒に行くわ」
アナスタリナがそう言って、女性を抱きかかえるようにそっと背中に手を回した。
「捕まったらと思うと怖くて」
どうしても足を動かすことができない女性をアナスタリナはぎゅっと抱きしめ、背中をさする。
「おい、早くしろ。見つかると厄介だ」
エルトルーシオの言葉に「解ってるわ」と返し、アナスタリナは「さあ、行きましょう」と女性を促す。
そうこうしている間にも、次々に女性達は外に出る。
暗い屋敷内から突然明るい日差しに襲われ、一瞬目がくらむが、そんなことより、やっと解放された喜びの方が、彼女たちには大きかった。
彼女たちの安堵した姿を見て、恐る恐る右足を前に出した女性は、アナスタリナに目をやる。
「ゆっくりで大丈夫よ」
アナスタリナの微笑みに少し勇気づけられたのか、女性はそろりそろりと歩みを進めた。
と、その時。
「待て!」
男の声に緊張が走る。
「時間をかけすぎたな」
エルトルーシオが呟いた。
男は扉に向かって行くアナスタリナ達の右側の通路から突如現れ、アナスタリナの方へものすごい勢いで近づいて行く。エルトルーシオの場所からは助けに行こうにも間に合わない。
それに気づいた女性は恐怖で足がすくんでしまう。
アナスタリナは腕を掴もうとした男の手を振り払い、男が怯んだ隙に、相手の腹を蹴る。男はその場に倒れた。
「さあ、もう少しよ。頑張って」
とアナスタリナが声をかけると、その場にしゃがみ込んでいた女性はうなずき立ち上がる。
たまにつまづき転ぶが、その度にアナスタリナが抱き起こし、優しく付き添い扉へとたどり着いた。
それを見届けて、サラセオール王子が走り出す。それに続き、周りを確認しながらエルトルーシオが最後に扉へと向かう。途中で起き上がろうとした男の頬をエルトルーシオが拳で一撃。男は気を失った。
嬉しさで声を上げかけた女性達に、梨里香は指を口の前に立てる仕草で、騒がないように促した。
全員無事脱出した後、エルトルーシオの指示で屋敷近くの茂みに身を隠す。
「ここからは自分たちで帰れるか」
エルトルーシオの問いに女性達は不安げな表情を浮かべたが、ここから一刻も早く帰れるなら、とうなずいた。
「オレとリリィで皆を街まで連れて行くよ」
紫苑が続ける。
「オレたちは大したことはできなかったけど、これぐらいなら役に立てる」
不安そうにしていた女性達を、このまま行かせるのを気の毒に思った紫苑。
「そうね。途中で危ない目に遭ってもいけないし、私たちなら少しは戦えるし」
梨里香は自分の失敗で迷惑をかけたことを挽回したいと、紫苑に賛成する。
「そうそう。訓練の成果が発揮できるってもんさ」
エルトルーシオとアナスタリナに心配をかけたくないと、紫苑は笑ってみせた。
「解った。彼女達を街まで送り届けたら、2人はそのまま宿に戻っていてくれ。俺たちも後で合流する」
「王女のところに行くんじゃ?」
紫苑は問う。
「行き先を聞き出したら、一度宿に戻り計画を立て、準備する」
「了解」
とそこで、昨日連れて行かれそうになった金色の美しい髪をした女性が言葉を発した。
「行き先はどこかのお城のようでした」
「お城? それは確か?」
アナスタリナは聞き返す。
「ええ。場所は解りませんが、確かにそう言っていました。偉いお方の前に出るので、身だしなみを整えると言われ、牢から2階の部屋に連れて行かれたのです。そこで女性に髪を綺麗に結い上げられて、きらびやかなドレスに着替えさせられました。その時、支度を手伝ってくれた女性に『あなたお城に行くんでしょ?』と言われましたので」
「それから?」
「玄関まで誘導されて、扉の前に止めてあった馬車に乗るように強要されたのです。でも、何か嫌な予感がして、乗る前に必死で抵抗したら馬が暴走して。馬車ごとどこかに駆けて行ってしまったので、行かなくて済んだのですが」
「そうだったのね。それで今日はエレナが」
「すみません。私が昨日抵抗したばっかりに王女様が……」
「案ずるな。貴女のせいではない」
女性は申し訳なさそうに王子を見上げた。
「ところで、どうやって家主から話を聞き出すの?」
紫苑の質問にエルトルーシオは胸を張って答える。
「正面から堂々と家主に礼儀正しく聞く」
「礼儀正しく? ウソだね」
紫苑はニヤリとしてそう言った。
「それはご想像にお任せします」
丁寧にお辞儀をしながらおどけた様子でエルトルーシオが返すと、一斉に笑いが起こる。
「じゃあ、頼んだぞ」
真面目な表情に切り替えたエルトルーシオの言葉に、一同は気を引き締め、梨里香と紫苑は大きくうなずいた。
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