第20話 王女の行方(2)
「え、聞くって、もしや」
サラセオール王子がそう言うと、ニヤリとして「いかにも」と言うエルトルーシオ。
「もしやって?」
梨里香と紫苑は声をそろえて発した。
「行き先が解らないなら、それを知っている者に直接聞くまでさ」
とエルトルーシオはウインクをする。
「ええっ、直接聞くって誰に?」
梨里香は驚きの声を上げた。
すると紫苑は閃いたように言う。
「この牢から連れて行ったっていう使用人の男とか?」
「まあ、そうだな。半分当たっているかな」
「と言うと?」
「使用人に聞くのもいいが、それを命令した本人に直接聞く方が話が早いだろ?」
「ああ、そうか! この家の主人に聞くんだね」
「正解。今まではここに王女が捕らえられていると思ったから慎重に行動したが、今となってはその必要はなくなった」
紫苑は「なるほど」と納得したが、梨里香にはひとつ気になることがあった。
「じゃあ、その前にここに捕らえられている人たちを逃がしてあげて」
「もちろん、そのつもりだ」
エルトルーシオの言葉に、梨里香はホッと胸をなで下ろす。
「じゃあ、始めましょうか」
アナスタリナの声を合図に、エルトルーシオはサラセオール王子を伴って物陰に身を隠す。
「シオン、早く」
エルトルーシオに促され、紫苑も彼の隣へと移動する。
一体何が始まるのかと、梨里香と紫苑は息をのんだ。
「ねえ! 誰か!」
鉄格子に両手をかけカチャカチャと音を立てながら、アナスタリナは声を発する。
「誰かいないのー?」
少し大きな声で言う。
先ほどまでとは別人のように振る舞うアナスタリナに、牢の中の女性達は驚きの表情を浮かべる。一体何が始まるのかと。
それはサラセオール王子も同じである。
一方、梨里香と紫苑はハッとしたように、顔を見合わせた。
「ちょっとー。誰かいないの?」
今度は鉄格子をガチャガチャと揺さぶりながら大声を出すアナスタリナ。
その仕草と声音は、梨里香と紫苑がはじめてアナスタリナに出会ったときのよう。
二人を港街で荒くれ者から助けてくれた、あの時の彼女である。
「なんだなんだ。騒がしい。静かにしろ」
面倒くさそうな声で使用人がやってくる。
「あのさあ」
「あん?」
胸元まで長さのある赤茶色の髪。そのウエーブした毛先を、アナスタリナは人差し指でくるくると巻きながら口角を上げる。そして甘い声で手招きした。
それを見て使用人は、彼女の魅惑的な姿に吸い寄せられるように、ニヤニヤしながら扉の前まで近づいて止まる。
その瞬間、アナスタリナのワインレッドの瞳がキラリと光り、彼女は鉄格子の間から出した手で使用人の胸元をぐいと掴み、鉄格子に引き寄せる。急に自由を奪われ「ううっ」と声を出す使用人。と同時にエルトルーシオは使用人に背後から襲いかかる。
不意を突かれた使用人は、何の抵抗もできぬまま、何が何だか解らぬ様子。
エルトルーシオはあっという間に倒してしまう。
「え、死んじゃったの?」
梨里香の声に、エルトルーシオは「気絶しているだけだよ」と笑んだ。
紫苑は素早く使用人が腰にぶら下げている牢のカギをとって、扉を開ける。
「さあ、みんな。逃げるわよ」
アナスタリナの声に女性達は、ぱあと明るい面持ちになり、牢の出口まで走り寄った。
「見つからないように慎重に行くから、音を立てないように。口は閉じていて」
女性達はうなずき、ゆっくりと牢を出た。
エルトルーシオは気絶した使用人を牢の中に入れ、外から鍵をかける。
注意深く前を、周りを確認しながら階段を上ったところで、足音が近づく。皆はとっさに壁際に身を寄せ、足音が遠ざかるのを待つ。
エルトルーシオが右側の壁に沿って先に行き、安全を確認する。そして前方に目をやったまま左手を挙げ、前に進むように促す。それを繰り返し、ようやくたどり着いた。
そこから屋敷の出口が見える。だが出口まで行くには大広間を突っ切らなければならない。
どこにも隠れるところのない、だだっ広い広間を大勢でゾロゾロと歩くのは、見つかるリスクが高い。
どうすべきか、とエルトルーシオは躊躇する。
「ここは、もう行くしかないよね。見つかったらその時のことで」
と言う梨里香の思い切りの良さが、紫苑には頼もしく思えた。
「こっちには強ーい大人が3人もいるからね」
紫苑の言葉にエルトルーシオはうなずく。
「俺の合図で、みんな一斉に走れ。後ろを振り向くな。扉まで一気に行くんだ」
エルトルーシオは細心の注意を払い、通路の向こうまで行く。
アナスタリナが、「みんな、用意はいい?」と声をかけると、女性達に緊張が走る。
息を殺し状況を見極め、手振りでアナスタリナに合図を送るエルトルーシオ。
うなずいたアナスタリナは、「今よ、行って!」と女性達の背中を押した。
アナスタリナの容姿について、今話にて明らかになりましたので、久しぶりに、登場人物紹介ページを更新しました。
また、内容に応じて更新しますので、ご興味のある方はのぞいてみて下さいね。
お読み下さりありがとうございました。
次話もよろしくお願いします!




