第20話 王女の行方(1)
数時間後、栗色の髪は整えられ、きらびやかなドレスに身を包んだエレナは、使用人に連れられて屋敷から出て来た。久しぶりに外の空気を吸ったエレナは、少しホッとしたような気持ちになる。
これからどうなるのか、という不安と外に出られたほんの少しの安堵感に、夜のひんやりした空気を思いっきり肺に流し込んだ。
扉の前には馬車が止めてある。
使用人はエレナを、その馬車に乗るように促した。
「どこへ連れて行くの?」
怯えた様子で恐る恐る声を発したエレナの問いかけに、使用人は含みのある言い方で返す。
「あの方のところだよ」
「あの方?」
「ある国の偉ーいお方だよ」
「それはどこの誰なの? そして何のために?」
「さあね」
「ある国の偉いお方……せめてどなたの所へ行くのか、私には知る権利があると思うわ」
「どこの誰とは言えねえが……まあ、美人さんばかりお目通りしてるから、お妃候補かもな」
「え、お妃候補!? 今まで地下牢から何人か連れて行かれたけど、みんな同じなの?」
「かもな」
「今までお眼鏡にかなう人はいなかったってこと?」
「そうかもな」
「じゃあ、今まで連れて行かれた女性達は、その後どうなったの?」
「まあ、あの山の……おっと、口が滑ったな」
それを聞いたエレナは得体の知れない恐怖に苛まれ、馬車に乗ることを拒否し、抵抗した。
あまりに抵抗したため、使用人はエレナの頬を打つ。
「何するの!」
エレナは打たれた頬を押さえ、使用人をにらみつける。
「これ以上抵抗すると、もっと痛い目に遭うぞ」
そう言って使用人は今度は拳を振り上げた。
恐ろしさに身を縮めるエレナ。
「刃向かっても無駄だぜ。あの方にお目通りするため、失礼のないように綺麗に着飾らせたんだ。痛い目に遭いたくなかったら、おとなしく言うこと聞くんだな」
エレナは無力な自分に唇を噛む。
「さあ、早く乗れ」
ハハハと豪快に笑う使用人の言葉に、エレナはうなずいた。
「ええ」
使用人に言われて、今度は素直に馬車に乗ったエレナ。
抵抗しても男相手に逃げることはできそうにないし、自分だけが逃げたとしても、その後地下牢にいる女性達がどうなるのか心配してのことだ。
ただ掴まれた腕を振りほどいて「ひとりで大丈夫です」と、凛とした姿で馬車に乗り込んだのは、エレナのわずかばかりの抵抗であった。
どこに連れて行かれるのか、誰に会わされるのか。その目的は。
不安で胸が張り裂けそうなのをぐっとこらえて、エレナは前を向く。
エレナが着席したのを確認し、逃げ出さないようにと外から馬車に鍵をかけた使用人は、御者に出発の合図を出す。
それを受けて、御者台前方の小さな明かりだけを頼りに、馬車はゆっくりと走り出す。
その頃、やっとの思いで地下牢にたどり着いたエルトルーシオ達は、無事アナスタリナと梨里香に再会した。
見知らぬ来訪者達を目にし、地下牢の女性達はざわめく。
「静かに!」
人差し指を口に当て、アナスタリナはおとなしくするように女性達を促す。
「彼らは私とリリィの仲間よ。恐れなくて大丈夫。騒ぐと家主に見つかるわ」
それを聞いて女性達は少し落ち着きを取り戻し、口を閉じた。
アナスタリナは聞いていた王女の名前と、ここで出逢った王女の名前が違っていたことに少し疑問を感じ、王子に正確な名前を確認した。
「ちょっと聞きたいんだけど、王女の名前はエレナで合ってる?」
「ああ。エイレリーナ……私たち家族はエレナと、そう呼んでいた」
アナスタリナは、きっとエレナもアナスタリナと同じく、本名を名乗るのを控えていたのだと考えた。
喜びも束の間、アナスタリナから経緯を聞いたトレニーヌ国の王子であり、エレナの兄であるサラセオールはガックリと肩を落とす。
「そうか。もう少し早く来ていれば!」
王子は両拳を握りしめ悔しがった。
「それで、どうする?」
アナスタリナは淡々と問う。
「行き先が解らない以上、追いかけることもできない。ならば聞くしかないな」
エルトルーシオの言葉に、アナスタリナも「そうね」と答えた。
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