第19話 見つけた(6)
アナスタリナは牢の中を調べていた。どこかに外へ抜けられる仕掛けや手がかりがないかと。薄暗い中を注意深く隅々まで、石造りの壁に触れながら往復してみたりもした。もし王女が見つかれば、エルトルーシオ達の助けを待たず、自力で脱出するために。
だがこれといって手がかりらしきものは見つからなかった。
梨里香は手伝おうとするも、そこに座っているようにとアナスタリナに言われ、仕方なくおとなしくしている。
アナスタリナがそう言ったのは、2人で動くと目立つからであるが、梨里香は少々不満げに床に座り、アナスタリナを目で追いかけていた。
しかし梨里香は、なんとか自分のできる範囲で手がかりを探そうと、自分が座っている周りをよく観察することにして、辺りを注意深く見渡す。
なかなか王女に関する情報も掴めず、脱出口も見つからずに、アナスタリナは内心焦っていた。
アナスタリナの中では2人、王女ではと気になる女性がいるが、まだどちらが王女かという確信には至っていなかったからだ。
そうこうしていると、石の廊下を歩く靴音が近づいてくる。
調べるのをやめて立ち上がり、アナスタリナは牢の奥の壁にもたれ、何事もないように振る舞う。
使用人が牢のカギを開け、1人の女性を指さした。
「おい、おまえ」
指された女性はドキリとした様子で、身体をこわばらせる。
「お前だ。こっちに来い」
「いやです」
「はあ? 拒否できる立場じゃねえだろ」
そう言って使用人の男は、彼女に近づき手を掴む。
「放して下さい」
「さっさと来い」
女性は手を振りほどこうとするも、男の力には敵わず、牢の出口まで引っ張られる。
他の女性たちは、またいつものようにどこかへ連れて行かれるのだと思ったが、下手に助け船を出そうものなら、代わりに自分が連れて行かれることになると今までで学んでいるので、敢えて口は出さなかった。
アナスタリナも「待ちなさいよ」と一歩前へ出たが、「何だ? お前が代わりに行くのか?」と言われ、それ以上何も言えなかった。自分が今連れて行かれてしまうと、王女を見つけられないと思ったからだ。悔しさで唇を噛むしかなかった。
「ひとりで歩けます」
牢のカギを閉め、歩くように促し、女性の手を掴もうとする男に、女性はそう言って男の手を拒否した。
「うるさい! さっさと歩け」
男は力を込めて女性の腕を掴む。
「その汚らわしい手を放しなさい!」
思わず放った女性の凛とした言葉に、男は一瞬たじろいだが、すぐに言い返す。
「自称王女だかなんだか知らねえが、お高くとまってんじゃねえよ」
アナスタリナは「今なんと言ったの?」と、牢の扉まで駆け寄る。
「あん?」
男は不機嫌そうに振り返った。
「今、なんと言ったのか聞いてるのよ」
アナスタリナはもう一度問う。
「知らねーよ」
そう言うと、男は女性を連れて去って行った。
「エレナ……」
アナスタリナの中では、王女と思しき女性は2人いた。エレナはそのうちの1人である。
しかし本当にエレナが王女なのだろうか。アナスタリナは周りの女性たちに聞いてみる。
「そういえば、彼女がここに連れてこられたとき、男に向かって“私はトレニーヌ国の王女です。無礼は許しません”とかなんとか言っていたような」
金色の美しい髪をした女性がそう零した。
そう。アナスタリナが王女ではと思っていたもう1人の女性である。
「私はてっきりあなたが王女なのかと」
「まさか。でもどうして?」
その問いには答えず、アナスタリナは彼女に告げた。
「トレニーヌ国の王女を探しているの」
「え?」
「失踪した王女を探しているのよ」
2人の会話を聞いて驚いた表情の梨里香が近づき、アナスタリナに話しかける。
「王女? 王女ですって? 牢で話したとき身なりもキチンとしていたし、話し方にも気品がうかがえたわ。まさかエレナが王女だったなんて!」
「王女と解れば解放されると思ったようだけど、逆効果だと気づいたみたい。それから彼女は一切そのことには触れないように、というか目立たないようにしていたわ」
金色の美しい髪をした女性が、先ほどの話に付け加えるように言った。
「もしやとは思っていたけど、やっぱりそうだったのね!」
梨里香は飛び上がって喜びの声を発する。
対照的にアナスタリナは沈んだ声で言う。
「見つけた。彼女が王女よ。でも……」
すぐ近くに探し求めていた王女がいたにもかかわらず、みすみす使用人に連れて行かれるなんて、とアナスタリナは壁を思い切り叩いた。あまりにも口惜しかったのだ。
辺りには大きな音が、ただ空しく響いているだけだった。
お読み下さりありがとうございました。
次話もよろしくお願いします!




