第19話 見つけた(3)
梨里香はサラセオール王子の後に続こうと、屋敷の窓の中から見られぬように、息を潜め少しかがんだ状態で数歩進んだ。先を行く王子は既に背の高さほどの草の中へ入り、梨里香が来るのを心配そうに待っている。
急げと手振りで梨里香を促す王子。梨里香もそこを目指して走り出した正にその時、足元に落ちていた小枝を踏んでしまう。パキンと乾いた音を立てたことに動揺した梨里香は、立ち止まる。屋敷の中に聞こえてはいないか、周りに動きはないかと確認する梨里香。少し後ろを振り返り、屋敷の窓を見る。動きがなさそうなのを確認し、梨里香はまた歩みを続けるべく右足を出そうとした。が、足がもつれて転んでしまう。
「あっ」
思わず出た声に、梨里香は口を押さえる。
「今のは何だ?」
屋敷の中から声がする。梨里香は起き上がり窓の下へとなんとか潜り込んだ。そのまま走っていれば、草むらに行き着くまでに窓越しに姿を見られてしまうと思ったからだ。
サラセオール王子は気が気でない。草の間から様子をじっと見守っていた。
中にいた使用人の男が窓越しに外を見回す。
「特に変わりはないようです」
「そうか」
そこで会話は途切れ、窓から見える範囲から人影は消える。
しばらくして、王子は梨里香に「もう大丈夫だ」と、合図を送った。
梨里香は頷き、意を決して走り出そうとした刹那。
「おやおや、こんなところに可愛いウサギが紛れ込んでいるよ」
使用人が声を上げたのだ。
息が止まりそうなほど驚いた梨里香は、全身に電気が走ったようにビクッとする。しかし声を発することもできない。
「どうやら驚かせてしまったようだね。君はどこから来たのかな?」
ニヤリと片方の口角を上げ、話しながら近づいてきた使用人の男。梨里香はこのまま捕まってしまうのかと、恐怖のあまり返事をすることもできず、ただ使用人を見上げるだけであった。
「そんなに怯えて、どうしたんだろうね。怖くないからこっちへおいで」
いかにも怪しげな笑いと共に手招きする使用人。梨里香は首を左右に振って拒否する。
もしこのまま捕まってしまったらどうしよう。足を引っ張ることになり、皆に申し訳ない。でも、どうすればいいのか……などと、いろんな思いが梨里香の頭の中を駆け巡る。
「お腹が空いているんじゃないかい? さあ」
使用人の手が梨里香へと伸びてくる。尻もちをついた状態のまま梨里香は、その手を振り払ってやっとの思いで声を出す。
「いやよ。行かないわ!」
「ほう。威勢のいい娘だねぇ。ほら、さっさと来い!」
使用人はそう言うと、梨里香の手首を掴んで引っ張った。
今にも飛び出して助けに行こうとするサラセオール王子の肩を、誰かが掴んで引き留める。
振り返った王子の瞳に、エルトルーシオの姿が映った。
「今は様子を見よう」
エルトルーシオはそう言って王子をそこに留まらせる。エルトルーシオの後ろでは、紫苑が心配そうに梨里香の様子を見ていた。
「助けないの?」
紫苑の問いにエルトルーシオは言う。
「もし我々が出て行けば、王女を探す計画が水の泡となる。リリィが捕まったとしても中にはアナがいる。彼女ならなんとかするはずだ」
その言葉に王子と紫苑は頷く。エルトルーシオは更に続けた。
「俺たちは地下の通路を探ろう」
* * *
使用人に手を掴まれた梨里香は、その手を振りほどこうとしたが、使用人の力は強く、そのまま屋敷の入り口へと連れて行かれた。
「さあ、入れ」
そう言うと使用人は梨里香を屋敷の中へ押しやり、玄関のドアを荒っぽく閉める。そして抵抗する梨里香を主人の待つ部屋へ引っ張って行く。部屋のドアを開け、梨里香の背中を押し出し、主人の前へと歩ませた。
「お前は誰だ。ここで何をしている」
梨里香が主人の問いに素直に答えるはずもなく。
「言いたくないのか?」
梨里香はギュッと口を結んだ。
「こら! なんとか言え! ご主人様が聞いてらっしゃるんだぞ!」
使用人の怒声にも、梨里香は怯まなかった。梨里香の強い意志を秘めた表情に、屋敷の主人は「もういい。こいつも地下に連れて行け」と放った。
「カモを見つける手間が省けたということですね」
使用人がウシシと笑いながらそう言うと、主人は「いかにも」と不敵な笑みを浮かべる。
2人のやり取りを聞いていた梨里香は、例の誘拐に関することだと直感した。ここは彼らの言うことを聞いて、しばらく様子を探るのもいいのではないか、と考えた。すると次第に恐怖も和らぎ、反対にこれはチャンスかもしれないと期待さえした。自分が捕まってしまったことは腑甲斐ないし、皆にも心配をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだが、地下にはきっとアナがいる。協力して一気に解決できればと、梨里香は安易な考えに落ち着いた。
まだ自分の実力を客観的に見ることができていないと気づかずに。
お読み下さりありがとうございました。
次話「第19話 見つけた(4)」も楽しんで下さると嬉しいです!




