第18話 王女を探して(5)
アナスタリナは助けた男に付き添って、市場を抜け公園を越えて段々と人気のないところまで歩いて来た。
「あの。お宅はどちらですか?」
「もうすぐです」
「もう、かなり歩いていますが」
「すみません。すぐそこですから」
男の言う「すぐそこ」は、それから十数分歩いた所だった。といっても普通に歩くのとは違い、寄りかかる男を支えながらなので、通常より時間がかかったのは確かだ。
「あそこの屋敷です」
背の高さほどもある草の生い茂る、荒れた道を抜けた先にある屋敷を指して、男が言う。
人里離れたその男の家は、古びた大きな石造りの建物で、後ろの森が不気味さを助長しているようだ。
まだ陽は高いというのに、アナスタリナにはその建物と周りが、心なしか薄暗くよどんで見えた。
アナスタリナの後を男に気づかれないようにつけていた梨里香、紫苑、サラセオール王子、エルトルーシオの4人は足を止め、少し離れた、しかし様子を窺える場所で見守る。
「いよいよだな」
エルトルーシオの言葉に、他の3人はゴクリと唾を飲んだ。
男が扉の前に立ち、大きな声で「俺だ。今帰った。誰か扉を開けてくれ」と放つ。
するとガチャリと鍵を開けるような大きな音が響き、ギイと音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。
アナスタリナは男に付き添い、屋敷の中に入って行く。
「もしあの男が女性たちを攫った一味なら、ここが隠れ家に違いない。ここからだと中が見えづらいな。もう少し近づいて様子を探ろう」
扉が閉まるのを確認し、エルトルーシオは生い茂る草に隠れるように身を低くして、屋敷に近づく。その後ろに3人も続く。
屋敷の東側にある大きな窓の下にかがんで、そっと気づかれぬように中の様子をのぞくエルトルーシオ。他の3人は、頭を上げずに窓の下に座り、エルトルーシオの言葉を待つ。
屋敷の中に男と共に入ったアナスタリナは、出迎えた使用人と思しき人物に男をあずける。
すると奥から出て来た体格の良い男が「あっしがお連れしやす」と、男を奥に運んで行く。
礼を口にする使用人に、「いいえ」と言って屋敷を後にしようとしたとき、「お待ち下さい」との言葉に振り返る。
「ご主人様にここまで付き添って来て下さった恩人を、そのままお帰しするわけにはまいりません。もしご迷惑でなければ、お茶をご用意いたしますので、少し休憩なさって下さい」
アナスタリナは思惑通りの展開に、内心「しめた」と思ったが、悟られぬように「いえ、お気になさらずに」と言う。
「お茶がお嫌なら、お食事でもいかがです?」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、お茶をいただきます」
「それでは、どうぞこちらへ」
使用人に促され、後をついて奥の部屋へと移動するアナスタリナ。
その様子を見送ってエルトルーシオ達も、その部屋が見える位置に移動した。
アナスタリナが案内された部屋は先ほどの部屋の北側にあり、そのせいか少し薄暗く感じるような、とても客人にお茶を振る舞うような場所ではない。いよいよかとアナスタリナは気を引き締める。
使用人が戻るまでの間、アナスタリナは部屋を見回した。
北側の壁には禍々しさ漂う大きな肖像画。その下には暖炉。東側には窓があり、エルトルーシオ達4人はアナスタリナが1人になるのを見計らって、顔をのぞかせた。それに気づいたアナスタリナは、口角を少し上げ、応える。
先ほどの部屋と接している南側の壁には、大きな本棚が2つ。
別段変わったところはなさそうに見える。
そうこうしていると、使用人がトレーに乗せたお茶を持って、部屋に戻ってきた。
使用人は「お待たせしました」と、美しい装飾が施されたティーポットでカップに紅茶を注ぐ。
ゆっくりとテーブルに置かれたソーサー。アナスタリナは、「ありがとうございます」と左手でソーサーを持ち上げ、右手でカップを口許に運ぶ。
「お疲れかと思い、ハーブティーをご用意しました」
「お気づかいありがとうございます」
「いえいえ、ご主人様の恩人の方ですので。さ、どうぞ」
「何のハーブですか?」
アナスタリナは紅茶の匂いを嗅いでみる。知識豊富なアナスタリナには、少し違和感を感じる香りがした。
「これはとても珍しいハーブで、疲れを取る作用があります」
「なるほど。それはいいですね」
「ささ、冷めないうちにどうぞ」
そう促されて、アナスタリナはカップに口をつけた。
しばらくして、うとうととした表情になり、カップを戻したアナスタリナは、テーブルにうつ伏せた。
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