第2話 祖父母宅にて
そうこうしているうちに、降りるべき停留場にバスが到着した。
梨里香は祖父母への手土産と、大切な小説本を入れたリュックを肩に掛け、座席を立つ。
料金を支払い、いつものように運転手に「ありがとうございました」と声をかけると、「ありがとうございました。お気をつけて」と返事が返ってきた。
バスを降り、のどかな田舎の一本道を歩く。
いつもと変わらぬ風景に安心感を抱き、穏やかな景色を楽しみながら歩く15分間は、あっという間であった。
祖父母宅の玄関前に着いた梨里香は、「こんばんは」と、元気よくガラガラと引き戸を開ける。
待ちかねていたふたりは、奥の部屋から嬉しそうに玄関まで出てきた。
「さ、疲れたでしょ。早く上がりなさい」
「おばあちゃん、ありがとう。これ、お土産」
とリュックからカステラを取り出し、祖母に手渡す。
「おやおや、そんなに気を使わなくてもいいのに。後でいただきましょうね」
祖母の優しい言葉にほっこりする梨里香。
祖父も嬉しそうに「遠い所、よく来たのう」とニコニコしている。
ふたりとも可愛い孫との久しぶりの対面を、こころから喜んでいた。
「おじいちゃん、久しぶり。会いたかったよ」
梨里香にそう言われて、ますます頬が緩んでいく祖父。
3人は楽しく話しながら奥へと入って行った。
梨里香は居間の隅にリュックを置き、洗面所に向かう。
外から帰ったときは手洗いうがいを必ずするようにとの、子供の頃からの両親の言いつけを今でもしっかりと守っている。
普段はあまり小さいことを気にしない質だし、少々のことではクヨクヨしないが、ちょっとした習慣は崩したくない。案外そういうところはキチンとしたい性格である。
そこにやって来た祖母が、疲れただろうと察して、先に入浴するようにすすめてくれた。
「その間に、梨里香の好物の里芋カレーを作っておくからね」
「やった!」
梨里香は嬉しくて少しだけ飛び上がった。
彼女は女子高生らしく、嬉しい時はジャンプしたり足をバタバタしたりと忙しくするタイプなので、ある意味喜んでいることが解りやすい。
祖母は孫の喜ぶ姿が早く見たくて、早速『里芋カレー』の準備に入った。
里芋カレーとは、文字通り里芋を入れたカレーである。
カレーに入れる芋類といえば『じゃがいも』が一般的だ。
たまに『サツマイモ』を入れる場合もあるかもしれないが、通常はじゃがいもというのが認識であろう。
しかし梨里香の祖母の作る特製カレーには、『里芋』を入れるのだ。
最初に皮をむいた里芋をフライパンで軽く焼いてから鍋に投入する。
里芋はぬるぬるとしているが、焼くことによって抑えられる。
他に塩胡椒で炒めた牛肉やじゃがいも、にんじん、たまねぎ、きのこ類をそれぞれ個別で炒めてから鍋に入れて煮込む。
沸騰したらマメにあくを取り、一度火を止めてからカレーのルウを溶かし、隠し味に牛乳と少々のブラックチョコレートを加えてとろ火でじっくり。
そうすると絶妙なとろみがついた絶品カレーの出来上がりである。
里芋はじゃがいもとはまた違ったホクホク感としっとり感が、なんとも美味なのである。
梨里香はここへ来ると、その祖母の作る大好物の『里芋カレー』を食べるのが楽しみのひとつでもあった。
慣れた手つきで料理をすすめ、あと数分煮込めば出来上がりというところで、梨里香が風呂から出て居間へと入ってきた。
「上がったよ~。わあ! いいにおい~」
梨里香は鼻から思いっきりカレーの匂いを吸い込んだ。
「もう少し煮込んだら出来上がりだからね」
「ふふふ。楽しみ~」
そこで梨里香のお腹の虫がぐうと鳴る。
3人は顔を見合わせて笑ったが、それもそのはず。
遠い道程を祖父母の家までやって来たのだから、お腹がすくのはムリもない。
だがカレーはあと数分煮込まなければならない。
そこで祖母はポンと両手を叩き提案した。
「それじゃあ、梨里香からもらったお土産のカステラをいただきましょうか」
そのひと声に誰も反対する者はいない。
祖母はカステラと紅茶を手早く準備して、居間のテーブルに並べた。
3人は口々に「おいしいね」と、それは楽しくおしゃべりをしながらカステラを食べていたが、ある話題になったとき、少し場の空気が変わる。
お読み下さりありがとうございました。
『里芋カレー』は作者のオリジナルです。
ある日カレーを作ろうとして下ごしらえをはじめたときに、あいにくじゃがいもを切らしていて。でも、どうしてもカレーが食べたい! 里芋ならあるけど……。そこで閃いて、試しに作ってみたらとても美味しかったので、作中に入れちゃいました♪
よかったら、作ってみて下さい。
あ、里芋はぬめりがあるので、皮をむくときは気をつけて下さいね。
作者は皮をむいて冷凍しているものを重宝しています。
登場人物紹介欄を更新しました。
次話「気のない返答」もよろしくお願いします!