第15話 紫苑の申し出
エルトルーシオとアナスタリナが、ピュリアール王国に助けを求めてやって来たトレニーヌ国の、サラセオール王子の力になるべく旅立って数週間が過ぎた頃。梨里香と紫苑は護身術と剣の訓練では他の騎士達と互角に相手ができるほどに上達していた。ふたりは城にも、このピュリアール王国にも、剣術にも慣れ、そのうちひとりでも迷うことなく出歩けるようになった。
そんなある日のことだった。
トレニーヌ国と今まで何の問題もなく良好な関係を保っていたが、いきなり貿易を打ち切りたいと伝えてきた国へ貿易の交渉に出向いていたアナスタリナが、城に戻ってきた。
早速ロサラル王はアナスタリナと梨里香、紫苑を王の間に呼び、アナスタリナからの報告を受けた。
アナスタリナの話によると、どこか第三国からの強い圧力があったのだという。
その国名を問いただしたが、相手国はその名を口にすることはなかった。
しかしその国も本当は貿易を打ち切ることは望んでおらず、少し規模を抑えて再開したいということであった。
歯切れの悪い相手国の言いように、ロサラル王は少々不満げではあったが、取りあえず貿易再開というところにまでこぎつけたアナスタリナを労い、「疲れているところを申し訳ないが」と前置きをして告げた。
「この件について、トレニーヌ国では交渉の結果を心待ちにしているだろう。少し休んだら、サラセオール王子の元に報告に出向いてくれ」
しばらくして、トレニーヌ国と北側に隣接するハサギール帝国の一部の小さな国との国境諍いについて、ピュリアール王国と良好な関係を保っているハサギール帝国に出向いてアデルート皇帝に会い、協力を仰いでいたエルトルーシオも城に戻ってきた。
国王はまた梨里香と紫苑と、トレニーヌ国への出発準備をしていたアナスタリナを王の間に呼び、エルトルーシオからの報告を受ける。
ハサギール帝国のアデルート皇帝は、「帝国の一部の小さな国がそのようなことをしているとは与り知るところではない」と前置きをしながらも、「今後そのようなことがないように、使いをやる」と快く協力してくれたとのことであった。
「そうか。では引き受けた二つの事柄については、概ね解決したということだな」
と、ロサラル王は安堵の表情を浮かべ、続ける。
「アナ、この件についてもトレニーヌ国のサラセオール王子に伝えてくれ」
それを受けてアナスタリナは、風のようにその場を去り、一路トレニーヌ国へと向かった。
数時間後、アナスタリナは城に帰ってきた。
アナスタリナからの報告を受け、サラセオール王子はたいそう喜んで、礼を言いながら何度も握手を求めてきたという。
と同時に、もう一つの件――つまり王女である妹が、ある日城から忽然と姿を消してしまったという件についても、やはりあれから進展はなく、ロサラル王に助けて欲しいと懇願されたということだ。
アナスタリナは自分の一存では決めかねると、その話を一旦保留にして帰って来た。
その件についても気にかけていたロサラル王は、何とか力になりたいと思いつつも、どうしたものかとアゴに手を当てて考える。
しばらくの静寂が王の間を包み込んだ。
その沈黙を破ったのは、なんと紫苑であった。
「オレにも何か手伝えることはありますか?」
「今、なんと?」
驚いたロサラル王は聞き返す。
「目の前に困ってる人がいるのに、知らんぷりはできないんです。微力かも知れない、いや、何もできないかもしれないけど、それでも何かできることがあるなら、手伝いたいんです」
「わ、私も同じ気持ちです」
紫苑の言葉に梨里香も賛同した。
ロサラル王は頬を緩め、「よく言った」と発した。
「ふたりが他人の為になにかがしたいと思える、優しいこころの持ち主で安心した。いや、解ってはいたことだが、紫苑と梨里香の口からその言葉が聞けて嬉しいよ」
そう続けた王は、何か閃いた様子で提案した。
「では、紫苑と梨里香、それにエルトルーシオとアナスタリナの4人でトレニーヌ国のサラセオール王子に会いに行ってはくれぬか。そこで詳しい話を聞き、作戦を立てて解決するべく動いてほしい。できるか?」
「はい!」
梨里香と紫苑は元気よく返事をした。
「といっても、オレ達はなんの経験も実績もないので、どこまで役に立てるかは解りませんが、頑張りたいと思います」
「私も足を引っ張らないように頑張ります」
梨里香の言葉に一同は笑い、緊迫した空気が和やかなものへと変わった。
「では、早速明日にでも旅立ってもらおう。そして梨里香と紫苑よ。この件が解決したら、ぜひふたりに訪れてほしい場所があるのだ」
「オレ達に訪れてほしい場所?」
「ああ。とても大切な場所だ。今はまだ明かせぬが、その時がきたら」
「解りました。その時とはどういう時なのか気にはなりますが、いずれということですね」
「うむ。いずれ、そう遠くない未来に」
「そういうの、めっちゃ気になるんですけど~」
「リリィ、すまない」
微笑み、国王は答えた。
次の日。紫苑と梨里香、それにエルトルーシオとアナスタリナの4人はトレニーヌ国のサラセオール王子に会うべく城を後にしたのであった。
お読み下さりありがとうございました。
次話から第3章に入ります。
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